第49話 真相 【3/6】

「まずは私から」


 そう言うなり、誰も毒見をしていない酒をキーロプは自ら呷った。

 すぐに大きくむせて、水差しから水を注ぎ入れて飲む。


 ゲホゲホとむせ返りながら、彼女はこう続けた。


「これは、ひどく強い酒なのですね。喉が今にも燃えそうです。

 ウサノーヴァもカナリアさんも、気をつけて飲んで下さい」


 有無を言わさず飲めと言うキーロプの言葉に、どういう事だか状況を理解できていないウサノーヴァは殆ど固まっていた。

 かわりにというか、それが何かを知っているカナリアは、マグを掴んで一気に火酒を飲み干す。

 相変わらずの強い酒精が喉を焼く。けれども、イザックと一緒に飲んだ経験のあるカナリアは、むせ返りはしなかった。


「まぁ、流石はクラス1の冒険者様。良い飲みっぷりですね。

 さて、あとはウサノーヴァだけですよ?」


 カナリアは静かに水を注いで飲む中、キーロプは最後の一人にもマグを呷るように促す。

 まだ呆気に取られている様子のウサノーヴァは、マグを手に取りもしていなかった。


「キーロプ様。これは、どういうことですか?」


 ようやく口に出したその声にも、戸惑いが露わに出ている。


「冒険者の作法だそうです。チームの仲間が秘密を分け合う際に、一つの酒を分け合って飲む事で、その仲間だけでの秘密にすることを約束するそうです。

 さぁさぁ、呑んで下さいまし。そうでないとこれからの話が進みません」


 キーロプがそう急かすが、ウサノーヴァはまだ手を付けようとしない。


「ウサノーヴァ。貴方は今やオジモヴ商会の商会長ではありますが、それとは別に、私は貴方の事を数少ない友だと思っています。

 友として信頼しているからこそ、私はこれからある事をしようと思っているのです。

 その為に、まずはこれを呑んで下さい。

 お父様たちに倣って、形だけでも冒険者の作法に則ってみたいのですよ」


 二度目の勧めにより、ウサノーヴァは渋々ながらマグカップに口をつける。


「キーロプ様、これはそのまま飲むものではなく水で薄めて……」


 ひと舐めした後で、その液体が何かを理解したウサノーヴァは異を唱えようとした。だが、「それでもいいから飲んで下さい」と強く押された為に、結局彼女も一息でそれを呑む事になったのだった。


 案の定むせ返り、他の誰よりも大量に水を飲むウサノーヴァ。そんな彼女を前にして、キーロプはようやくにっこりといつもの笑みを浮かべた。


「さて、ようやく準備が整いました。

 これから私はある事をお二方にお話し致します。この酒に誓って、口外はなさらぬ様に」


 カナリアはしっかりと、ウサノーヴァは怪訝そうに、キーロプの言葉に対して頷く。


「ええ、大した話ではありますが、簡単な話です」


 そこまで言ってから、一瞬口を開いたキーロプは何かを言いかけて止め、再度ウサノーヴァの方をじっと見つめる。


「ウサノーヴァ。繰り返しますが、私は貴方の事を本当に親友だと思っています。どうか、喪心せずにしっかりと受け止めて下さい」


 何度も行われる確認に、いよいよウサノーヴァはこれから起こる事に対しての心づもりを決めたようで、「わかりました」の言葉と共に強い頷きを返す。


 それからキーロプは呼吸を整え、彼女の秘密を二人に明かした。



「私こと、キーロプ・フンボルトの母は、モエット・フンボルトに相違ありません。

 ですが、父はペング・フンボルトではありません。

 ええ、私の本当の父は、イザック・オジモヴです」



 ウサノーヴァの座っている椅子が、ガタッと音を立てる。

 ずり落ちてこそいないものの、彼女が姿勢を崩したのは誰の目にも明らかだった。


「父も母も金髪なのに、黒髪の私が生まれる事自体本来はおかしいのです。

 本当に、よくもまぁ二人の父は、この地で生まれた者は皆黒髪になるなどと見え透いた嘘をばら撒いたものですわ」


 手櫛でその長く艶やかな黒髪を梳かしながら、キーロプは笑顔を変えずにそう言った。


「ウサノーヴァ? 大丈夫ですか? まだ話を聞けるだけの気力は残っていますか?

