第20話 其々の目的 【2/5】
タキーノ市内の外れに、イザックの離れはあった。周囲にはかなり年季の入った家々が並び、その離れ自体もやや古い。だが、もっと大きな特徴はその大きさだった。
『……もっと大きいものを想像していたんだがな』
シャハボが呟いた通り、その建物は殆ど小屋といったレベルの小さなものだった。敷地だけは十分にあるのか、周囲に他の家が無い分、余計にその家が小さく見える。
話の流れ的にゴーリキー商会に着いた時と同じ状況ではあったのだが、その建物自体は全く正反対の物であった。
「小さくて申し訳ありません。
ここは私が最初にこの地に来た時に使っていた家なのです。内は綺麗にしていますので大丈夫ですよ」
『大丈夫って言ったってなぁ……』
室内に入り灯りをつけるまで、カナリアは何も言わなかった。かわりにシャハボがグチグチ言っていた訳だが。
中に入ってからイザックは手に持って来たランタンに火を灯した。
大きさに比べて光量が大きいそれを、瞬時にカナリアは魔道具だと見抜く。
【《
『大体そうだな』
手触りのみでカナリアはシャハボにその道具の内容を伝え、シャハボがそれを確認する。
シャハボの声だけを聴いたイザックはすぐにこう言った。
「その様子では、もうこの魔道具の中身を見抜きましたか?」
『大体、な』
「さすが、クラス1の冒険者様ですな」
『おだてても何も出ないぞ』
シャハボにしゃべらせている間、カナリアは室内を確認していた。
確かに小ぎれいではある。だが、外見と同じく中も広くは無い。
ほとんど一室のみの構造で、入口側には台所と食卓用のテーブルがあり、反対側の奥の壁際にベッドが一台だけ置かれている。
その間にあるついたての様なものが、申し訳程度に食事のスペースと寝室とを分けていた。
広さはどうであれ、寝泊まりをするには必要十分に思えるその部屋に、カナリアは頷く。
魔道具のランタンに込められた魔法も、この家の大きさならば有効に機能するだろうと彼女は思っていた。
その日の食事は、あろうことかイザック本人が作っていた。
彼曰く、この地の名物と名付けた食事は、あまり待たされる事無くカナリアに提供される。
【なに、これ?】
カナリアの前には、平皿とスープ皿、マグカップが置かれていた。
平皿の上にあるのはドロドロとした粥のようなものが、スープ皿には色の無い薄そうなスープが注がれている。マグに至っては水だけだった。
それを見た所で、カナリアは嫌な顔はしていなかった。ただ、予想と違ったが故にかなり面を食らった表情をしていたわけだが。
『ゲロとスープのお湯割りみたいだな』
シャハボの直截な言に声を上げて笑ったのは、イザックだった。
「まさにその通りですよ。味とて保証はしません。
ああ、その麦粥を食べる時はパンジョンをお付けください。多少はマシになりますから」
彼は鍋から同じ食べ物を自分の皿に取り、先にそれを口に入れた。
「安心してください。この通り毒などは入っていませんよ。美味くは無いですが、毒のある味でもありません」
カナリアは念の為に《
麦粥だと言ったペーストは何の味気も無く、食味もざらついていて微妙なものだった。たしかに非常に辛いペーストであるパンジョンを混ぜ込むと食べられるものにはなるが、かといって深みが出るわけでは無く、単に味が辛くなるだけだった。
口直しにとばかりにスープに口をつけるが、それとて美味くは無い。塩気が薄く、中にはぼそぼそとした食感の豆が具に入っているだけの質素なものであった。
其々を少しだけ味わったのち、カナリアは石板をイザックに向ける。
【美味しくない。どうしてこんなものが名物なの?】
読んだ後で、一言頷いてから彼は話す。
「この料理に使っている麦と豆は、どんな土地でも育つのです。どんな土地と条件であってもそれなりな収穫量が見込める上に、食べれば麦は活力を与え、豆は体を大きくしてくれる。
