第58話 マット・オナスとタキーノ自警団 【2/6】

『しくじったぞ。庇われた』


 上空から様子を確認していたシャハボはそうカナリアに伝える。


 後方に居たタキーノ自警団からの一斉射目を《水流放射レイヨンモンドフルードゥ》で迎撃したカナリアは、二斉射目の矢の雨を前に反撃の手を優先させていた。


 その目的は首刈りである。


 後方集団は、その統率の取れようから良いリーダーが率いているとカナリアは見抜いていた。

 恐らくは元ギルドマスターだった男だろう。カナリアは名前こそ思い出さなかったが、その顔だけは朧げに思い浮かぶ。


 カナリアは統率の取れた集団がどういうものかを良く知っていた。個々の力は低かろうとも、統率が取れた集団となった場合は手がかかる事も。

 統率が取れた集団は、其々が補い合う事で一つの大きな個として力を発揮することが出来るからだ。さらにそれらが集まると、統率が取れる限りにおいて集団の力は一つの個として膨らみ、どんどんと大きくなる。


 論ではそうなのだが、実の所それは非常に難しい。高い精度で実現できるのは、よく訓練された軍の精鋭部隊など限られた集団であろう。

 しかし、カナリアはそれと同じ気配をタキーノ自警団から感じ取っていた。


 統率の取れた集団。即ち、難敵の匂い。

 

 それへの一番有効な対策は頭を刈り取る事である。統率を取る人間を最初に始末してしまえば、強力な集団とてすぐに瓦解して微力な個に戻るからだ。


 上空に居るシャハボは、とうに統率する人間がどこにいるか目星をつけていた。

 そして、二射目には魔法の防御を突き破る『魔力砕きの矢フレッシュ・エクラゾントマジック』こそ混じっているものの、魔術師殺しの粉は無い事を確認し、合わせてカナリアに伝える。


 『魔力砕きの矢フレッシュ・エクラゾントマジック』は、その強度によってはカナリアの防壁をも貫きうるものである。だがしかし、一本一本が特注品の魔道具であり、値も張るのが難点であった。

 本来は狙いすました一撃にのみ使う高価なそれを、数本とはいえ数を頼りにする矢の雨の中に混ぜ込ませていること自体、十分にカナリアは恐れられていると言えよう。

 

 シャハボの情報と経験でおおよその弾道予測を行ったカナリアは、『魔力砕きの矢』だけは当たらないようにしつつ、普通の矢じりは弾けるように《物理防壁バハリァ・フィジク》を局所的に展開する。

 その上で、カナリアは自警団を率いるマットに対して《電撃の矢フレッシュ・エレクトリ》で遠距離狙撃を行う事を選んだのだった。


 《電撃の矢フレッシュ・エレクトリ》は透明な《空刃クーペア》と比べると目に見える分隠蔽性に欠ける。

 しかし、遠距離になると格段に威力の落ちる《空刃クーペア》と比べて、《電撃の矢フレッシュ・エレクトリ》は遠距離でも威力が減衰しにくい特徴があった。

 劣る隠蔽性とて、速度の非常に速い《電撃の矢フレッシュ・エレクトリ》であればさして問題にはならない。


 実際の所、カナリアは遠距離戦をするのをあまり好まない性質であった。

 ある意味でマットの推測は正しい。

 けれど、その理由は決定的に違う。


 カナリアは遠距離戦が出来ないのではなく、出来るが選ばないだけであった。

 さしものカナリアとて遠距離でも有効な魔法になると連射する事は出来ず、一対多の遠距離戦の場合、火力負けする可能性があるからである。

 幾らカナリアが詠唱無しで魔法を使えるとしても、力量差があまりない場合であれば確実に不利になる。

 よって、戦術や戦法で数の不利を埋め易い、近、中距離戦をカナリアは好んでいた。


 それを踏まえて、カナリアは改めて遠距離狙撃を選択する。

 頭を射抜ければそれでよし。しかし、防がれる可能性も織り込み済みであった。

 防がれてもいいのだ。遠距離でも使える手があると敵に認識させて、のがもう一つの目的でもあるのだから。


 一瞬の溜めをもって『小鳥の宿木ギー・ドワゾゥ』から発動された《電撃の矢フレッシュ・エレクトリ》は、真っ直ぐにマットへ向かう。

 思索に耽っているのか、彼はカナリアの魔法に気付く様子は無かった。


 そのままマットは気付かなかった。

 だが、直撃する前に、《電撃の矢フレッシュ・エレクトリ》に気づいたタリィが身を挺してマットをかばったのだった。


 奇しくもタリィのその死に様は、婚約者だったルドリと同じであった事に気付く者は誰も居ない。

 庇われた事に気付いたマットはすぐに立ち上がり、タリィの死に対して声を上げる前に『支配の盾ブークリエド・ドミネション』を天に掲げた。


「陣形を組み替えろ! 集団を作れ!

