第53話 啼かない小鳥の籠 【1/4】

 真相が判明してから二日後、カナリアはキーロプと、カナリアが不在の間、形だけでもとキーロプの護衛に着いたウサノーヴァに見送られ、タキーノの街を出ていた。

 行く先は最初にイザックと会った場所。タキーノから半日も歩けば着くであろう場所であった。


『後ろからは順調に着いて来ているな』


【うん】


 道すがら声を出すのはシャハボのみである。カナリアは無言のまま、いつも通りにシャハボの体を触る事で意を伝えていく。


『全く、辺境の田舎町だと思っていたが、ここの連中のやる事は王都のそれとも引けを取らないな』


【うん】


 そう返事したカナリアの足取りは変わらない。

 シャハボは話しながら、生き物の小鳥よろしく、少し飛び回って辺りを見回す。

 カナリアの肩に舞い戻ったシャハボは、耳打ちをするようにカナリアにこう言った。


『後ろにいるタキーノからの連中は何人だ? 十や二十では済まないな?』


 身体的な素振りは何も見せないまま、カナリアは探知されないように出来る限り短く、《生命感知サンス・ドレヴィ》を使用する。


【後ろに、五十ぐらい。あと、前にも同じくらい】


『ああ、じゃあ、キーロプが言っていた相打ち狙いってのは正しかったって事か』


【そうなるね】


『本当にイザックの仕事は手際が良いな』


 シャハボのそれは、褒めると言うよりも呆れたような口調であった。


【うん。でも、報酬に関しても信用出来るから、いい点でもあるけれどね】


 一瞬だけ、触るだけでなくカナリアはシャハボと目を合わせる。


 この二日の間に、カナリアとシャハボは、イザックとキーロプの事情に関して十分に話し合っていた。

 結果として、キーロプが語った事は全て真実だろうと言うのが彼女達の出した答えだった。

 どちらか片方だけであれば疑念の余地はあった。けれども、イザックの目的に対しては真っ直ぐな信念、キーロプの異常さの両方を考慮すれば、話はそれしかないと彼女達は納得に至ったのであった。


 全てが真実だと飲み込んだ上で、しかし、判断に迷う点が一点だけ残っていた。


『報酬と言えば、結局キーロプのは、どうする?』


 シャハボの言ったそれ、使えもしない前払いの報酬でお願いされた事に対する判断は、今もまだ付かずに残っていた。

 カナリアは気に掛かっている事に関して、シャハボに再度尋ねる。


【身近にいる死にたがりって、やっぱりイザックの事なのかな?】


『……あの言い方だとどうとでも取れるが、多分そうだろうな。

 直接的にイザックを助けろと言って来た所で、先約がある以上、俺達は断るだろう?

