第21話 其々の目的 【3/5】

 魔法が発動する事により、この小屋で起こる事は外部に限りなく漏れない状態になった。


「色々と質問がおありだと思いますが、状況が混みあっているので、まずはこちらの主導で話を進める事をご了承下さい」


 そう切り出したイザックに対して、カナリアは頷く。


『必要な事を全部話してくれるってのなら問題ない。

 何も知らされずに厄介事に巻き込んでくれた件も含めてな』


 と念を押すシャハボに対しても、イザックは「もちろんです」と返す。

 その後で、彼は丁寧に一度頭を下げてから話を進めた。


「まずは配達の任務、ご苦労様でした。

 詳細までは届いていませんが、何があったかの速報ぐらいは受け取っております。

 カナリアさんが手紙を届けて、一泊した後に戻ってきた事により、お願いした任務は完遂されたと思っています」


 カナリアはそれに対して再度頷く。

 口を開いたのはシャハボの方だった。


『その口ぶりだと、対応はあれで良かったみたいだな』


「ええ、まさかあの会話で、ここまで完璧にこちらの意図を掴んでくれるとは思ってもいませんでしたが、完璧な仕事であったと言わせて下さい。

 ですが、詳細を事前に告げることが出来なかった件に関しては謝罪させて頂きます。理由は後ほどお話いたしますが」


 言外にそれは、カナリア達がゴーリキー商会を壊滅させた事を指している。

 謝罪をカナリアは頷いて流し、シャハボが先を促す。


「はい。これから話をさせて頂くのは、次の任務に関しての詳細です」


 『おい、ちょっと待て』と止めかけたシャハボを制し、イザックは話を続ける。


「詳細を先に開示するのは、先ほどの謝罪の一部です。先日は受けて貰うまでは詳細を明かさないと言いましたが、今となってはその言訂正致します。

 此方から詳細をお話いたしますので、受けるか受けないかはその後決めてもらう事で構いません。

 無論、受けて貰えないのであれば、探し人に関する調査を此方で行う事は致しませんが」


 それは、カナリア達にはほぼ取る選択肢の無い話だった。

 『クソ』と毒づくシャハボの言動の横で、カナリアは【続けて】と石板で促す。


「次の任務ですが、このタキーノの領主の長女の護衛になります」


 カナリアは元より、シャハボもこの瞬間口をつぐんだ。


「まずは背景をお話ししましょう。

 ここの領主はペング・フンボルトと言い、爵位は男爵になります。彼には男女一人ずつの子供がいます。男の方のオーリッシュは無難に育っていて、いずれこの領地を継ぐことがほぼ決まっていますが、問題は長女の方になります。

 彼女の名前はキーロプ。大変聡明で良く出来た子です。いえこの場合、良く出来過ぎた子と言うべきでしょう。

 あろうことか、数か月前に王都で行われた戦勝記念パーティーに参加した際に、キーロプ嬢は私達の属するルイン王国、その第二王子に見初められてしまいました。

 しかも第一妃としての待遇で、です」


『おい! あり得るのかよそんな事が!』


 シャハボの声は、強く、そして早かった。カナリアとて珍しく目を丸くしている。


「カナリアさんであれば、爵位の階級はご存じでしょう? 王侯の後には、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と続きます。

 ええ、こんな事はあり得ない。あってはいけないのです。最低爵位である男爵の娘が、他の貴族階級を飛ばして王子と結婚なんて事は。

 ですが、その第二王子は力があり、またこれも優れた賢人でした。彼がすると言えば、もう他の人間は異を唱える事は出来ません。

 少なくとも直接的にはね」


『なるほど。そりゃ難易度がクソたかい話だな』


 イザックがそれに頷く。

 カナリアとシャハボはこの会話だけで既にある程度までは理解している。

 直接的に異を唱える事が出来なくても、出来ることはあると言う事を。


「恐らく既に事の全容は推測出来ているでしょうが、念の為最後まで話をしましょう。

 第二王子との婚姻を決めてから、キーロプ嬢に対する暗殺未遂は既に数えきれないほど起きています。外部の手は元より、長くフンボルト家に仕えた者からも主家を裏切る行いを働いたものが出る始末です。

 場所も至る所で、です。領地に戻る為に王都から出た瞬間に襲われ、道中は元より、領地に入っても領主館に入ってからもですね。

 権力を持つ者からすれば、木っ端の男爵の娘を殺した所で言い訳なんてどのようにも出来ますからな。

 むしろ、殺してしまえば、大切な王子の妃候補を守ることが出来なかったという罪で領主のペング様を吊る事でさえ出来ましょう。その上で改めて妃候補の選定合戦に入れる。他の貴族にとっては利しか出ない手というわけです」


