第50話 真相 【4/6】

【肝心な所をはぐらかさないで】


 カナリアの石板を読んだウサノーヴァが、キーロプの方を振り向く。

 呆気に取られていた彼女ではあったが、ようやく続きがある事に気付いたようであった。


「全く、カナリアさんには敵いませんね。

 いいですわ。全てお話ししましょう」


 そう言ってから、一切表情を変えていないはずなのに、一層暗い雰囲気を表情に纏いながらキーロプは話を続けた。


「まずはジェイドキーパーズの件です。彼らは本当に不運でした。

 恐らくイザック様は、最初の予定では彼らを使うつもりだったのだと推測しています。

 ただ、ある目的の為に、より有能なカナリアさんが出て来たので乗り換えたと言った所でしょうか」


「目的?」


 気を入れ直したのか、ウサノーヴァはすぐに怪しい所を掴んでキーロプに質問をする。


「ええ、一つはゴーリキー商会の排除。もう一つは、今後私に降りかかるであろう万難を事前に排除するという事です。

 イザック様がゴーリキー商会の暗部を率いて、私に襲撃者を送り込んでくれた理由がこれの後者の方です」


『だろうな』


 シャハボの呟きは、既に答え合わせの様なものであった。


「ウサノーヴァが調べた通り、国内の有力な貴族や他国の者たち迄、近隣において現状で持ちうる個の武力は、全てではありませんが殆どがカナリアさんが折ってくれたと思っていいでしょう。

 それはつまり、私が嫁いだ後に送られてくるはずだった敵も、前もって消してくれたと言う事なのです。

 元々のジェイドキーパーズの方々を使う計画であれば、ここまではしなかったと思います。乗り換えた理由がこれなのですが、逆に言うとクラス1という破格の力量のカナリアさんだから、ここまでさせたと考えた方が良いですね。

 流石カナリアさん、と言った所でしょうか」


 ニッコリと振られたカナリアは、【報酬の為だから】とだけ不愛想に返答を返す。

 そんな中、ウサノーヴァはそこに有る非情な事実に気付き、その事を噛み締めていた。


「と言う事は、父は、自分の目的の為にジェイドキーパーズの方々を見殺しにしたと言う事ですか?」


 静かに確認を取るウサノーヴァに、キーロプは答えを返す。


「ええ。そう考えるのが妥当かと。難しく考える必要はありません。単純にぶつけて強い方を選んだだけの事です。

 人道に照らし合わせるならば、非道だと言うべき行動でしょうね。

 ですが、彼はそう言う方なのですよ。彼は自分の目的の為に、他の全てを犠牲にしているだけなのです。

 彼の目的は、タキーノの繁栄、私の身柄、そしてあなたです。

 そして、犠牲にするのはそこに有るモノ全て。彼自身も含めてですわ。

 人道だなんて甘い考えは捨てて、商売人の感覚を使って下さいな。感情を排すれば、妥当な取引だと理解出来るでしょう?」


 ウサノーヴァは頷いた後、キーロプの言葉に潜む次の核心を口にした。


「……彼自身?」


 キーロプはその言葉にニッコリと、嬉しそうに微笑む。まるでそれは、やっと理解しましたねと言わんばかりに。

 彼女はしっかりと頷いた後で、カナリアが欲していた肝心な内容を明らかにした。


「ええ、素晴らしい計画も最後までしっかりと終わらせない事には意味がありません。

 計画の最後は、彼の死で締めくくられるのです」


「それは……どう言う?」


 目を見開いて茫然とするウサノーヴァに、シャハボが口を出す。


『生きていたら困るからだろうさ』


「困る?」


「補足致しましょう。

 全ては私の未来の為です。私が領主の血を継いでいないと余人に知れると困るのですよ。そして、私の本当の父が悪しき商会の、悪しき部門の部門長であった事が知られると、もっと不味いのですよ。

 だから、全てのお膳立てを整えた後は、全部の罪と責任を引き取ってこの世から退場すると言う事です。

 彼は、最初から自分の命までもその策略の内に組み込んでいるのですからね」


 今度は青い顔をして無言になったウサノーヴァを置いて、カナリアが石板をキーロプに向ける。


【ちょっといい?】


「なんでしょう?」


【今の話、どこまでが事実で、どこからが推測なの?】


「まぁ! 流石はカナリアさん!」


 キーロプは今までのじっとりとした微笑をほどいて、心底嬉しそうな明るい笑顔になってそう答えた。


「そうですわね。私がイザック様の娘である事、イザック様が真実の宝球の前で宣言している事は事実ですわ。あとは、ウサノーヴァが調べた事もですわね。

 他の全ては、私の頭の中で組み立てた推論に過ぎません。ですが、ほぼ事実でしょう」


 自信満々に、けれども半分以上を推論だと言い切ったキーロプに、青い顔のウサノーヴァが静かに噛みつく。


「キーロプ様、あなたはどうしてそこまで言い切れるのですか?」


 微笑を崩さないまま、ウサノーヴァの方をゆっくりと向いたキーロプは穏やかにこう言った。


「当然ですわ。私はイザック様の娘として、フンボルト家の一員として、と育てられたのです。

 ディノザ王子を射止める事が出来た私が、この程度の事を見通せなくてどうしましょうか?」


 愕然とするウサノーヴァの表情と、全く崩れないキーロプの対比は明らかであった。


「確信が欲しいのでしたら、他にも情報はありますわ。

 その一つはあなたです。ウサノーヴァ。

 今やあなたは、オジモヴ商会を取り仕切る若き女商会長ではないですか。

 あなたもまた、イザック様にそうあれと仕込まれた駒の一人なのですよ。私を通じてフンボルト家とも縁があり、有能で、若くして商会長になった所で手綱をしっかりと握れているではないですか」


「それは……」


「私達は全て掌で転がされているのですよ。

 たとえば、オジモヴ商会の移譲。これはとても絶妙なタイミングでしたわね。

 問題が起きてからのウサノーヴァの働き具合は、タキーノに居る誰しもが目にしています。移譲されてから日にちは経っていないとは言え、イザック様がお隠れになった所でオジモヴ商会は盤石だと思っていいでしょう。

 それに、確かその時にあなたも言っていたでしょう? イザック様が戻らないような気がすると。イザック様の鋭い感覚もしっかりと受け継がれていて何よりです」


 ウサノーヴァはそれ以上口を開く事は出来なかった。


「後顧の憂いを全て断って、自らは全ての罪を持ち去って消える。芸術的な策ですわね」


 そう言ってのけるキーロプに対し、カナリアも無言のままであった。

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