第56話 啼かない小鳥の籠 【4/4】
前方集団はイザックによって集められた、貴族のお抱え騎士たちと暗殺者などの混成部隊である。しかし、曲がりになりにも人数が人数と言う事で、集団を纏めるために一人の騎士が指揮官として任ぜられていた。
名をペリッシュ・デブリ。
彼は身なりもしっかりとしており、集団の中でもひときわ目立つまばゆい白銀の鎧に身を包んでいる。
経歴もその姿に見劣りはせず、彼はルイン王国で正式に騎士として認められ、先の戦争でも小集団を率いて勇敢に戦いもした、年は若いが将来を有望されている人物であった。
そんな彼は、《
ただ、その協議は余り捗らない。彼らにとっては不明な状況であり、すぐに判断を下さなければいけない状況にもかかわらず。
その理由は、ペリッシュが既にこの戦いからやる気を失っていたからであった。
任を受けた当初、彼はやる気にあふれていた。と言うのも、馴染みの侯爵から、密命ながらも軍を率いる経験をさせて貰えると言う事だったからだ。
けれども、いざ現地に赴いて、即座に彼はやる気を失う事になる。率いる軍の中には、騎士だけではなく素性の知れない者達が多く含まれていて、いかにも裏事だと言わんばかりのものだったからだ。
そして、相手が一人の魔道具使いのみであるという点も、輪をかけてやる気の低下に拍車をかける。
いかに裏の仕事だとは言え、この多人数で相手が一人ならば突撃すれば事が済むではないか、と彼は思ったのだ。一人二人、最悪半分失ったとしても、勝てる事には間違いないだろうとも。
それに、姿こそ見せなかったが、協力者である人物の手際が完璧すぎる事も問題であった。
敵となる魔道具使いと会敵する時間も場所も、指定された通りである。
遠方に見えるのはタキーノ市の自警団だろう。自警団の連中が魔道具使いを叩きだしてくると言っていた協力者の情報は何もかもが正しかった。
会敵直後に、敵が何か魔道具で仕出かすかもしれないと言っていた事まで。
しかしそれが直接的な攻撃で無かった以上、ペリッシュには相手が袋のネズミにしか見えなくなる。
協議の最中に、騎士ゴーファー、粗暴だが剣に清い彼が単騎で魔道具使いの元に出て行くのをペリッシュは目にしていた。
その時点でペリッシュは勝ちを確信すると共に、やる気を完全に失う事になる。
ペリッシュはゴーファーの剣の腕を知っているからだ。彼が出て行けば、何が相手でも両断されるだろうと。
直後に素性の知れない連中、特に魔法使いらしい輩たちが、後方に移動して何か魔法を使っていたが、やる気を失った彼はそれも特に気に留めていなかった。
そんなペリッシュが次に戦場に目をやった時に見た光景は、騎士ゴーファーが真っ二つになって斃れ行く、まさにその瞬間であった。
「な、何が……!」
直後に彼は決断する。
「ええい! 突撃しろ! 全員突撃だ!!」
その判断は正しい。急場でも指揮官として判断を下せた事自体は良かった。
単なる突撃号令とはいえ、力押し至上主義のルイン王国の騎士としては十分な戦術ではあるのだ。
当初の予定通り、数で潰してしまえば問題はないのだと、彼は自信を持ってそれを下す。
ただ、次に彼が見た光景は、予想すらしない事であった。
騎士ゴーファーを両断した直後、走り込み始めたカナリアが爆発に巻き込まれたのだ。
すぐにペリッシュは、自分の集団にいる魔法使いの仕業だと気付く。
一瞬の安堵。しかし、彼の驚きはそこで終わらない。
爆発で吹き飛ばされたはずのカナリアは、その威力を速度に転化して、いざ突撃を始めたばかりの自分の集団に逆に飛び込んで来たからであった。
『楽が出来て良かったな』
爆発の力を糧に集団に飛び込んでいく刹那の間に、シャハボがカナリアにそう伝える。
カナリアはゴーファーを切り殺した直後に、巧妙に隠されているが、近くの地面に《
腕の良い魔法使いが居ると認識すると共に、即座にカナリアは魔法を発動させる。
使う魔法は二つ。
《
魔法を起動させたカナリアはそれに向かって走り込み、避けるでもなく真直ぐに《
全身を粉みじんにするはずの爆発は《
カナリアの《
指揮官ペリッシュは呆気に取られ、二度目の指揮は執れなかった。