 その話はやはりと言うか、カナリア達の予測通りであった。


「ちなみに、王都で婚姻が決まったのが二か月前です。そして、第二王子の配下がこちらに迎えに来るのが後二か月か長くても三か月後でしょうか。

 最初の二か月で、フンボルト家の手の内の人材はほぼ枯渇してしまいました。身内からでさえ離反されては、補充の先が無いですからね。

 そこで私が領主のペング様から、内々に依頼を受けていたというわけです。信頼出来て、なおかつキーロプ嬢を守れる強い人と言う条件でね。

 そこにあらわれたのがカナリアさんというわけです」


『それで、俺達が信用に足るかどうか確認する為に最初の依頼をしたってわけか?』


「はい」


『随分と連中はきな臭かったが、今の話に絡めていいと言う事か?』


「はい。その通りです。

 ゴーリキー商会はかなり悪どい商売も平気で取り扱う所ではあります。ですが、その影響力は非常に大きいために、我々も今までは度々お世話になっておりました。

 この都市を繁栄させる為に、我々の商会は早急に大きくなる必要があったのです。力を借りるためにはその傘下に入る事も止むを得なかったと言った所でしょうか」


 イザックの言葉に、カナリアはゴーリキー商会の別館で下っ端から聞き出した情報を思い出す。

 たしか、イザックはヨーツンの下請けで、そこから離反したと。


【ヨーツンにそのお妃候補を殺せと言われたの?】


 考えを巡らせた上で端的に聞いたカナリアの答えは、イザックの眉を上げさせた。


「……推測にしては、お早い回答ですな」


 真剣な顔で言うイザックにカナリアが石板を見せ、直後にシャハボは言葉を被せる。


【貴方が離反したとは聞いたから】


『カナリアは手紙の中身を読んじゃいないぞ? あくまで穏便に・・・聞き出しただけだ』


 両者の言葉を理解した後で、イザックは少しの間目を瞑り、間を取ってからまた口を開く。 


「ええ、中身を読まれていないのはこちらも承知しています。

 何はともあれ、その推測は正しいです。

 どこかの貴族からヨーツンは依頼を受けたのでしょう。そして、それをそのままに、下請けである私に言ったのです。キーロプ嬢を殺せとね。

 即座に私は決断しましたよ。ヨーツンと縁を切る事をね」


『ああ、そうだろうな。だが、何故だ?

 どうしてお前はそんなに領主の娘を守りたがるんだ?

 付き合いが長いわけでは無いが、お前は商売人として約束は絶対に破らない性質の人間だと思っていたんだが』


 シャハボの言葉はカナリアの気持ちと同じであり、その質問はイザックが待っていたものでもあった。


「そうです。私は約束は絶対に破らない。

 簡単な事ですよ。ヨーツンと交わした約束よりも、古く、強固な約束があったと言う事です。

 などと言っても大した事は無いですがね」


 カナリアと合わせたイザックの視線が少しの間だけ空いた皿に向けられ、その後またカナリアに戻される。


「元々この都市は開拓もほとんどされておらず、小さな街に過ぎませんでした。

 それをペング様が領主になってから、一代でここまで広げたのです。

 陳腐な話ですが、鉄の結束とでも言いますかな。約束と結びつきを至上とする土壌をこの地に育てたのですよ。私達は」


 少しだけ考えた後、私達と言う最後の言葉の含みを解釈した結果、カナリアは一つの回答を見つける。


【もしかして、領主は冒険者上がり?】


「ええ、やはり冒険者はお察しが早いですね。

 ペング様と元のギルドマスターをしていたジョン達のパーティーは、元々クラス2の冒険者でした。

 私は若かりし頃から彼らを援助していた。そんな関係です」


 クラス2を貰った冒険者が引退後に地方の領主になるという話は珍しいが、よく聞く話ではあった。

 リーダーであったのだろうペングと言う人物がトップとして領主に納まり、荒事を抑える為にジョンが冒険者協会の組織を率いる。経済はイザックが裏から回すようにする。


 そう考える事で、カナリアの中では大体の疑問が解消されていった。


 ジョンとイザックの信頼関係、領主ペングとイザックの信頼関係。なるほど、確かに今の話であればすべてがもっともらしく収まると。


「今や、私の中ではカナリアさんは信頼するに足る人物となっていますよ。

 何せ、この地の食べ物を嫌がる事なく食べていますからね」


 それを聞いたカナリアは、舌を出して美味しくなかったと表情に出す。


 イザックは「それは美味しいという表情ですね」と言ってから笑った。


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