第57話 マット・オナスとタキーノ自警団 【1/6】

 マット・オナス。

 元冒険者協会タキーノ支部の長であり、カナリアとの一件で職を辞した後、現在はクラス3の冒険者として復帰していた。

 そして今は、タキーノ自警団のまとめ役を担っている。


 彼はタキーノ郊外まで自警団を引き連れ、カナリアを前に布陣を済ませていた。その後は、挟んで反対側に別集団が居る事は確認しているものの、いたずらに人を動かさずに状況を注視し続ける。


 マットはやや冒険者としてはとうが立つ年齢ではあったが、その立ち居振る舞いは衰えを微塵も感じさせることは無い。

 そんな彼の武器は腰に下げたままの長剣一本。防具は左腕に細かな意匠の施されたヒーターシールドこそ装備しているが、頭には鉢金、胴は鎖シャツに皮の胴当てのみ。足元にも皮の膝当てと、動きやすさを重視した最低限の防具であった。


 彼の得意とする戦法も、見た目にそぐわず、速度を保ちながら剣と盾で攻め立てる堅実なものであった。

 それはタキーノ領主のペングが得意としていたもので、ペングに特に畏敬の念を覚えていたマットがそれを真似して身に着けたと言う話は、タキーノの冒険者であれば誰もが知っている事である。


 もっとも、彼の冒険者としての一番の特徴は、本人の直接的な戦闘力ではない。無論、弱いわけでは無く、十分に戦闘でも活躍できる腕はあるのだが、それにも増して彼は兵を運用する事に長けていたのである。


 冒険者である以上、大軍を指揮してきたわけでは無い。しかし、近隣を荒らす凶悪な怪物モンスターと戦う際には必ずチームで戦う必要が出て来る。

 その怪物モンスターが大物であれば、複数のチームで当たる事なども珍しくはない。

 マットはその際に、複数のチームを取りまとめるリーダーとして類稀なる手腕を発揮していた。


 過去一番の大きな成果は、近隣の山から下りて来たはぐれの巨大岩巨人ギガントロックゴーレム退治の一件であろう。

 通り道にあった二つの村を住民ごと破壊しつくしたその巨大岩巨人ギガントロックゴーレムは、タキーノ市に迫ろうかという所でマット率いる冒険者集団と対決した。

 固い岩に包まれ、魔法も武器も効きがあまり良くない上に、攻撃が直撃すれば即死は免れない怪物モンスターを前に、マットは手慣れた小集団の入れ替え戦術を用いた持久戦で挑む。

 冒険者達をそれぞれ役割を持たせた五人ずつの集団に再構成し、怪物モンスターに当てていく。集団の誰かが深く傷付いたならその集団は下がり、他の集団と交代している間に治療を行い、復帰できるようになれば折を見てまた交代する。

 殆どの難敵を対処してきた有効な戦術ではあったのだが、この時ばかりは相手が強すぎた。


 怪我人が増え、治療による交代もままならなくなる寸前で、マットは戦術を切り替えた。

 一番被害が大きい集団を囮に使い、巨大岩巨人ギガントロックゴーレムがそれを皆殺しにした後、死体遊びに夢中になっている所で残りの集団で囲んで倒したのだ。


 結果としては囮の集団のみが全滅し、他は大怪我なども無く生還するという、当初は半数以上が死ぬだろうと思われていた戦いで、大勝利ともいえる成果を出したのだった。


 その功もあり、クラス3へ昇格を果たして彼はギルドマスターへの道を歩む事が出来たのだが、これは彼にとっての受難の始まりでもあった。


 彼の用兵は巧かった。だが、その後の処理に失敗したのだ。


 用兵の巧さの理由は指揮の的確さが主ではあるのだが、実の所、彼の持っている魔道具の助けも大きかった。

 『支配の盾ブークリエド・ドミネション』と呼ばれる、現在も彼の左腕に装備されているその魔道具は、盾としても一流の強度を備える上に、自分の率いる集団へ命令を強制できるという《支配命令ドミネション・オーダー》の魔法が使えるものであった。