 相手は人ではない! 最強の怪物モンスターだと思え!

 個では勝ち目が無い! 集で当たれ! 集で互いを守り合あうんだ!」


 《支配命令ドミネション・オーダー》を発動した彼の号令は正しく配下の冒険者たちに伝わり、すぐに五人ずつの集団が複数できる。

 五十余名の自警団は、五人ずつ十の小集団を作り、それらの小集団は五つずつ集まって二つの大集団を形成していく。


 タリィを殺された事で、マットは怒りをあらわにするどころか逆に冷静になっていた。

 タリィと一緒に感情が死んだとも言っていいだろう。

 カナリアを視界に収めながら、マットは冷めた頭で冷静に勝ちの手段を手繰る。


 カナリアは遠距離戦が出来ないと判断した自らの失策をマットは自覚していた。

 その代償がタリィの死で支払われた事を重く受け止める。

 だが、そこで悲嘆にくれる事も熱くなることもない。受け止めた上で彼は、勝つために必要なさらなる犠牲の数を計算していく。


 慣れた集団戦術を使う事が一番勝ち目が高いのは間違いが無いだろう。

 その上で、どの程度の犠牲が必要かという事を考えた上で、彼は全滅という答えを出していた。

 本当に全滅するつもりは無い。ただ、そのくらいの犠牲は必要になるだろうと。


 マットは間髪入れずに『支配の盾ブークリエド・ドミネション』を使って二つの大集団を動かす。片方は直進、もう片方は迂回させて側面から突撃するように。


 マットの目には、カナリアは少女としては映っていなかった。

 彼の目に映るカナリアは、人の形をした怪物モンスターであった。


「人と思うな! 見た目に騙されるな! 近づくまでは守れ!」


 その命令は伝わりやすい様に短く簡潔である。

 命令しながらマットはこの先を予測していく。


 小集団は五人で構成されている。前衛が二人、彼らは盾役ディフェンサーである。中衛は主に攻撃役アティカントが担当し、後衛は二人、何でも屋ポリヴァラント魔法使いウィザード弓兵アーシェが入る。

 数の利を使い、攻撃よりも防御を重視する姿勢は、犠牲を抑えるという点で集団に配置された冒険者たちに微かな安心感を与えていた。

 

 しかし、ほとんどの冒険者たちはもう一つのことに気づいていない。


 大集団は五つの小集団で構成されている。基本的には入れ替えが原則ではあるが、小集団に対しても前衛中衛後衛の役が割り当てられているのだ。


 前面の二つの小集団は、他の小集団への盾である。

 近づくまでにそれらの集団は殺されるかもしれないが、代償としては安いものだとマットは考える。

 主力は真ん中に配置した小集団。後詰めは後衛二つ。

 状況によっては主力を守る為に後詰めを前に出してもいいだろう。

 被害の状況によっては、集団を再構成すれば見かけ上の集団は増やす事が出来るとも。

 こちらが削られても、纏め直して波状攻撃を続ければいずれ相手は疲弊するはず。


 そこまで計算した所で、マットの脳裏にふとある事がよぎる。


 ああ、これで犠牲が増えればまた俺の悪評が戻るわけか。と。

 最高の結果と必要最小限の犠牲。そのわずかな犠牲の為に沸き起こった過去の悪評の数々。

 今回の死人はもっと多くなるだろう。そうなれば立ち上がる悪評は以前よりも多いのではないか。


 マットはすぐにそれを邪念として振り払った。


 二度同じ事を繰り返す馬鹿がどこに居るのか、と自分を叱咤する。

 ようは勝てばいいのだ。二度と同じ事を繰り返さぬように、勝ってそれを正しく周りに伝えれば良いのだとマットは考えを改める。

 だが、彼の頭には邪な考えが続いて浮かぶ。


 どうせなら、こいつらにはいっそ全滅してもらった方が良いかもしれんな。


 最後に自分が残り、この手でカナリアを倒した事にすれば周りからの評判も上がるだろう。多少の手傷は負った方が良いだろうが、生存者がいないなら下手な噂も立ちにくいはずだ。

 そうなれば、俺は真のクラス3を持った英雄になれる。


 そんなマットの邪な考えは口端をわずかに持ち上げる事で外に漏れたのだが、はたしてそれは、全滅を狙うカナリアの考えと同じだったとは彼には知りようがない話であった。

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