第48話 真相 【2/6】

 その日の来客は、イザックだけでは無かった。

 深夜とも言える時間に館の扉を叩いて来たのは、現在のオジモヴ商会の商会長であるウサノーヴァであった。


「お嬢様! ご無事ですか!」


 キーロプの部屋に押し入るように入ってきた彼女は、殆ど叫ぶような声でそう尋ねた。

 カナリアは既に気付いて待ち構えていたが、キーロプはまだベッドに潜り込んだまま、ようやく上体をあげたぐらいの姿勢であった。


「無事も何も、ウサノーヴァ、こんな夜分にどうしたのですか?」


 キーロプは魔道具のランプを点けて、乱入してきた者の姿を露わにする。


 照らし出されたウサノーヴァの姿は、げっそりとやつれており、服装も少し乱れていた。


 灯りのせいか、表情もいつもより暗く見える彼女は、照らされたというのにそれ以上何も言葉を発しない。

 けれども、そのままウサノーヴァがキーロプに近づこうとした為、カナリアは割って入り制する。


 ウサノーヴァはカナリアの意図に気付かず、止められたことに対して驚いたような目を向けた。

 そんな彼女に、手を空けておきたいカナリアの代わりに、適材適所とばかりにシャハボが忠告する。


『落ち着け。今のままだとお前の方が不審者だ』


 冷淡に告げるシャハボの言葉によって、ウサノーヴァが我に返るのに時間は掛からなかった。

 すぐさま謝罪をしたウサノーヴァに対し、キーロプは落ち着けるように温かい物を用意しましょうと提案したのだった。


* * * * * * * * * *


 キーロプが手づから茶を用意している間、カナリアはずっとウサノーヴァを見張り続けていた。

 ウサノーヴァは大人しくソファに座っていたが、終始そわそわとした落ち着かない様子を取り続けている。


 出来立てのお茶をウサノーヴァに差し出してから、キーロプは窘めるような口調で言葉を切り出した。


「まずは飲みなさい、ウサノーヴァ。一息ついてから、何が起こったのかを話して下さい。

 今のあなたは変です。らしくない、という言葉で表せないぐらいに変です」


 キーロプに縋るような視線を投げたウサノーヴァは、貰ったお茶に静かに口をつける。熱いお茶であったはずが、たいして冷まさずに彼女は飲み干してしまう。


 その後すぐに、ウサノーヴァはキーロプにこう言った。


「裏切り者が見つかりました」


 たった一言。だが、その言葉の重さで場の空気が凍り付く。

 静まり返ったその場をウサノーヴァは自ら破り、事実を告げる。


「裏切り者は、父です。

 父、イザックが我々全ての情報を、キーロプ様と敵対する相手に売り渡していたのです」

「証拠は?」

「多々。こちらに」


 すぐに反応したキーロプの言葉に応えて、ウサノーヴァは持って来た紙束をテーブルの上に置いた。


「仔細はこちらにありますが、概要は私からお伝えします。

 かなり前から、我々の情報は外部に漏れていました。私はその出元をずっと探っていたのです。

 商会長になってから、出来る事が増えました。そのお陰で色々な事実を見つけることが出来たのです」


 キーロプは紙束には手を付けずに、ウサノーヴァに先を促す。


「これはカナリアさんにも関係がある事ですが、まずは、ジェイドキーパーズからです。

 彼らには全員、金を必要とする理由がありました。

 ササはもとより、ハーフエルフで盾役ディフェンサーのミラルド、彼女は冒険者を辞めて故郷に戻ろうとしていたそうです。その為に当面の大きな額を欲していました。

 何でも屋ポリヴァラントのルドリは最近婚約していたそうです。相手は、元ですが、冒険者協会の相談員のタリィでした。結婚資金として彼もそれなりの額の金を欲していました。

