第55話 啼かない小鳥の籠 【3/4】

 シャハボは上空から籠の中を覗き見る。


 前方集団では、多少なりとも動揺が広がっていた。幾人かは優秀な人間が居るのだろう、彼らはそれが出る事の敵わない檻だという事に気付いたに違いない。

 後方集団は余りまとまる事の無い冒険者が中心になった自警団のはずなのに、余程統率がうまいのか動揺は少なく見える。


 籠の中のカナリアと籠の外のシャハボは、不可視の魔力の糸で繋がれていた。

 それを使い、シャハボはカナリアに集団の様子を伝えていく。


 一方のカナリアは、左手にキーロプからもらった手杖の『小鳥の宿木ギー・ドワゾゥ』、右手に愛用の魔道具のナイフを持ち、動く機会を待っていた。

 旅用の背嚢はキーロプの家に置いたままにしてある。会話用の石板も無い今、いつもの着慣れた旅装で居るカナリアの動きを邪魔するものは無い。


 利き手に持った『小鳥の宿木ギー・ドワゾゥ』を回しながら、順手持ちと逆手持ち、どちらが馴染むかの確認を取る。

 魔法の杖は基本順手でしか持たない。しかし、カナリアは逆手持ちも試す。

 その理由はただ一つ。これから執る戦術の為にである。


 前後に待ち構える五十人からなる二つの集団。合わせて百人というのは、一つの軍とも言える数であり、明らかに一人の魔法使いを相手にするには過剰な人数であった。

 イザックはその目的の為に、排除した方が良い人間を根こそぎ集めていた。それ故の人数であり、彼からすれば特に多いわけでは無い。

 それに、彼としてもこの人数は、一人の魔法使い相手ならまだしも、カナリアであれば別段多いとは思っていなかったはずであった。


 順手で『小鳥の宿木ギー・ドワゾゥ』を持ったカナリアは、首を回して両方の集団を一瞥する。

 其々の集団は、カナリアを弓の射程に収める位置で止まっていた。


 定石通りであれば、上空から矢の雨と平面での魔法攻撃。直後に両軍の突撃になるだろう。

 数は多けれども、ただの相手であれば何とでも出来る。そうカナリアは理解している。

 とは言え、カナリアには決定的に情報が不足していた。特に、質の方がわからない。もしカナリアの手に余るような相手が居たとしたらどうだろうか?

 質で止められ、量で潰されるのだけは避けたかった。


 だから、カナリアはそうされないような戦術を採る。


『どちらから先にやる?』


【強い方、前からかな? 有難い事にお出迎えも来ているしね】


 カナリアの視線の先、前方の集団からは一人の巨躯が抜け出ていた。


【少しだけ距離稼げるかな】


 そうシャハボに告げたカナリアは、ゆっくりと前方の集団に向かって歩み寄っていく。

 相手は何か意図があるのだろう。けれども、カナリアにとっては少しでも矢を射かけられずに近づける時間は有難かった。


「貴様が魔女カナリアか!」


 まだ距離は十分にあるにも関わらず、巨躯の男が発した大声は良く通ってカナリアに届く。

 声を出せない事を知ってか知らずか、カナリアの返答を待たぬまま、飾りのついたプレートアーマーを着込んだ重装備の男は、その体よりもはるかに大きな大剣を両手で持ちながら走り出す。


「我が名はゴーファー!! 俺はガンブーシュのようにはいかんぞ!

 渾身の一撃、食らうが良い!!」


 彼はそのゴテゴテとした鎧姿に見合った、ある高位の貴族のお抱え騎士だった。

 ただし、本人がガンブーシュの名も出したとおり、元々はガンブーシュと近い関係の冒険者でもあった。

 持っている獲物も同じような大剣ではあるが、ガンブーシュのそれよりも大きく分厚い。力も強く、明らかに常人であれば持ち上げるのが困難なぐらいの大きさである大剣を、彼は易々と持ち、あまつさえそれで走っている。


 主人からの命でもあったが、彼はどちらかと言うとガンブーシュの弔いとしてこの場に参戦していた。

 近い関係とはいえ、二人の関係は死闘を繰り広げる事も頻繁にある仲であった。

 二人はよく似ていた。互いの武器や技量、膂力など、おおよそ戦う事に関してはほぼ同じ。しかし、二人は決定的に信念が違っていた。

 勝つことに対しては貪欲であり、何をしても良いと考えるガンブーシュ。

 片や、小細工を嫌い、剣一本の清廉とした戦いを好むゴーファー。

 彼らはその信念の違いによって、事あるごとにぶつかっていたのだ。


 そんな彼らの死闘も含めた仲は、清廉を好む所を貴族に気に入られたゴーファーが、騎士として抱え上げられた事で終わってしまったのだが、この度、主人である貴族からガンブーシュが死んだ事を聞かされ、彼はこの場に志願したのだった。


 走りながらゴーファーは思う。


 ガンブーシュは嫌いだった。だから、俺がこの手で切り殺すつもりだったのに。

 お前がこんな小娘の手に掛かなんて。

 畜生が!!


「おらぁぁぁぁぁ!!」


 カナリアの近くまで走り込んで来たゴーファーは、走る速度を大剣に乗せて、カナリアに向かって上段から勢いよく振り下ろす。



 一撃必殺。



 それに賭けたとばかりの剣速は、ガンブーシュへの想いも乗って速く重い。

 対するカナリアは前進する速度を緩めなかった。自然な所作で右手を前に突き出し、逆手に持ったナイフの切っ先を地に向ける。手杖を持った左手は右腕に添えるだけ。


 ゴーファーの目には、そのカナリアの姿勢は防御のそれにすら見えなかった。

 小細工を嫌い、ガンブーシュほど深く考える事をしないゴーファーには理解が及んでいなかった。

 魔法使いが何もせずに、自らの不利になる間合いに踏み込ませるはずが無いという事に。

 彼もまた、今までの人生ではそのような事を考えなくても良かったのだから仕方ない話ではある。


 だから、最後まで彼は、自分に何が起きたのかを理解する事は出来なかった。


 カナリアは、力いっぱい振り下ろされる大剣を、逆手に持ったナイフをわずかに横に傾け、刀身で滑らせて綺麗に外に流す。

 至難の業などと言う言葉では済まされない力量の技術を以て行われるそれは、ゴーファーにカナリアが目前から消えたかのような感覚を覚えさせるものであった。

 結果、大剣はカナリアにかすりさえもせずに、ほとんどすっぽ抜けたように地面に向かい、かわりにカナリアはゴーファーの間合いの内側に入る事になる。



空刃・纏クーペア・ポーティエ


 

 シャハボも居なく、石板も持たないカナリアには会話する手段を持たない。だから、いつものそれではなく、魔法は完全に無言で発動させることになる。

 ゴーファーの間合いの内に入ったカナリアは、そこから右脇をすり抜けるように後ろに飛び出て、抜け様にナイフに纏わせた《空刃・纏クーペア・ポーティエ》にて、鎧ごとゴーファーの体を両断していた。

 その巨体が斃れ行く姿を見る事はしない。《生命感知サンス・ドレヴィ》で、既にそれが事切れている事は確認しているからだ。


 ここを機と見て、カナリアは斬り抜けてから一気に速度を上げて前方集団に走り込んで行く。


 五十人にもなる集団に対して、彼女の取る戦術は、今行ったような近接戦であった。

 集団に対して個での突撃。熟練の剣士でさえそうそう行わないであろう愚策。しかもそれを、近接を忌避する魔法使いが行おうとする。

 重ねた愚策を以てカナリアは敵に立ち向かう。

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