 その物の出所は定かではないが、マットは『支配の盾ブークリエド・ドミネション』を持ってから一気に頭角を現した。

 ともすれば悪用も出来るその魔道具を使い、彼は善行のみを尽くしていった。

 常に自らの味方の為に的確な命令を行い、被害が出る場合には最小限にそれを抑えるように命令を出す。巨大岩巨人ギガントロックゴーレム戦でも、間違いなく被害は最小限であった。

 彼以外の人間であればもっと被害は大きかっただろう。それは誰もが認める所であった。


 だがしかし、彼の命令によって囮となった、いや、囮にさせられた人たちの縁者はそうは思わなかった。


「マットなら被害なく勝てただろうに、仲間を見殺しにした」

「マットが強いのは盾のおかげであり、本人の力量ではない」

「仲間の血で取ったギルドマスターの地位だ」


 その戦功と比較すると小さい非難である。ただ、それは小さいながらも長く長く続き、ゆっくりとマットを蝕んでいった。

 高いクラスの元冒険者として良いギルドマスターであった彼は、次第に噂に引きずられるように歪んでいった。公明正大であるべき職責を持つ彼は、悪い噂を更なる功績で消し去ろうとして、功に貪欲になっていく。

 そんな中で、ジェイドキーパーズと言う冒険者チームを育てた事は、ギルドマスターとしての最大の功であったと言えよう。


 だが、それをカナリアの手で滅ぼされたマットは、ある意味で何処かのネジが外れてしまったのだった。


 功を焦っていた事は事実であり、それ故に、ギルドマスターの職を返上し冒険者としてやり直せという、元のギルドマスターであり相談役に退いていたジョンの勧めを断る事は出来なかった。

 目的を失い、冒険者としてやり直している間、彼は空虚なままであった。

 しかし、彼にとっての再びの好機はすぐに訪れる。


 魔法によるタキーノ市への大規模攻撃未遂事件。それによる後対応の要によって、自警団の長を任ぜられたのだ。

 彼は再び『支配の盾ブークリエド・ドミネション』を取り、素行の悪い冒険者達を取り纏める。

 一ヶ月ちょっとの短期間ではあったが、急速に上がりゆく彼の功績と共に自信を取り戻しつつある時に、彼にとって最大の転機が訪れたのだった。


 持ち寄ったのは、イザックであった。誰にも気取られないように厳重に配慮を配った場所にて、マットはイザックから打ち明け話という名の懺悔を受ける。

 キーロプ嬢護衛の為に雇ったカナリアという魔道具使いが、実は猛毒だった事。

 魔道具使い故に『真実の宝球』すらも騙し、実は私情にてジェイドキーパーズを殺害していた事。

 先日の大規模魔法の一件ですら、自作自演だったとマットは説明を受ける。


「キーロプ嬢はカナリアなる奸物にすっかり骨抜きにされてしまいました。

 キーロプ嬢はカナリアからの言う事しか信じないでしょう。相手から全幅の信頼を受け、その上で噛み殺すのがその女の手口なのです」


 そんなイザックの言葉にさえ、元々カナリアを敵視しているマットは疑念を持たずに信じていく。

 自警団を作ったのはイザックのせめてものの反抗であり、マットを置いたのはカナリアへの最後の一矢になると聞かされ、彼は出来上がる。


「タキーノの郊外へカナリアを連れ出す事は私がしましょう。

 このような形で自らの罪を償えるかはわかりませんが、その際に刺し違えてでも傷の一つは与えるつもりです。

 ですが、もし私に何かあった場合は、?」


 イザックの最後の言葉に、マットは頷いた。

 イザックはオジモヴ商会の長を長く務めた、信頼の置ける人物であった。

 そんなイザックの命を賭けた懺悔を、マットは疑う事すらなく信じ、それに涙したのだった。


 ……全てがイザックの偽計だとはつゆとも知らずに。


* * * * * * * * * *


 カナリアがイザックに《小風槌と壁プティ・ミューレマイエ・アヴォン》を使った場面を見たマットは、イザックが殺されたのだと確信していた。

 だが、イザックを信じ、イザックへの涙は枯れ尽くしたマットは微動だにしない。


「あれは……?」


 マットの傍らからそう声を掛けたのは、時を同じくして冒険者協会を辞め、マットについて来た元事務員のタリィである。

 マットは彼女に一切の事情を話していなかった。それは、まだ若く先も十分にあるタリィに、余計な責を負わせたくないという彼なりの配慮に過ぎない。

 しかし、女心の何とやらなのか、ジェイドキーパーズの一員であり、婚約者でもあったルドリをカナリアに殺されていた彼女は、何も聞かずにマットと行動を共にする事を選んでいた。


