第54話 啼かない小鳥の籠 【2/4】
「全ては我が願いの為に、お覚悟を!」
聞く人によって意味が違うその言葉と共に、イザックはナイフを構えてカナリアに突進した。
素人丸出しの突進。いや、最初から殺されるつもりなのであればそれでいいのかもしれないとカナリアは思う。
けれどもやる事は変わらない。
カナリアは何も言わずに、『
《
一瞬だけ、イザックの体が強い風で固められた。同じくして、カナリアの杖から放たれた震える空気の弾がその胴に直撃する。
戦槌を人に打ち込むと、大体は人は殴られたままに吹き飛ぶ。けれど、後ろに壁がある場合は、その衝撃は人の体に止まってその中身をぐちゃぐちゃにする。
《
けれども、今回は威力を抑え、気絶させる事を目的としてカナリアは魔法を使う。
いくつもの魔道具で身を守っているイザックではあったが、効果は十分だったようで、口から勢いよく血を吐き出しその場に崩れ落ちていた。
『おい、リア。強すぎだぞ。臓腑が破れてるんじゃないか?』
シャハボの言葉通り、《
カナリアは一瞬手に持った杖に目を向けて、それからシャハボに返す。
【強すぎたのはこの杖が原因。
前の杖よりも魔力の集中と増幅力が比べ物にならないぐらい良いの。これほどまで強いとは思わなかった】
カナリアは杖を倒れ伏しているイザックに向け、今度は《
【でも、大丈夫そう。予定通り気絶はしてくれたし、何もしなくても
『……そうか。リアがやりたい事に間に合うなら良いさ。
じゃあ、とっとと片付けを済ませるか』
シャハボの言葉にカナリアは頷いた。
『石板、預かるぞ』
空いている方の手を使い、カナリアは鎖で首からぶら下げている会話用の石板を取る。それからすぐに、シャハボがその鎖を咥えて中空に飛んでいく。
前方の集団はもう十分にカナリアの視界に入っていた。
そこから、数本の矢や魔法の矢が飛んでいくが、シャハボには当たらない。
空に昇るシャハボは、上空からカナリアを挟み込むように配置された二つの集団を捉えていた。
イザック曰く、両方の集団はカナリア一人を狙っているらしい。
どのように情報を流し、信じ込ませたのか。その手口だけは驚嘆に値すると彼は感じる。
けれど、それだけだった。依頼の為ならば、カナリアが決めた事ならば、シャハボはそれに異を唱えない。
両方の集団が良く見える高さまで一目散に飛び上がったシャハボは、何もない空中で咥えていた鎖を口から離す。
魔道具の機能が働いたのか、空中だというのに、石板はそこがテーブルや床の上に置かれたように平面に固定されていた。
シャハボはそこに舞い降りる。まるでそれは、自分の休憩所だと言わんばかりに。
『さて、今日の小鳥は大勢だ。静かになるのにどのくらいかかるかな』
誰にも聞かれないその呟きに呼応して、石板が発光する。
それはカナリアに対する目印だった。
カナリアはクラス1の冒険者であり、それに見合うだけの魔法使いである。
一般的に魔法使いは、特に高位の魔法使いであればあるほど、独自の魔法を作りたがる。それは自らの研鑽の証でもあるからだ。
けれど、カナリアは独自の魔法をほとんど持っていない。それは、基礎を大切にしろというシャハボの言いつけを守っているからなのだが。
よく使う《
独自の魔法など創らなくても、魔法使いとしての強さは証明できるし、大概の事は事が足りるのだ。
しかし、ほとんど持っていない。だけで、それが無いわけでは無い。
基本の魔法でも似たような事は出来る。きっと同じことも出来るだろう。
でも、その魔法は創ろうとして創ったわけでは無い。
気付いた時には使えるようになっていた魔法。
全く殺傷力は無い。それだけでは何も危険ではない。
けれども、カナリアだけにしか使えない。いや、カナリアとシャハボが揃った時にしかきっと使えない。
それは、カナリアがカナリアである為の、カナリアがカナリアと呼ばれる為の魔法。
カナリアは中空に『
カナリアは声が出せない。だから詠唱も無く、魔法を使う為に魔力を紡ぎ、石板目掛けて打ち込んだ。
一方の集団から妨害の魔法が飛んで来るが、カナリアのそれには全く影響が無い。
カナリアの魔力は石板に命中し破裂した。それは下方に飛散し、四方八方に飛び散っていく。
放物線を描きながら、地面に向かって落ちていく魔力の塊は次第に白く色を帯び、空中に線を引いていった。
線の数は多い。けれども、空を覆い隠すようなほどではない。
見る人が見れば、それらにはたいして魔力が籠っていない事がわかるだろう。
見る人が見れば、それは魔法陣の類と思うかもしれない。けれども、複雑な模様を描くまでもなく、単調にそれらは地面へと向かって線を引いていく。
前後の集団からは妨害をするような魔法は飛んでいなかった。かわりに、片方は散開し、片方は1か所に集まるという別々の行動をとる。
いずれにしろ、その魔法の意図が読めない彼らの行動は無意味であった。
空に白く線を引く魔力の砕片が全て地面に落ちた所で、シャハボが一言言った。
『《
空の高みで休んでいるシャハボだけがその全景を知っていた。
カナリアの魔力が仕立てたのは、大きな鳥かごであることを。
『怖がることは無い。入れられたら最後、二度と生きては出られない、可哀そうな
イザックが寄せ集めた前方の集団。タキーノ自警団の後方集団。そして真ん中に居るカナリア。
シャハボの足元には、それら全てが入った巨大な籠が出来ていた。
『なぁに、全員が啼かなくなれば籠から出られるさ。カナリアの鳥かごってのはそういうもんだからな』
そんなシャハボの呟きを聞く者はいない。
彼はただ一羽、籠の外から中を覗き見る。
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