第19話 其々の目的 【1/5】
カナリア達はヨーツンの街からタキーノへ戻るのに三日の時間をかけた。
瓦礫の中で一晩を過ごした後、人目を避けて瓦礫から出る為にカナリアはもう一度、今度は《
瓦礫になった館を徹底的に荒らし、衆目をそちらに集める事で、カナリア達は誰にも見つからずに瓦礫から這い出してうまくヨーツンの街を抜け出していた。
うまく脱出出来たことは《
タキーノにあるオジモヴ商会支部のドアを叩いたのは、日が落ちてからであった。
こちらは、タキーノ市で悪評を轟かすカナリアが、公衆の面前でオジモヴ商会に行く事で商会に迷惑が掛かる事を彼女が厭っての行動だった。
カナリアの気遣いは正しかった。カナリア達をイザックの所へ案内してくれた秘書か部下らしい短髪で細身の若い男性とて、カナリアに対して嫌悪の表情を露骨に表して隠さなかった。
『イザックから何も聞いていないのか?』
と言うシャハボの言葉にも、彼は一瞥してからこう返す始末。
「イザック様は大事な客人が来るとしか。その相手が貴方たちであると知っているならば、私は早々に今日の仕事を切り上げていたのですが」
『そりゃ、なんともまぁ仕事熱心でご苦労なこったな』
思ったよりも高い、むしろ可愛らしい声をした若い男性はカナリアに対して良い態度を取ってはいなかった。けれども、案内された先で再会したイザックの様子はまるで逆だった。
「ああ、カナリアさん! お早いお帰りでしたね! お疲れでしょう、まずは座って一休みしてください」
自ら立ち上がってカナリアに椅子に座るように促す様は、一介の商会長とは思えない対応である。
カナリアをやや強引に座らせた後、彼は案内してきた若い男にこう言った。
「おい、ウサノーヴァ。客人に飲み物ぐらい用意して来んか」
「イザック様、拒否してもよろしいでしょうか?」
視線こそ向けていなかったものの、カナリアの耳はピクリと動いた。雇われ人が雇い主に面と向かって拒否するとは、あまり聞いた事が無い状況だったからだ。
「良いわけが無かろう! お前には事情を説明したはずだ。それでも納得がいかんと言うのか!」
「申し訳ありません。この件だけは、お許し下さい。
頭では理解しているのですが、整理がまだ付きません」
「……未熟者が。商売においては判断を間違うと全てがご破算になるぞ」
カナリアに向けられた言葉では無かったが、どことなくカナリアはその言葉に納得する。商売だけでなく、戦いの時も同じだからだ。
ため息を一つついたイザックは、すぐに言葉を続けた。
「まぁいい。今日の所はわしがする。下がっていい。
だがな、ウサノーヴァ、お前のその態度でわしも理解した事があるぞ。
カナリアさんには数日間、わしの離れに寝泊まりして貰う事にする。
その間の世話はお前が担当しろ。与えられた仕事は嫌がらずにしっかりとこなしてみせろ」
静かだが熱のこもったその声は、ウサノーヴァに拒否という選択肢を与えることはなかった。
了承と退出の挨拶だけを丁寧に告げたウサノーヴァは部屋を出る。
イザックとカナリア達だけになった所で、最初に口を開いたのはシャハボだった。
『色々聞きたい事はあるんだが、寝泊まりする話もこっちは聞いちゃいないぞ?』
「ええ、言っていません。
まず最初に断言致しますが、今の状況では、この都市にはカナリアさんが泊まれる宿はありません。
ですので、今後の任務に関しての話如何にかかわらず、まずは寝泊まりできる場所を此方から提供しようという提案です。私の独断でしたが、ご了解いただけると助かります」
『俺達が拒否する事は考えなかったのか?』
「ええ。……拒否されますか?」
『しねぇよ。カナリアをゆっくり休ませたいんでな』
其々の質問と回答に間は殆ど無かった。まだ話したのは二回目だと言うのに、お互いの答えをお互いが読んでいるようなやり取りが交わされる。
「そう言うと思いましたよ。離れは商会ではなく私の私物です。広い家では決してありませんが、何時でも生活できるような家具や道具類は揃っているので、気兼ね無くお使い下さい。
場所はこれから私が案内致します」
『おいおい! 今座らせておいて、話も無しにすぐに移動かよ!』
「詳しい話はそちらでしましょう。
人目を気にしなくてよい分、ここでするよりはいいでしょうから。
ああ、晩御飯は私が用意しますよ」
もしシャハボの表情が読めるのなら、その顔にはイザックの強引さに対して少しの苛立ちが浮かんでいただろう。
そんなシャハボを撫でて宥めながら、カナリアは立ち上がって選手交代とばかりにイザックに石板を突き付けた。
【そこは安全?】
「ええ、市内にはありますが、私の私物だと知る者は商会内でも数人しか居ませんよ」
【そこに行けば話は全部してくれる?】
「ええ、当然です。話が長くなるので、夜分遅くなる事は覚悟して欲しい所ですが」
【今日の晩御飯は貰える?】
「ええ、この土地の名物をたっぷりと」
【じゃあ、行く】
最後のカナリアの回答は、即答とも言える速さだった。
イザックに対して石板を見せる彼女の様子は純粋に喜んでいるようで、肩に留まっているシャハボがそれを諫めるように彼女の頬をつついている。
そこにあるのは、冒険者のそれではなくて、年相応にも見える可愛らしい雰囲気。
イザックも釣られるように商売人の顔から少しだけ表情を解けさせた。
その瞬間を狙ったかのように、新しい言葉がカナリアの石板に浮かぶ。
【あ、もう一つ聞きたいけれど、そこにお風呂はある?】
慮外の質問により固まったものの、一瞬の硬直だけで元の調子を戻せたイザックは十分にやり手だと言えよう。
けれども、カナリアを喜ばせておいてその後の商談をやりやすくしようと考えていた彼の算段は、内心でやり直しとなっていた。
「……残念ながら、なにぶん狭い家ですので。
ですが、すぐには無理ですが、早急に対応する事は出来るかと」
【わかった。無理はしなくていいけれど、あれば嬉しいかな】
石板を掲げながら自然な笑顔を見せるカナリア。
彼女の口から声は出なくとも、その姿はイザックの目に随分と手強い相手として映っていた。
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