第33話 夜襲 【4/6】

 話が纏まってから、カナリアとキーロプがゆっくりと出てきたにも関わらず、巨漢の男は律儀に屋敷の正門前で待っていた。


「ようやく出て来たな。どっちがカナリアだ? そっちのちんちくりんの方か?」


 開口一番がこれで、カチンと来たカナリアは思わず腰の手杖に手が伸びる。

 キーロプはカナリアを手で制した後、ランタンを持ちながら前に出て尋ねた。


「私はこの館の主人ですわ。こんな夜中に大声を出して、どういったご用件でしょうか?」


 こんな時分のこんな状況にも関わらず、キーロプの立ち居振る舞いは凛としている。得体のしれない相手に対して、前に出る行為自体は蛮勇じみてはいるが、身分の高さに恥じない態度で相手に向かっていた。


 だが、巨漢の男はそれを無碍に扱う。


「お前に用は無い。用があるのはカナリアと言う小娘の方だ」


 この状況に苛立ちを覚えたのはカナリアだけではないはずであった。だが、キーロプはそれをおくびにも出さずに、逆に顔には笑顔を張り付けていた。


「あら、そうでしたか。

 私は当屋敷の現在の主人にて、このタキーノの一帯を治めるペング・フンボルトの娘、キーロプと申しますわ。

 そして、我が屋敷の前にて迷惑な振る舞いをされるあなた様は、何処のどなたでございましょう?

 こちらが先に名を名乗っているのです。返答次第によっては覚悟致してくださいませ」


 カナリアはキーロプの対応の上手さに感心する。それと同時に尻拭いは自分の仕事だと理解もしていたが。

 勢いに押されたのか、けれども礼は取らずに男はキーロプを見下ろす形で名乗りを返した。


「我が名はガンブーシュ。

 巷では大口叩きなどという不届きな二つ名で呼ぶ者も居るが、あえて名乗らせてもらおう、我は全勝不敗の剣士にて、その強さは既に伝説の域であると!!」


 相変わらずの大きなその声は、夜闇の中によく響く。

 聞いたカナリアは、その言に呆れて全身から力が抜けるのを防ぐのがやっとだった。


 大口叩きのガンブーシュ。

 彼はその巨体に似合った大剣を愛用する剣士だった。全勝不敗なのにも間違いは無く、長尺、幅広、重厚と三拍子そろった大剣を易々と振り回し、相手を切る、と言うよりはその剣でぐちゃぐちゃにする事を得意としている。

 彼は冒険者として登録はしているが、基本的には一対一の決闘を好み、自分よりも強いと公言する相手や、賞金の掛かった悪人などを始末する事が多かった。


 カナリアは、彼に大口叩きと別称が付くのは、自分で伝説と言ってしまうあたりにあると判断する。

 自分からそんな事を言ってしまう人間に、本当にそんな実力がある事を見たことは無い。だからといって、この粗野な剣士が本当に伝説になるぐらいに強いのかと言うと、そんな気はしなかった。


「夜分に押し掛けた事は謝罪しよう。

 お前が此処の主人だというならば、そちらのちんちくりんがカナリアと言う事で間違いないか?」


 不承不承頷くも、小娘やちんちくりんなどと言われて、明らかにカナリアは苛立ちを隠さない。

 だが、カナリアはまだ知らなかった。どうしてこのガンブーシュと言う男が、大口叩きなどと言われる本当の理由を。


「ならば良し。

 我はカナリアに対し、剣での決闘・・・・・を求む!

 返答はいかに!」


 カナリアは止まった。

 キーロプでさえ、あっけにとられたまま返事をする。


「剣での? 彼女は魔法使いですが?」


「ああ、剣でのだ。魔法は禁止だ。俺が使えない以上、それは公平にはならん!」


「公平、ですか? 彼女は魔法使いです。剣は良く使えないはずですが」


「そんな事は知らん。我は剣士だ。剣士である以上、剣での決闘をするのが道理ではないか!」


「いえ、だから、剣士と魔法使いが剣で戦うというのは……」


「ええい、ごちゃごちゃとうるさい!!

 我が尋ねるのはカナリアに対してだ!! 貴様ではない!」


 流石のキーロプもこの言葉には顔を引きつらせていた。

 仕方なくと言うか、今まで黙ってカナリアの肩に留まっていたシャハボが口を開く。


『おい、そのデカいの。誰がそんな条件で決闘を呑むって言うんだよ?』


 ガンブーシュは乏しい灯りの中、ニィと口の端を上げてカナリアを見た。


「はっ! それが噂に聞く喋る小鳥か! なるほど、聞きし話は本当であったか」


『おい、勝手に納得するな』


「ああ、もちろん決闘は受けずとも良いぞ。その場合は、戦いを放棄した貴様の負けだ。

 何ら恥じることは無い!

 我の力に敵わぬと知って引く事はおろかな事では無い! 誰しも命は大切だものなぁ!!」


 がっはっは! と悪い人相を隠さずに豪快に笑うガンブーシュのそれとは対照的に、他の面々はそろそろ堪忍袋の緒が切れそうであった。

 それでも、カナリアとキーロプは耐える。お互いが視線も合わせずに、それに耐えていた。負けと言われようと、戦わずして引いてくれるならその方が良いからだ。


 だが、ガンブーシュ。大口叩きのガンブーシュは、ここでその二つ名の所以を存分に発揮させる。


「安心しろ。この街にしっかりと広めてやるわ!

 カナリアはガンブーシュ様に敵わぬと知って、尻尾を撒いて逃げましたとな!

 所詮は小娘、相手にするまでもない雑魚だったとな!!」


「なっ!」


 キーロプが声を上げたと同時に、カナリアの堪忍袋も爆ぜた。

 明らかに怒った表情を取った彼女は、ガンブーシュの前に立ち、《灯りエクリアージ》で照らした石板を見せつける。


 浮かんでいる言葉は、【決闘をするまでもない。今ここで死ぬ?】。


「がっはっはっ!

 それは法と秩序に則った決闘すら出来ない蛮族の良い分よな!

 その様であれば、我が手出しする意味すらないわ!!」


 これがガンブーシュが大口叩きと言われる所以だった。

 彼は全く話を聞かずに自分の理論でしか話をしないのだ。微妙に筋が通っているような、通っていないような話で相手を焚きつけ、確実に自分に有利な条件での決闘に持ち込む。

 それが、彼のやり方だった。


 カナリアは、言葉が話せない。

 ガンブーシュは、会話が成り立たない。


 似て非なるようなものだが、明らかにガンブーシュは利と理で話すカナリアやキーロプには相性が悪い相手であった。

 流石にここまで焚きつけられてしまっては、カナリアとて止まれる状況にない。

 キーロプも、シャハボでさえ、それを感じていながら止めようとはしなかった。


 カナリアはガンブーシュに気取られないように《生命感知サンス・ドレヴィ》を再度使い、他に危険が無いか確認を取る。

 その上で、石板にこう書いたのだった。


【わかった。貴方の条件で決闘を受ける】


「そうか、ようやくやる気になったか。

 ならばそこの女、立会人をせい」


 ガンブーシュの言葉に、キーロプは即座に頷く。


「ええ。大言を吐くあなたが、私の騎士様に倒される様を良く見させて頂きますわ!」


 それは、珍しく、というかカナリア達にとっては初めて聞く感情のこもったキーロプの声であった。

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