第34話 夜襲 【5/6】

「ええ。大言を吐くあなたが、私の騎士様に倒される様を良く見させて頂きますわ!」


 強く言い切った後で、「ですが」とキーロプは言葉を続ける。


「その前に三つほど確認させてください。これは、公平な決闘をするために必要な事ですので」


 決闘の為と言われてはガンブーシュとて無視は出来ない。


「なんだ?」

「この決闘はあくまであなたとカナリアさんとの間のみであって、私は本来は関係しないという事でいいでしょうか?」

「ああ、そうだ。我は目的は強き者を倒すためのみ! 貴様など目に入ってはおらぬ!」

「そうですか。ではもう一つ。

 あなたはお一人ですか? 他にお仲間の方は?」


 その質問にガンブーシュは少しだけ止まった。


「何を言っている? この場に我は一人ぞ。

 ふむ。我にカナリアの事を教えてくれた奴は確かに怪しかったがな。

 だが、その情報は真であったわ!」

「その方の情報をもう少しお聞かせ願う事は出来ますか?」

「それは決闘に関係があるのか?」


 脱線を許さぬガンブーシュの言葉に、キーロプは折角の情報を得る機会を逃す。


 彼女にとって、最後の質問が一番大切であった。

 他にかまけてそれを問わずにおけば、この勝負、カナリアに負けの目が出るかもしれない。

 一瞬の間だけを以って、「関係ないのでそれは後にしましょうと」話を戻したキーロプは、続けざまにこう質問をした。


「最後の質問です。

 剣での決闘と言う事ですが、武器はどうしましょうか? カナリアさんは剣らしきものを用意していませんが」

「ふむ。我はこの剣を使う。

 小娘は何かないのか? 刃物が無いなら徒手になるなぁ」


 その返答はキーロプの予感通りであった。


「それは勝負にならないでしょう? 我が家には幾つか剣がありますので、貸与させて頂きます」


 だが、せめてもの助け舟をと思って出したその提案は、すぐにガンブーシュに止められてしまう。


「おっと! 助太刀は許さんぞ! あくまでも一対一の勝負だと言っただろう?

 なぁに、そこの小娘はとてつもなく強いと聞いているぞ。ならば徒手とて問題無かろうが!」


 がっはっはと大笑いするガンブーシュを前に、キーロプは内心歯噛みをしていた。

 暴論によって正論が曲げられている。

 彼の理屈しかこの場では通らないという状況を打破できない事に関して、不甲斐なささえ感じていた。


 なんとかカナリアの助けが出来ないかと思考を巡らし続けるキーロプ。集中している彼女は、肩を叩かれるまで近くに寄ってくるその存在に気付きもしなかった。

 驚いて振り向いた彼女は、間近で石板を掲げたカナリアと目が合う。


【大丈夫。持っているのはナイフしかないけれど、私はあんなのに負けない】


 灯りで照らされた石板を読んだキーロプは、カナリアの顔をしっかりと見返した。


「やれますか?」


【大丈夫】


「……本当ですか?」


【本当に大丈夫】


 三度目の大丈夫を見た後、キーロプの視線は石板とカナリアの顔を数回上下する。それから、彼女は石板を持つカナリアの手に自らの手を重ねて、こう言った。


「では、お願いします。……負けないで下さいね」


 返すカナリアの頷きは力強い。

 明らかに不利な条件であるにも関わらず、キーロプの目に映るカナリアに後れは見えなかった。さりとて気が張っているようでも無く、自然体で行動するカナリアを見て、キーロプはどことなくカナリアの勝利を予感する。


 カナリアは腰からナイフを取り出し、石板を含め装備の腰ベルトなどは全て外して、地面に置いた石板の上に重ねていた。


『こっちは任せな』


 と、最後にシャハボがそこに降りる。


 カナリアはナイフ一本を左手に持っただけ、後は鎖鎧などの防具さえ身に着けていない。ウサノーヴァに貰った仕事着のままの軽装過ぎる姿で、ガンブーシュに相対する。


 返すガンブーシュは、皮の胴当てをつけており、その下には鎖も着込んでいた。

 防具はそれだけではない。一目見る限りでは大剣に目が行くが、彼の特徴的な装具は、それを持つ両の小手にもあった。

 厚手の金属で作られた小手は、それぞれ腕を肘近くまで守っている。それは、彼にとっての盾でもあり、また仕込んだ魔道具でもあった。


 右の小手には《高速化アクセリラン》の魔法が仕込まれており、それを発動する事によって暴風の様な剣戟を可能にしていた。

 この魔道具を発動したガンブーシュの手によって、肉塊に変えられた剣士は数知れず。剣での決闘においては、確実に優位を取れる類の秘策であった。


 そして、左手に仕込まれた魔道具は、彼にとっての真の切り札であり、魔法使いと戦う際の生命線でもあった。


 ガンブーシュはその左手を空に掲げ、持ち前の声量で叫ぶ。


「戦神ニンギルスの名の元に、我ガンブーシュとカナリアの剣での決闘を取り決める!

 勝敗は片方の死か、降参を合図とする!!

 禁忌は一つのみ! を禁じ手とする!」



 いざ! 《決闘デュエル》!!