 だからこその解釈の余地を此方に任せた、迂遠な言い回しだと思うんだがな』


【それは確かにそうだけれど】


『不要な情報が報酬で、不確定な依頼。いかにもキーロプがやりそうな事じゃないか。

 あの性格で実父を思うあたりはがな』


 カナリアはシャハボの言葉に対して頷く。

 カナリアにとっても、キーロプのお願いは、そうとしか考えようのない話であった。いかにもキーロプがやりそうな手口であり、こちらの事もよく考えてある。


 けれどカナリアは、どことなく、らしくなさと言うよりは、違和感を覚えていた。


『俺からすると、問題は、生かせ殺せの相反する願いをどう解決するかだとは思うがな』


 そんなカナリアの懸念を気にしないシャハボの言葉に、彼女は言葉を返す。


【それは大丈夫。やった事は無いけれど、一つ考えがある。使ってみたい魔法だったから丁度いいかな】


『……おかしなことはするなよ?』


【うん。まずは生き残ってもわらないとね】


 カナリアがそう言った直後だった。彼女は一瞬足を止める。


 道は直線、周囲の草木は最近なのか大分整えられており、見晴らしのいい平原が続く場所であった。

 一瞬だけカナリアは考える。イザックと最初に会った所はこんな所だったのかな? と。

 今は丁度太陽が一番高く上がる時間であった。夜と昼のせいで見慣れないだけかとも考えて見るが、カナリアはすぐに理解する。


 単に誰かが周りの草木を刈り取って、死闘におあつらえ向きの平原を作っただけの話だと。

 すぐにカナリアは周囲を確認し《罠探知ディテクション・デピアージ》等で罠の有無も確認していく。

 何もない事を確認した上で、最後に、その目は道の真ん中に佇む一人の人影を捉えていた。


 フード付きの黒い外套を着こんでいるその人影は、距離があるとはいえ異常なまでに存在感が薄い。

 カナリアはすぐに、それが《人払いレッセー・イシ》の効果に近い魔道具せいだと見抜く。


 しかし、見抜いた所でそれを解除出来るわけでは無い。歩みを戻して進むカナリア達にとっても、その姿は希薄に見え、中の人の判別はつかないでいた。

 けれども、カナリア達はすぐに理解する。その人はイザックであると。


『首洗って来たってよりは、まぁなんともふてぶてしい姿だな』


 シャハボはそう言ったが、カナリアは同時にその姿の意味も理解していた。

 この場で必要とされているのはタキーノ自警団の裏のまとめ役の人物であり、ゴーリキー商会暗部の長たる人物なのだ。

 見る人がその人物だとわかりさえすれば十分であって、其々の団体の首謀者が同一人物だと気付かれるのはあまり宜しくない。

 だから、不要な情報を隠すための小細工として魔道具で見かけを隠したのだと。


 内情を詳しく知る者が、もし、カナリア達のほかに居ればそう思うだろう。


 しかし、カナリア達の理解はそこでは終わらない。

 実はこの方法だと、中身が認識できない以上、替え玉を使うことが出来るはずなのだ。


 中身は


 そこにどんな意味を持たせるか、誰に読ませる為なのかはカナリアは気にしなかった。


【小細工も抜かりないから、本人だね】


 カナリアの言葉にシャハボは頷く。

 

 自らの死を望むというイザックの真の目的を知っている以上、カナリア達にはそれが替え玉だと疑う余地はない。


 カナリアは警戒する様子もなくイザックらしき人物に近づいていった。

 その人物の身に着けている魔道具の質は高く、目前まで近づいた所でもその中身はまだ読めない。


 カナリアの石板が相手にも読める距離まで近づき、会話をしようとそれを掲げようとしたところで、相手の人物は手でカナリアを制した。


「言葉に出してくださいますな」


【そう? 文字ならば関係ないでしょう?】


「……ええ。ですが、疑わずとも私ですよ」


 名前を告げぬまま、姿を隠したままでその人物は言葉を続ける。


「クラス1を僭称する魔道具使いのカナリア。

 タキーノ領の領主の娘であるキーロプ・フンボルト嬢を狙った貴女の策は、全てお見通しです。

 我が後方には王都や近隣から集めた五十の精鋭、タキーノからは自警団五十が出て貴女を挟んでおります。

 大人しく捕まるのなら、この場で痛い目には会わせないと約束しましょう」


 大仰に手を開いて、判断をカナリアに任せると言わんばかりの仕草を取ったその人物に対し、掲げられたカナリアの言葉はこうだった。


【私一人が敵で、全員を相手にする。そういう筋書きなのね?】


 無言のまま、相対する人物は首を縦に振る。


【余計な事は言いたくないならそれでもいいけれど、一言だけ言わせて】


「何かな?」


【あなたの娘から、全て聞かせてもらったよ】


 二呼吸、もしくはそれ以上の時が流れ、ようやくその人物は小さく声を出した。


「でしょうな。良く出来た子ですから」


 カナリアにだけ聞こえるように答えたそれからは、その人物がイザックであり、また彼がキーロプには直接事を告げていない事が明らかになる。


「ええ、喜びこそすれ、憂いなどあるものですか」


 少しだけ声を大きくして言葉を続けたイザックは、懐から短剣を取り出した。

 わざわざそれを高く掲げ、誰の目にも見えるように、いや、誰の目にも見せる用に振舞った後で、今度こそ大声でイザックは叫ぶ。


「邪な女め! 私をたぶらかそうとしてもそうはいかんぞ!

 この剣には毒が塗ってある! お前の大事な物もろとも、お前を刺し殺してやる!」


 大事な物とは、キーロプの事だろう。イザックがキーロプを殺す側に回ったと、だから殺してくれと言いたいだけの言動。

 それに対して、カナリアは腰から『小鳥の宿木ギー・ドワゾゥ』を引き抜き左手で構えた。


 イザックの大仰な挙動は合図でもあったのだろう、前後の集団が寄せてくる速度が目に見えて上がる。

 けれども、それを気にするカナリアではない。

 シャハボも策を容易に見抜き、詰まらなさそうに声を出す。


『おいおい、ここでそれは猿芝居もいいところだろう? そもそもそのナイフは自決用だろうに』


 イザックがその言葉を肯定するはずはない。わかっていてシャハボはそう言ったのだが、かわりにイザックはその思いを言葉にする。



「全ては我が願いの為に、お覚悟を!」

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