 必要であれば、もう一杯注ぎましょうか?」


 いつものキーロプの微笑は、この時ばかりは後ろ暗い影が強くにじみ出てウサノーヴァの目には映っていた。

 ウサノーヴァは最後の質問に対して首を横に振り、先に進めるように返答を返す。


「大丈夫でしたのなら、先に進めましょう。

 発端がどちらだったのかは知りませんが、恐らくは母の方からだったのでしょう。

 モエットは、ペングと結婚している身分でありながら、イザック様とも逢瀬を重ねてしまったのです。

 その結果出来たのが私と言う話です。

 モエットは私が生まれてからすぐに病死したと聞いていますが、おそらく母は病死ではなくペングによって殺されたのでしょうね。

 そして、イザック様は生き残った。

 明暗を分けた秘密は、真実の宝球にあります」


 あっさりと身の内を明かすキーロプの言葉に、ウサノーヴァは元よりカナリアも聞き入る。


「シャマシュの神殿がこの地に置かれたのが、ちょうど私が生まれる年の前後だったそうです。

 そして、イザック様は神殿に多額の献金もしていたと聞いています。

 今考えると、真実の宝球を使いたいが為の行動だったのかもしれませんが、それによって事実が明らかになったのでしょう。

 ペングの前で真実が語られ、母は亡くなり、イザック様は生き延びた」


 母親が死んだという話をしているのに、キーロプの顔に張り付いた微笑はほころんでいない。むしろ、それにはより深く暗い笑みが浮かんでいた。


「邪推をすれば、母の押しにイザック様が負けてしまったからではないかと思っています。そうなれば、先に罪のある方を処するのは道理ですから。

 ですが、生き延びた理由はそうではありませんでした。

 命乞いの代わりに、イザック様は壮大な策略を提示したのです。彼の余生全てを賭けた、本当に壮大な策です。

 目的は恐らく、私の身の安全だったのでしょう。ペングの恨みが降りかからないようにするだけであれば、他にも方法はあったのではないかと思います。

 ですが、彼の策はそれだけに納まらなかった。

 イザック様はご承知の通り、目的の為ならば手段を選ばない方です。昔からそうだったのでしょうね。

 そして、それを知っているペングは、その策を完遂する事を約束して、イザック様を好きにさせたのだと思います」


 一足先にカナリアは頷く。話の顛末が見えて来たからであった。

 カナリアを一瞥した後もキーロプは言葉を続けていく。


「結果はご存じのとおりです。

 イザック様は、素性がどうであれ、ゴーリキー商会の中枢に入る事を厭わなかった。持ち前の能力と手腕で組織に食い込み、それによってタキーノにも人が増え、流通が増えて栄えることが出来ました。

 そして、その伝手によって、私にディノザ王子に嫁ぐ道筋も見つけてくれたのです。

 その間に私は、知らぬ間に父たちによって十分な教育を施されて、王都への足掛かりになる良い駒になっていたと言う訳です。

 言うまでも無い話ではありますが、今となってはペング様の恨みが私に飛ぶことはもう無いでしょう」


 酒が回ってきたのか、ここまで話をしたキーロプの頬は少し赤みを帯び始めていた。

 艶が出ると言えば聞こえはいいが、この場でのそれは、色よりも性の悪さが先に出てしまっている。

 そんなキーロプの変貌は、この言葉にも表れていた。


「どうですか? これで理解出来ましたか? ウサノーヴァ?」


 片や、酒のせいか心労のせいか、顔を青くしているウサノーヴァはしどろもどろになりながら答える。


「え……ええ。すみません、大丈夫なのですが、心の整理がまだ……」


「ええ、でしたら今日の話はここでお仕舞いにしましょう」


 ニッコリとキーロプが笑い、これで話は終わり、と言う事にはならなかった。


『ケッ』


 と、声を上げるシャハボ。


【肝心な所をはぐらかさないで】


 そうカナリアは、石板を使ってキーロプに続きを話す様に迫ったのだった。


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