味にさえ目を瞑れば、非常に優れた作物なのです。
私達がこの都市に住み始めたころは、こんなに綺麗ではなく、住人はその日の食料さえ困るような状況でした。
私が王都で手を尽くしてやっと手に入れたこの麦と豆は、あっという間にここの住民に広まりました。味がどんなにまずかろうと、簡単に育ち、生きるための食料が十分に採れると言う事でね。
これらはパンジョンと並び、私達地元民の名物であり、命そのものなのです」
そう言ったイザックはぐちょぐちょとパンジョンを麦粥に混ぜ込み、スプーンで掬って食べる。
その後で流し込むようにスープを飲む。
「いつ食べても不味いですよ。でも、最低一食は私はこれを食べています。これを食べないと体が動かないのでね」
食べているイザックの表情は、商会で見た時よりも疲れが出て年相応……かなり年を感じさせるものになっていた。
そんな彼が皿に目をやっている瞬間に、一瞬だけカナリアの石板に文字が浮かぶ。
だがそれも一瞬だけで、イザックは気付かなかった。彼が見たのは、カナリアがずっと麦と豆の入った皿を見つめている様子だけ。
「ええ、お気に召さなければ別の物を用意いたしましょう。無理をされなくても大丈夫ですよ。今はこれらの食べ物は地元の人でさえ食べなくなりましたから」
イザックが立ち上がって台所に向かった所で、彼が聞いたのは食器が静かに立てる音だった。
振り向くと、カナリアは黙々と麦粥を食べていた。スープと豆も、決して美味しいという素振りではないが黙々と食べていく。
イザックが見ていなかったカナリアの言葉とは、【そっか、これが地元の食べ物か】という単なる理解と確認のそれだった。
止まっていたのも単に量が多くて食べきれるかどうかを考えていただけで、少し無理をしてでも食べきる事を選んでからは、カナリアは一心不乱に食べ続けていた。
普段のカナリアの食事量の倍ぐらいは食べたかもしれない。一応残しはしなかったが、かなりそれはカナリアの小さなお腹に堪えていた。
【ごちそうさまでした】
カナリアが食べ始めてから、どうしようかと迷っていたイザックは結局何もせずに自席に戻っていた。
カナリアの石板を読んだ彼は、少しだけ嬉しそうな表情を浮かべる。
「ええ、良い食べっぷりでしたね。お気に召しましたか?」
【これは美味しくない。どちらかと言うとかなりまずい方。でも、これが名物と言うなら食べるよ】
「そうですか……」
判断に困る反応をされたイザックが微妙な回答を返したところで、彼にとって救いの手が投げられる。
『大丈夫。カナリアはゲテモノ食いなんだ。十分喜んでいるよ』
そう言ったのはシャハボだった。
【うん、まずいけれど、本当に体にいいのなら、私も一日一回ぐらいなら食べてもいいかな】
シャハボの言を否定しないカナリアの言葉を見てから、イザックは目頭を押さえて少し俯いた。
彼にとってこの麦粥と豆のスープはこの先の話を続ける為の布石であり、拒否される事を想定して、ちゃんとした食べ物は別に用意していたのだ。
けれども、たとえそれがゲテモノ食いが趣味とはいえ完食までされた。あまつさえ、日々の食事にしてもよいという話まで。
イザックがカナリアに説明した事は事実だった。そして、パンジョンに続き、この不味い食べ物迄カナリアが食べつくした事は、これからの話の着地点をどうするか、イザックが心を決める一押しとなる。
「すみません、この年になると少し目がかすみまして」
イザックの言葉をカナリアは聞き流した。
「ええ、すみません、食事の件ですが、ご希望には沿えるように致しましょう。
さて、食べて落ち着いた所で本題に入りましょうか」
【うん】
イザックはもう一度ランタンを触り、《
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