 ジェイドさんは、彼は私欲と言うには少し程遠いですが、孤児院を立てる為に金策をしていたそうです。

 そして、それらの情報を全て知った上で、金づるを紹介したのが、父です」


 しんとした空気の中で、シャハボの笑い声が響く。


『はっはっはっ。イザックが金で釣って、可哀そうな羊たちをカナリアに当てたって事か』


「……ええ。

 ですが、裏切った証拠はそれだけではありません。

 むしろこちらが本命なのですが、父は、かの悪名高きゴーリキー商会の暗部の長だったそうです」


「ゴーリキー商会……? たしかカナリアさんが……?」


 うろ覚えの様にキーロプが話したところに、シャハボが『そうだよ』と補足を入れる。

 全員が認識を合わせた所で、ウサノーヴァは先を続けていく。


「ええ、ゴーリキー商会の中枢はカナリアさんが壊滅させました。

 ですが、その暗部、暗殺や荒事を主に取り扱う部門は独立して生きていたのです。

 元々、内部にも秘密にしていて、独立性の高い部門だったことが影響したのでしょう。

 父はその暗部を操り、国の内外から武芸者や冒険者、暗殺者を手配し、キーロプ様の襲撃に当てていたのです。

 探すのには骨が折れましたが、《大口叩きのガンブーシュ》、《虚空必殺のサーニャ》は元より、我々のルイン王国の貴族の懐刀や、他国の秘密組織に属する者達迄、多数を招集していたという確固たる証拠を私は掴みました」


 バシッとウサノーヴァは書類を叩いた。


「私には父が何を考えているかはわかりません。正直な所、彼の行動には矛盾が多すぎます」


 憤りを隠さぬウサノーヴァは、カナリアを振り向いてさらに話し続ける。


「最たる例はカナリアさんです。この場で、あなたまで父に加担しているとは私は言いません。

 むしろ、私は信頼してさえいます。ただ、問題なのはその信頼できる人物を送り込んだのは父なのです。

 どうしてなのか、何故なのか、私にはわかりません。

 ですが、今、これだけははっきりと言えます。

 父が、この事態の全ての元凶です」


 ウサノーヴァは、はっきりとした口調で最後の言葉を言い切った。


 その顔には怒りと戸惑いを隠さないままの表情が浮かび、頬にはいつの間にか涙が流れていた。


 そんなウサノーヴァを一瞥だけした後、カナリアは石板を持とうともせず、お茶に手を伸ばしていた。

 全く興味が無いとばかりに茶を啜る彼女の代わりに、話を始めたのはシャハボであった。


『イザックらしいと言えばらしい行動だろう?』


 理解しているだろうと言わんばかりのその言葉に対し、ウサノーヴァは敏感に反応する。


「父が……父は裏切ったんですよ!

 キーロプ様を殺そうとした! そして間接的にはカナリアさんをもですよ!!」


 ウサノーヴァの叫ぶような声に対して首を振るシャハボの様子は、小鳥を模した体のはずなのに妙に人間臭い様子をしていた。

 ため息を挟んだ後、一言だけシャハボは返す。


『それでどうだって言うんだ?』


「それは……」


 それは、単純な質問だった。けれども、ウサノーヴァは返答に詰まり口ごもる。


 カナリア達の唯一の懸念は、イザックから報酬が貰えるかどうかであった。それ以外はどうでもいいという姿勢を見せたのではあるが、今のウサノーヴァにはそれを理解する事は難しい状態であった。


 下唇を噛み俯きながら小さく震えるウサノーヴァ。

 シャハボが首を振り、カナリアが気にせずに茶を飲む中、助け舟を出したのはキーロプであった。


「あまりウサノーヴァをいじめないで下さいまし、と言いたい所ですが。

 ウサノーヴァ、一つだけ質問があります。貴方の調べた事はそれだけですか?」


 しばしの沈黙の後、ウサノーヴァはそれに首肯した。

 それを見たキーロプに、いつもの微笑は浮かんでいない。


「そうですか」


 それだけを言ったキーロプは立ち上がり、壁際にある本棚に向かう。

 何かを探しながら、彼女は本棚に向かったまま口を開く。


「ウサノーヴァ、心配はわかりますが、イザック様は裏切ってなどいませんよ」

「どうしてそう言えるのですか!」

「簡単な事です。イザック様は毎年、太陽神シャマシュ様の神殿で真実の宝玉を前に父に宣言しているでは無いですか。

 嘘偽りの出来ない状況で、タキーノとフンボルト家の為に尽くしている事を明言していますよ。

 この宣言は、世間には公にしている話では無いですが、貴方ならご存じでしょう?」


「……ですが!」


「ああ、ありました」


 ウサノーヴァの反論を遮って声を上げたキーロプは、何かを見つけたようだった。

 本を漁っていたのかと思えば、彼女が持って来たのは一本の瓶であった。


 カナリアは、その瓶に見覚えがあった。故に、中身が何かもすぐに理解する。


「父から、心を決めて行動を起こす必要がある時には、まずはこれを使うといいと教えられました。

 実際に使うのは初めてですけれども」


 そう言ったキーロプは、マグカップを三つ出して来て、それらに瓶の中身を注いだ。

 鼻につんと来る匂いだけでわかるそれは、カナリアが飲んだことがある火酒に間違いないものであった。

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