「気にするな。俺達が殺らねばならない理由が増えただけだ」


 吐き捨てるようなマットの言葉にタリィは頷く。


「これからどうなされるのですか?」


「何もしない。前に別の集団が居るだろう? 話ではあちらさんの方が先当たりする事になっている。

 それでケリがつけば良し。つかないなら後詰めでこちらが動く予定だ。

 俺の手で切り殺したいのはやまやまだが、向こうがやってくれるならこちらに被害は出ないんだ。それに越したことは無い。

 まずは見るぞ。手の内をしっかりと目にしておけ」


 そう返答を返したマットは、言った言葉の端に含んだ意味に自分で気付いていない。

 自らの率いる集団への被害を厭いながら、最後に言った言葉は、自身がそう上手くはいかないと予期している事に。


 経験に裏付けされた予測はその通り進み、単騎で同規模の集団をかき回しながら蹴散らしていくカナリアを見て、マットは意を決める。

 あそこまでかき回されてしまえば絶対に勝てる見込みはない。勝機は統率の取れた集団戦しかないと。

 逆に言えば、全員を使い潰す覚悟の総力戦で挑めば勝ち目はあると。


 前方集団が全滅する前に、マットは自警団を前進させた。以心伝心、『支配の盾ブークリエド・ドミネション』を使わずとも、カナリアが弓の射程に入った所でタリィが弓隊に射撃命令を出す。

 前方にいた人々の心配はする必要は無いだろう。生きていたとしてもあとわずかの命だ。

 マットはタリィの行動を正しいと判断する。


 最初の斉射はカナリアの《水流放射レイヨンモンドフルードゥ》によって迎撃されていた。

 それを目にしたマットは、あることに思い当たる。

 集団への単騎突撃という定石外れのカナリアの行動ではあるのだが、実はあれこそが彼女の戦法ではないのかと言う事に。


 魔法使いの得意な距離は、普通ならば遠距離戦である。十分に詠唱が出来る距離を保ち、防ぐことの難しい魔法で相手を圧倒するのが基本となる。

 しかし、マットは、魔法使いではなく魔道具使いであるカナリアの得意な距離は、中、ないし近距離ではないかと考えたのだ。


 迎撃に放った水流の飛距離がカナリアの射程限界ではないかと推測を立てる。

 魔法使いの対応ならば距離を詰めるのが定石。

 だが、中近距離が得意な相手であれば、弓矢の届くギリギリの位置から射かけ続ければ、相手に反撃の手段はないのではないかとも。


 マットが思考を巡らす間に、タリィは二射目の号令を放っていた。


 戦闘前の打ち合わせでは、二斉射の後に突撃するかしないかの判断を行う事になっていた。

 考えをまとめ、判断を決めたマットは、タリィに口頭で再度の連射の指示を出す。距離をなるべく保てるように全体に後退の指示も付け加えて。


 たったその二、三言の為に、彼は『支配の盾ブークリエド・ドミネション』を使う事はしなかった。

 命令しなくても従う相手に対してわざわざ使う必要は無い。

 タリィは近くにいるのだから、指示は伝わっているだろう。


 確認の為にタリィの方を振り向いた瞬間、不意にマットは突き飛ばされる。


 突き飛ばした相手がタリィだという事はかろうじて分かった。

 だが、次の瞬間見えたのは猛烈な光だけ。


 マットは体に熱さを覚え、倒れた状態からすぐに起き上がる。

 彼が見たものは、足元近くで黒焦げになって事切れている、タリィの死体であった。

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