そんな彼の事など気にも留めず、好機とばかりにカナリアは自分の仕事を進めていく。
いくら《
死地の中心とは言え、カナリアが突っ込んだ事で呆気に取られている相手であれば、カナリアの魔法の速度であれば隙にはならない。
治療を済ませたカナリアは、左手の『
彼女は舐めるように周囲を見回す。
それは、
最初に気を取り戻した集団の一人が、カナリアの後ろから長剣で斬りかかる。
カナリアは半身だけ翻して右のナイフでそれを受け流し、泳いだ相手の体を、お返しとばかりにナイフに纏った《
間髪入れずに前方から入れられる槍の一突きは、機を合わせた左の『
槍持ちは態勢を崩すが、カナリアはそれに追撃を行わない。
かわりに、側面直上から両手剣で飛び掛かって来る相手に『
そのまま、間合いの寄った相手には《
腕に自信のある連中が集まっていたのは間違い無かった。
立て続けに二人が切り落とされ、味方の血が流れたというのに敵の集団は止まらない。剣、大剣、槍、短槍、斧、斧槍、各々の武器で彼らはカナリアに立ち向かう。
対するカナリアは、その全てを受けて流し、流れのままに切り返すだけ。
攻撃をした際は、大なり小なり隙が生じるものである。
多数を相手に取った場合、むやみに攻撃を続ければどこかで隙を晒し、それを突かれる事になる。よって、身を守る為に受けを重視する事は戦術の一つでもあった。
ただし、受けた所で相手を倒せなければ攻撃は継続し、体力気力共に消耗していくのは必然。
しかし、カナリアの受けは違う。一受けして、距離が合えば返しに確殺するのだ。
カナリアの採った愚策の戦術は、ただの無謀でもただの受けでもない。
無謀な突入を敢えて選ぶ事で相手の動揺を誘い、近距離に迫る事で魔法使いとしての不利を演出する。動揺は思考を狭め、目先の利にのみ目を向けさせることで、相手に先に攻撃をさせるのだ。
相手に攻撃させることで自分の間合いに引き込み、最小限の隙すら晒さずに鎧袖一触で屠る。
魔法使いが剣士の真似事だと高を括れば一合で切り伏せられ、恐慌に駆られ突っ込む相手も同じく切り伏せられる。
秩序だった攻撃をしてくるようであれば、犠牲を強いる事でカナリアに脅威を与える戦術も存在しえたろう。だが、主導権を握って相手の策と思考をぐちゃぐちゃにした今、敵が行うのは人数が多いだけのただの攻撃であった。
カナリアは、本来は順手で持って使う手杖の『
手杖とナイフに《
時折放たれる、味方への誤射を気に掛けない遠距離からの弓矢や魔法の攻撃にさえ、カナリアは同じ対応を取っていた。
《
不可視の《
シャハボはそんなカナリアの様子を上空から眺めていた。
それは、鳥の泥遊びによく似た光景。
鳥はたまに泥遊びをする。羽や体に砂や泥を塗りつけて、その身に着いた寄生虫を落すのだ。
カナリアが腕を伸ばすと共に噴水が舞う。
人の波が寄せる度にカナリアが動き、
小鳥は泥で遊び、悪い虫は死んでいく。
気持ち良さそうに小鳥が羽ばたく度に、砂が飛び、水が飛び、悪い虫は死んでいく。
それほど時間の絶たないうちに
立っているのは血に塗れたカナリア一人。
足元には無数の死体と、無数の武器や防具。
その中には、血に塗れて両断された白銀の鎧も含まれていた。
もはや前方集団などというものは籠の中には存在しない。
カナリアは手杖を持ったまま、左手の甲で顔に着いた血を拭う。
一拭いしてすぐに、手杖を順手に持ち替え空に向ける。
《
杖から迸る水流は勢い良く宙を貫き、上空から降り注ぐ、カナリアに直撃するはずだった矢を悉く落としていく。
『正解だ。奴らは魔術師殺しの例の粉を矢に括り付けていたぞ。単純に防いでいたら粉まみれになっていたな』
シャハボがカナリアにそう伝える。
カナリアに休む事は許されない。先の矢はもう一つの集団、タキーノ自警団からの射撃であった。
カナリアの後方に位置していた自警団は前進しており、前方集団を壊滅させたカナリアを再度弓の射程に捉えていた。
何の号令も無く、再びタキーノ自警団から斉射される弓矢の雨を前に、彼女はもう一仕事する事になる。
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