第22話 其々の目的 【4/5】
ひとしきり笑った後で、イザックはまた相好を整えて説明を続けていく。
「少し話が逸れましたが、私はペング様との約束を守る為に、ゴーリキー商会と縁を切ったのです。
それは、彼らと全面的に戦う必要があると言う事でした。
もちろんながら、それは一筋縄ではいかない、むしろキーロプ嬢の護衛と同じぐらい困難な話でありました。
一応手は無かったわけでは無いのですが、それをする前に、私の前にカナリアさんが現れたのです。
ジェイドキーパーズの面々には申し訳ないとは思いますが、彼らの思慮無き行為によってカナリアさんの実力が分かったのは、私にとっては幸運でしたね」
ジェイドキーパーズの名前が出たタイミングで、【少しだけ、可哀そうな人たちだったね】とカナリアの石板に文字が浮かぶ。
読んだイザックも「ええ」と同意する。
「ですが、その状況において、私に必要なのはカナリアさんの実力の方でした。
ただし、あまりにも状況が私にとってうま過ぎるが故に、ちょっとした確認をしたかったのです。それがカナリアさんに先の任務の詳細を明かさなかった理由になります。
心配事は、ゴーリキー商会の息が掛かっていないかどうかと言う事でした。
結果としては杞憂であった事に安心しましたよ。
もしゴーリキー商会の息が先にかかっていようものなら、完膚なきまでに壊滅させるなんて事はしなかったでしょうしな。
潜ませていた私の手の者から速報を受けた時点で、カナリアさんは白だと判断したと言う事です」
言い切ったイザックに、シャハボは鼻持ちならない様にフンと息を吐く。
『そのぐらいの事なら、特に咎める事はしねぇよ。
大方、「カナリアを好きにしていい」ぐらい、手紙に書いてある事は想像はしていたからな。
だが、一つだけ抜けてそうだから聞くが、もし俺達が別の貴族からの依頼を受けていた。なんて事は想像しなかったのか?
たとえば、そうだな、お嬢様を守ろうとする地盤を、陰からガッタガッタにしろみたいな依頼とかどうだ?』
半ば冗談を言うような口調でシャハボは言ったのだが、その中身は重く、ともすればイザックの計画を底からひっくり返すのは間違いない話であった。
その返答は、「はっはっはっ」と言うイザックの笑い声で返される。
「言ったでしょう? 私は貴方を信頼すると。この地の食べ物をあれだけしっかりと食べた人間を、私は信頼しない訳にはいきませんよ。
まぁ、後は商売人の勘ですな。貴方が敵だとしたら、こちらにはもう打つ手がない。そんな気がするのです。
であるならば、手の内に取り込んで、頭から信じてしまった方が気が楽と言うものです。
それで食われたのなら、その時に我が身の不運を後悔するとしましょう」
食事時に見せた疲れ果てたようなイザックはこの場には無く、年は浮かぶがその相貌は真剣で、ギラついてさえいた。
「さて、話が長くなりましたが、一旦纏めましょう。
先の任務の結果を受けて、私はカナリアさんが信頼に足る人物だと判断しました。
その上で、次の任務として第二王子の迎えが来るまでの間、ここの領主の娘であるキーロプ嬢の護衛任務をお願いします。
報酬は、金銭その他に加えて、カナリアさんの探し人に関する情報を全力で探して、任務完了時にお渡しする事に致します。
どうなされますか?」
居住まいを正してから、イザックはカナリアにそう聞いた。
それに対し、カナリアの方も迷う事は無かった。
【細かい話がまだ詰まっていないけれど、欲しい情報を集めてくれるのならば大筋では受けようと思う】
イザックはしっかりとカナリアの石板を読んだ後、それは本来商売相手に見せるものではないはずだが、大きく息を吐いた。
安堵の吐息なのだろうが、カナリアは全くそれに対して反応はしない。
むしろ、大きく反応したのは、自分が隙を見せた事に気付いたイザックの方だった。
「これは申し訳ない。護衛の件は本当に手の打ちようが無くなっていて困り果てていたのです。
カナリアさんが受けてくれると言って頂いたおかげで、少し気が緩んでしまいました」
取り繕う途中で彼は思い出したかのように立ち上がり、台所に向かう。
「ところで、カナリアさんは飲めますか?」
取り出して来たのは、一本の瓶だった。
「これもタキーノの名産品ではありますが、こっちは掛け値なしの絶品の火酒ですよ。何かの為にと思って持って来たのですが、良かったらどうですか?」
いつの間にか空になっていたマグカップに少しだけ注いだ酒を、まずは毒見とばかりにイザックは煽る。
喉が焼け付くような味を味わった後、彼は同じマグをカナリアに向け、受け取るかどうか仕草で尋ねた。
【お酒、あんまり飲んだことない】
その返答を見たイザックは、どうしたものかとばかりにシャハボに目配せする。
『おい、俺に聞くな。でもまぁ、飲んでもいいぞ。飲みたかったらな』
イザックの視線はカナリアに再度移る。
【おいしい?】
返答は、マグカップに酒が注がれる事で返された。
カナリアはそれを受け取ると、火酒が何か知らないとばかりに一口ゴクンと口をつける。
強烈な酒精が喉を焼く感覚。
腹の中にまで火が入りそうな感覚に、カナリアはむせ返った。
咳込みはすれども、そこに声が出ている音はしない。
落ち着いた後に、石板にはこう浮かんだ。
【何これ? すごい強い】
「そうでしょう? この強さが名品の証ですよ。飲んで良し、傷洗いにも良しの逸品です」
そう言ったイザックは、どことなく嬉しそうではあった。
カナリアから返されたマグの中は空だったため、イザックは再度酒を注ぎ直してもう一杯どうですか? と、仕草のみで聞き返す。
少しだけ迷った後、カナリアはそれを受け取り、お返しとばかりに石板を見せる。
【強いけれど、これ、もしかしてパンジョンと一緒に飲むと美味しい?】
読むのに時間が掛ったのか、酒がもう回ったのか、イザックがカナリアの意見に反応するのには一瞬だけ時間が掛った。
「それに気づくとは、もうカナリアさんはここの地元の民としてやっていけますよ」
イザックは自分の分のマグカップも用意し、同じだけ酒を注いだ後、カナリアを乾杯に誘った。
「任務を受けて頂ける事、感謝します」
【うん。まだ詰める条件は残っているけれどね?】
「年寄りは気が早いのです、ご容赦を」
そして、お互いがちょっとだけ肩を竦めた後、二人は酒を飲み干した。
どちらもむせ返りはしなかったものの、しばらくのどが焼け付く様を楽しむ。
イザックなどは既に顔が赤くなり始めていた。
「カナリアさんは酒にも強いのですね」
【毒は慣れているからね。でもこれは、楽しい】
嬉しそうなカナリアを前に、少しだけイザックの口が緩む。
酒の肴を欲したような口調で彼はこう聞いた。
「野暮な話ですが、どうしてカナリアさんはそんなにお強いのですか? 見た所かなり若く見えるのですが」
この場では追求する人間は居ない。イザックが、酔った事実を利用してカナリアから情報を引き出そうとしているなんて事は。
カナリアは無言のまま何も返事をせずに、シャハボを撫でる。
これからの説明は、シャハボの出番だよと言わんばかりに。
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