第23話 其々の目的 【5/5】

『イザックさんよ。生きている球電って聞いて、想像できるか?』


 シャハボの言葉にイザックは首を傾げた。


『サイズは大小あるが、形は大体の場合人型だ。特徴として、全身が雷で出来ているんだ。

 雷だからな、触れる事なんてもちろん出来ないぞ。

 直接的な攻撃だとこっちが雷に焼かれる。弓矢や石礫などの間接攻撃は素通りするか、その雷で溶かされるんだ』


 顔の赤みは引かないものの、イザックの目だけがいつもの状態に戻り、彼は話の中身と先を想像する。


『頭の方も、怪物モンスターと言うよりは賢者サヴァンと言うレベルだな。高度な魔法も易々と使いこなす』


「なんとも、化け物じみた話ですな」


 ようやくイザックが口を開くが、それは知らないと暗に告げていた。

 シャハボの首が頷くように上下し、言葉を続ける。


『じゃあ、不可視、それどころか全く認識することが出来ない生き物の話はどうだ?

 こっちは大きささえはっきりとはわからない。なにせ全く見えないんだからな。

 ただの不可視ならまだしも、その生き物が身に着けたものや付着した返り血まで見えなくなるってオマケ付きだ』


「……暗殺し放題、と言った所ですな」


『ああ、それどころじゃないぞ。こいつに殺されれば死体さえ見えなくなる。最悪、目の前に死体があっても誰にも気付かれなくなる』


「恐ろしい話、ですな」


 イザックは暗殺の可能性に意識を強く向けていた。シャハボの話は荒唐無稽な話ではあるが、暗殺という単語だけはどうしても強く頭に飛び込む。


『カナリアは組織に居たんだ。

 名前は無いし、知る者もごく少数しかいない。ここの王国や、隣の帝国、共和国、その先の王国等色々国はあるが、それらの国には属さず、知る者からはただの組織と呼ばれている。

 組織の目的は、人間に仇成すであろう怪物モンスターの存在を、世間に知られる前に抹消するって所だな。

 話をした2つの生き物も、カナリアが戦った相手だ』


 イザックの程良い酔いは、その言葉で飛ばされてしまっていた。

 酒の上の与太話だと一蹴する気は彼の頭には存在しない。ただ、あまりにも現実離れした話に、どう解釈すべきか時間が掛っていた。


 たとえばそれが、話に聞くような《巨大石化蜥蜴ギガント・バシリスク》だったり、地方の幽霊話に出てくるような《不死者の大群アンデッド・スゥオーム》だったり、飛躍した所で、おとぎ話に聞くような英知を持った《古竜エンシャント・ドラゴン》だと言われれば、イザックにも想像がつく。

 けれども、今聞いた話は彼の経験には全く無いものであった。


「……カナリアさんは、それほどお強いのですか?」


 ようやく口を開いたイザックの質問に対し、突き付けられたのはカナリアの持っていたマグだった。

 【おかわり】と石板にも書いてあるのを確認してから、イザックは酒を、今度はなみなみと注ぐ。


 カナリアはその可愛らしさに似合わない仕草でグッと酒を飲み、途中でやっぱり酒が強すぎてむせかえる。


 シャハボは言わんこっちゃないとばかりに首を横に振った後、イザックの質問に答えた。


『相対しても生き残っている。まぁ、その程度の強さだよ、カナリアは』


 シャハボはカナリアにすり寄り、少し酔っ払っているカナリアは愛おしそうにシャハボを撫でる。


 小動物への好意。いや、どことなくそれ以上の深さをイザックは二人から感じ取る。だが、どうにもこの姿が、先ほど言っていたシャハボの話とかみ合わないでいた。


 有り体に言えば、違和感を強く感じている。


 けれども、彼は最後にこう解釈した。だから、カナリアは強いのかと。


 ジェイドキーパーズの面々は、違和感をカナリア本人の強さだと認めなかったが為に、その命を落としていた。

 この点において、イザックは彼らよりも賢かったと言えよう。


 賢い彼は、新しく浮かんだ疑問もカナリアにぶつける。


「信じがたいと言いたい気持ちはありますが、理解はしました。ですが、どうしてですか?

 何故そのような所に居たカナリアさんが、冒険者などをされているのですか?」


 そのタイミングで、カナリアはもう一度酒を呷ってマグの火酒を空にした。


『カナリア。飲み過ぎだ。水飲んで少し休め』


【うん、わかった】


 カナリア達の言葉を聞いたイザックは、如才なく水差しを持ってきて彼女に勧める。

 カナリアががぶがぶと飲む間に、シャハボは話を続けた。


『直近の戦いで、俺がヘマをした』


 その言葉の直後に石板がテーブルの上にドンと置かれ、【私が失敗したの!】と文字が浮かぶ。


『カナリア。静かにして水を飲んでいろ。今はその責任を話す場合じゃない』


 【はい】とだけ書かれた石板がゆっくりと下げられ。酔っ払っているのか、意気消沈したカナリアは小さくなって静かに水を飲む。

 イザックの好奇の目は二人のやり取りに注がれているが、シャハボはそんな事に構わなかった。


俺達が・・・ヘマをした。そのせいで、俺の足が片方無くなったんだ』


 酔っ払ってテーブルに傾れているカナリアの頭の上にシャハボは止まり、その足をイザックに見せつける。

 くすんだ金属で出来たシャハボの足は、一本しかない。


『カナリアがその後で駄々こねちまってな。直るまで仕事をしない! って文句を言いまくったせいで、絶対に戻って来る事を条件に最終的には組織が折れた。

 ああ、まぁついでに言うが、探し人ってのは俺を作った人間で、俺を直せる人間って事だ』


 思考を巡らすイザックは、カナリアの石板に【ごめんね、ハボン】と浮かんだ文字まで目が届いていなかった。

 ただ、彼は考えた。酒が背中を押してくれたことは事実だが、今となっては酔いが邪魔になる。


 カナリアが頭を上げ、シャハボがカナリアの肩に降りた。

 静かになっているイザックをほぼ無視して、カナリアは水を飲む。

 水は飲んでいるのだが、視線は酒の瓶にちょろちょろと向かっていた。


【シャハボ、もう少し飲んでいい?】


『もうダメだ。体の事を少しは考えろ』


【……はーい】


 そんなカナリア達のやり取りが終わった後で、ようやくイザックの中で考えが纏まったようだった。


「元よりそのつもりでは居ましたが、カナリアさんの人探しの件、全力でやらせて頂きます。

 商いをやらせて頂いている者として、また、オジモヴ商会の長として、文字通り私の首を掛けて、カナリアさんに満足出来る結果をお返しできるように努めましょう」


【よろしくね】


 そう石板を見せるカナリアの様子はとても可憐で、あれだけ飲んだというのに酒の影響は全くなさそうな様子だった。

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