第51話 真相 【5/6】


「後顧の憂いを全て断って、自らは全ての罪を持ち去って消える。芸術的な策ですわね」


 そう言ってのけるキーロプに対し、カナリアも無言のままであった。

 二人が静かになったその場で、キーロプは嬉しそうに続きを話す。


「まだ消す必要のある武力は残っていますから、最後の大舞台はそれらの清算と一緒になるかと。

 今現在残っているのは、外部の寄せ集め戦力と、タキーノ自警団の二集団でしょう。

 外部の集団は言わずもがな、貴族の飼い犬や暗殺者などの集団ですね。

 そして、タキーノ自警団ですが、表向きは良く纏まった防衛組織です。ですが、その実、マットさんの主導の元で、近隣やタキーノに住まう素性の悪い者や、事情を知り過ぎたものが沢山在籍しているはずです。

 有り体に言えば、これも消えてしまった方が先の為になる方々のみと言う事ですね」


『集まりとしては、わかりやすい悪と正義の構図だな』


 口を挟めない場の空気をものともしないシャハボが合いの手を入れ、キーロプもまたそれに続ける。


「そうですね、表向きは外部戦力を悪に見せて、タキーノ自警団がそれを察知し、迎撃に向かうと言う筋書きなどはどうでしょうか?

 私を狙う外部戦力に対してタキーノ自警団が勇敢に戦うも、両者相打ち、生き残りは無く終わる。

 ええ、こんな話になれば誰も傷つきません。死んでしまえば口も無くなりますし、全員の名誉も保たれますからね。

 タキーノ自警団の裏の顔であったイザック様は戦いの中で倒れ、ゴーリキー商会の裏の長であったイザック様はタキーノ自警団に討たれる。両者の繋がりを知る人間は、イザック様が采配に失敗して二つの集団をまとめ切れず、内紛で自滅したと解釈するでしょう。

 ええ、これが出来れば完璧な仕事ですわね」


 キーロプに会釈を向けられたウサノーヴァは青い顔のままだった。

 そして、同じく会釈を向けられたカナリアは小さくため息を吐く。

 カナリアは既に理解しているからだった。


 そして、キーロプは、それを何のことも無いように口にした。


「もちろん、最後の締めはカナリアさんのお仕事になります。

 何か残るようでしたら、イザック様を含めて、私の障害になる全てを綺麗に殲滅してくださいね」


 無言のまま頷いたカナリアに、「ああ」と置いてからキーロプが続ける。


「そう言えばカナリアさん、イザック様から手紙を受け取っていましたよね? ここで開けてもらう事は出来ますか?

 中には恐らく場所と日時が書いているかと思います」


 再度頷いたカナリアは、封の開いた手紙を取り出しキーロプに渡す。

 キーロプは開けずに、そのまま手紙をウサノーヴァに手渡していく。


「読んで下さい、ウサノーヴァ。これが私の推論の物証になると思いますわ」


 キーロプに促されるまま手紙を読んだウサノーヴァは、俯いたまま何も言わずに涙を流していた。


「ああ、やっぱりそうですか。


 残念そうな仕草でそう口にするが、心はどうなのか、何一つキーロプの微笑は崩れない。


「カナリアさん、かわりに中身を教えて頂けますか?」


【時刻は明後日の昼過ぎ。場所は私とイザックが最初に会った所で待つとだけ。

 草藪はあるけれど平原だから、単純な挟み撃ちにはいい場所だと思う】


「ええ、であれば、恐らくそういう事でしょう」


 そう言い切ったキーロプは、カナリアから視線を移しウサノーヴァに向けていた。

 顔を上げず、涙の雫が落ちるのを止めないウサノーヴァを前に、彼女は自分のマグに酒を注ぎ、そのままぐっと呷る。

 続け様に、彼女はウサノーヴァの空になったマグにも酒を注ぐ。


「ウサノーヴァ」

「……」

「ウサノーヴァ。私やイザック様が酷い人間だと思いますか?」

「……」


 二度のキーロプの問い掛けにも、俯いたままのウサノーヴァは返事をしなかった。


「そう思われても仕方ありませんが」


 キーロプはカナリアのマグにも酒を注ぎ、ついでとばかりに、再度自分のマグにも酒を注ぎ入れる。


「私の事はどう思われても構いません。

 それに、ウサノーヴァ、今ここではいくら泣いても構いません。ですが」


 キーロプは、そこまで言ってから一旦言葉を止めた。

 口に出そうとした言葉を一旦飲み、出す代わりに酒に口をつけて、今度はゴホゴホとむせ返った後で彼女は言葉を続けた。 


「ですが、イザック様の前では無様な姿は見せないであげてください。

 私の血の繋がった親はイザック様ですが、私の父親はペングです。そして、貴方の父親は、イザック様なのです。

 イザック様の娘として、最後までしっかりとした姿を見せてあげる事こそが、彼に対する最後の親孝行なのではないでしょうか」


 その言葉に撃たれたのか、ウサノーヴァは自然にだがゆっくりと顔を上げていた。

 彼女が見たのは、酒に酔って必要以上に顔を赤らめ、少しフラフラし始めているキーロプの姿。


「酒の誓いです。今日の事は酒で流しましょう。それが習いと聞きましたので」


 普段酒を飲まないカナリアには、キーロプの言う慣習に心当たりは無い。けれども、この場ですべき事は理解していた。

 やや目も胡乱になりつつあるキーロプと視線を交え、頷いた後、カナリアは自分の酒を一気に飲み干す。


 その後でカナリアが見たのは、目を赤く腫らしたウサノーヴァであった。

 カナリアが空になったマグをウサノーヴァに向け、キーロプもそれに続く。


 二人の仕草に気付いたウサノーヴァは、其々の空になったマグと自分のマグを見比べる。その意味を理解し、自分の心を決めるのにそれほど時間は掛からなかった。

 少しの沈黙の後、彼女は、えいとばかりに中の酒を勢いよく飲み干したのだった。


 下品にげっぷをした後で顔を上げたウサノーヴァの表情は、全てを飲み下したと言わんばかりにすっきりしたものであった。

 

「醜態をお見せしました。もう大丈夫です」


 大丈夫と言うその言葉からも迷いは消えている。

 そして、ウサノーヴァは意を決めてこう言った。


「父の考え、よくわかりました。そして、キーロプ様のお心遣いも。

 私は、オジモヴの名に恥じない人間であろうと思います」


「ええ、それでこそウサノーヴァですわ。

 私が嫁いでからも、このタキーノをよろしくお願いしますね」


 そうキーロプが締め、三人は空になったマグを当てる。

 カチャンとだけ響いた小さな音によって、仕立てられた舞台で踊らされる三女の夜会は終わりを告げたのだった。

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