 ガンブーシュの左小手から飛び出した魔力の鎖は即座にカナリアの左手に絡み、直後に消えた。

 《決闘デュエル》はその名の通り、決闘を取り決める為に使う魔法であった。条件を定めそれに反すれば神罰によって死が与えられるという、本来は立会人になるべき戦神ニンギルスの神官が使う魔法であったが、ガンブーシュの小手はそれを自前で使えるようにしていた。


 ガンブーシュは《決闘デュエル》の縁が結ばれた事を確認すると、ニッと笑みを浮かべる。


 彼は勝利を確信する。


 本来、魔法使い相手であれば、「一切のを禁じ手とする」と言うべきであった。それを彼は、「一切のを禁じ手とする」と言い換えていた。

 《決闘デュエル》が成立した以上、カナリアの持っている一切の魔道具は使えないはずなのだ。


『カナリアは魔法使いではない。本当は魔法使いと偽った稀代の魔道具使いである』


 ガンブーシュは、彼の情報源であり、報酬の出所にもなるパトロンの言葉を信じていた。

 その男は顔だけでなく、容姿も魔道具で隠しており、非常に胡散臭い相手ではあった。

 ただ、依頼の内容と提示された前金、成果報酬は共に破格の金額だった為、ガンブーシュは怪しいと知りつつもそれに乗ったのだった。


『魔法使いと偽った、魔道具使いのカナリアを殺して欲しい』


 ただそれだけの依頼にしてはありえない金額。そして、手口の指定こそほぼなかったが、パトロンが苦労して調べたなんぞほざいていた情報は確かに正しかった。


 曰く、カナリアは小細工を弄さずとも、呼び出しだけで出て来る。

 曰く、カナリアは声が出ない。喋る小鳥と石板を使って会話する魔道具使いだから、間違いない。

 曰く、カナリアは経験の浅い小娘だ。故に、《決闘デュエル》の小細工には気づかないだろう。


 強引な手口を好むが、ガンブーシュとてバカではない。受けるまでは、いや、受けてからも、自分が面倒な罠にはめられたのではないのかと色々考えていたのだ。

 だが、この場でその様な考えはとうに霧散していた。


 むしろ、なるほどとさえガンブーシュは思う。

 魔法使い、いや魔道具使いか。どちらもかわらない。我の《決闘デュエル》にてそれを禁じてしまえば、後は赤子の手をひねるようなものなのだから。


 ガンブーシュは過去に、魔法使い、魔道具使い、どちらの相手に対してもこの手段で勝利を収めて来ていた。魔道具使いの場合は、左小手の《決闘デュエル》は機能するものの、右手の《高速化アクセリラン》が使えなくなるのが難点であるが、いずれにしろ問題は無いと判断する。

 剣士以外に我が後れを取るはずがない。そう言い切れるからだ。


「いざ、正々堂々と参るぞ!!」


 そう叫んだ後、ゆっくりとガンブーシュは両手で上段に剣を構えた。



 この状況でどこが正々堂々なの? と、正対するカナリアは思う。


 けれども、それは雑念に過ぎない。

 踏み込んで間合いを潰すガンブーシュの動きは早かった。


 上段から真正直に振り下ろすガンブーシュの剣を、カナリアは後ろに飛び退いて躱す。

 月明りと星明り程度しかない闇夜では、カナリアの不利はさらに大きかった。間合いを離そうと後ろに下がり続けるが、彼は止まらない。

 前に進みながら二撃三撃と上げては振り下ろすその剣戟は、大剣であるにも関わらず、まさに小枝を振り回すが如くの速度であった。


 即座に手持ちのナイフでは受け切れないと判断したカナリアは、徹底して回避する事に集中する。

 掠る事さえカナリアは良しとしない。大剣の重量故、掠ったとしても掠り傷では済まないだろうからだ。それに、寄るだけで危害を加える仕込み武器の可能性もある。

 最小限で避けて行けば隙も摘み取れるやもしれないが、カナリアはいつも通りに慎重に事を運ぼうとしていた。


 縦斬り、返しに横払い、踏み込んでからの突き。一連の攻めをカナリアは無傷で避け続ける。

 ガンブーシュの猛攻はなお止まずにカナリアはその全てを避け続けた。


 ようやくガンブーシュの攻撃が止まった時に、肩で息をしていたのは、攻撃を続けていたガンブーシュではなくカナリアの方だった。


「がっはっは!! その体で良く避けるわ。

 我も流石にこの闇夜の中では、子ネズミを叩くのには骨が折れるのう!」


 そう声を上げたガンブーシュも、散々大剣を振り回していた以上疲れてはいた。

 ただ、彼はわかっていた。剣を振り回すだけのガンブーシュと、当たれば即死という条件の元、避け続けていたカナリアのどちらが疲れているかと言う事を。


 まだガンブーシュには余力がある。同じ程度の剣戟ならば、もう二度や三度ならば可能であろう。

 対するカナリアは既に息が切れている。切り札を封じられた魔道具使いなぞ、恐れる事は無かった。


 たしかにカナリアの動きは一流だとガンブーシュは感じていた。

 疲れていたとて、次の攻撃は避け続けられるかもしれない、だが後二度も繰り返せば、いずれ集中が切れて当たるだろうと予測を立てる。


 自らが一息入れるために駄弁でもと思っていたガンブーシュであったが、カナリアが声を出せない事を思い出した後、すぐに剣を正面に握り直して再度叫んだ。


「では参るぞ。次の一手も避けてみよ!!」


 吹き荒れる新たな暴風がカナリアを巻き込んでいく。

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