第108話 手がかり 【2/3】

「先入観が無かったとは言わないが、調査結果を見るに、そのゴーレムの素材は、『ルァケティマイトス』で間違いないだろう。

 結果で信じる事は出来ても、感情では信じられない気持ちしかないがね」


 シェーヴの手は自然とシャハボに伸び掛けるが、すぐに手を止めて彼は目じりを抑え頭を振る。


「本当に信じられないんだ。

 組織に居た時に聞いた話では、『ルァケティマイトス』は小石ぐらいの大きさだと聞いていた。その大きさでも都市一つを吹き飛ばすことが出来る量の魔力があると言っていたのに、今ここにあるのは遥かに大きい質量を持っている。

 その上で、この悪魔のような素材を芸術品にまで仕立て上げ、あまつさえ主人には触れる事も出来る様にするだなんて。

 組織の天才の仕業以外の何物でもないだろうな」


 再びシャハボの姿を見るシェーヴの目は、遥か高みにいる組織の天才に対する妬みと、敵わない事への自嘲、そして、どこかに向けられているであろう、少しの憐憫が浮かんでいた。

 カナリアはそんなシェーヴを冷ややかに見ながら、彼の視線上に石板を挟み込む。


【他の人の事はどうでもいい。それよりも質問があるの】


 物思いに耽る事を邪魔されたシェーヴは、気を害した顔を隠さぬままカナリアに返す。


「……なんだ?」


【あなたは、素材さえあれば直すことが出来るの?】


 憮然としたままの彼ではあったが、その返答は首を縦に振る事であった。


「もちろんだ。素材さえあれば、そこまで難しい事ではないだろう。

 ただ、問題は素材だ」


 答えを得たカナリアは、すぐにシャハボに触れる。

 それは、二人の間での無言の会話。

 そして、シャハボに話した事と同じ内容を石板に映し、彼女はシェーヴにも問う。


【組織の研究施設の場所はどこ?】


 質問の内容は端的であった。

 シェーヴの元居た組織の研究施設では、シャハボの素材である『ルァケティマイトス』を取り扱っていた。

 つまり、素材が必要なら、ある所に取りに行けば良いというだけの事なのだ。


 カナリアの考える事は至極真っ当な解決策であった。

 しかし、そこには小さくない問題が存在する。

 [組織]は秘されている。それは、カナリア達に対してもであったからだ。


 ここに居る全員が認識している通り、いかなる者であろうとも、組織との繋がりは希薄であった。

 カナリアでさえ組織の場所を知らず、組織の指令を受ける時でさえ、その拠点に行くことはない。

 カナリアと組織の接点を担う事は、シャハボの役割であった。


 故に彼女はシャハボに尋ねたのだが、彼の反応は鈍い。

 反応を返さないのは、シェーヴも同じであったのだが。


【どうして二人共何も言わないの?】


 カナリアはさして待たずに二人に問いかける。

 シェーヴは真剣な顔を崩さず、シャハボの様子も表面上は何も変わってはいない。

 しかし、漂う雰囲気はそれまでとは違い、特にシャハボの態度の変化は顕著であった。


 全員の口が重くなり、沈黙の時間が過ぎる中、ようやくシェーヴが口を開く。


「組織の研究施設は一つではない。そして、常に流動していて、いつもそこにあるとは限らないんだ」


【どういう事?】


「存在を秘匿するためだろうな。私がそこに属していた時にも、不定期に移動していたからな。

 移動の際にはいちいち研究器具を施設ごと破棄して、移動先でまた一から再構築していたんだ。

 その時には不便にしか感じなかった話だが、組織の秘匿性、重要性を考えると致し方ない話なのだろう」


 シェーヴの説明は、暗に組織の場所はわからないと言っている様なものであった。

 であるならばと、カナリアはシャハボの方を振り向き、口をつぐんだままのシャハボに対し視線で圧をかける。

 カナリアとシャハボが向き合う事二呼吸。カナリアの意気に負けたシャハボがしぶしぶ口を開く。


『シェーヴの言った事に間違いはない。研究施設はどこかにあるだろう。しかし、場所はわからない。

 それに、問題は場所だけじゃない。今の俺達にはその施設自体や、場所を知る者たちと接触できる権限すら無いんだ。

 向こうから接触してくることはあってもな』


 彼の言葉もまた、組織の場所がわからないという事に関しての追認であった。

 カナリアの要求に応えられない事が堪えるのか、自らに向けて毒づきながらも、シャハボは少しでも代案を出そうとする。


『研究施設の場所が知れる様に、組織に対して要求を投げる事は出来る。

 ただ、俺たちの任務を考えるに、優先度は低く取られるだろうな。正直な所、いつになったら権限が下りるかわからない』


【私がその間仕事をしないと言っても?】


『……ああ、変わらないだろう。任務を放り出している今の状況の方が例外だよ、リア』


 カナリアの言葉は鋭く、それを受け止める事の出来ないシャハボの口は鈍い。

 それは、他人がその場にいるにもかかわらず、シャハボがカナリアの事を二人だけの愛称で呼んだ事でも現れていた。

 珍しく憤るカナリアであったが、シャハボにリアと呼ばれた事に気付いた瞬間、彼女はシャハボの気持ちを理解し、気を落として椅子に深く座り込む。


「……やはりそうだろうな」


 二人のやり取りを傍観するシェーヴは、じっとりと呟いていた。

 その後彼は、カナリア達の前で少しだけ挙動不審な行動をとり始める。

 何かを言いたげな風を装い、口を開きながら止める事二度三度。

 深呼吸をしてようやく踏ん切りをつけた彼は、カナリアにこう告げた。


「一つだけ、手早い方法があると言ったらどうする?」


【何?】


「素材のアテが近くにある。

 ただし、絶対ではない。それに、何か良からぬ事が起こる可能性もある。

 いや、その可能性の方が高いか」


 口ごもったのは悪い可能性を考えたからなのか。しかし、藁をもつかみたいカナリアにとって、その情報は貴重であった。


【続きを話して?】


 即答で返された石板を読んだシェーヴは、おもむろに立ち上がり、何処からかランタンを持ち出して操作する。

 それは明かりの為では無い。

 彼が触った物は、魔道具であり、発動された魔法は《音遮断イズレション・アコスティク》であった。


「隠さなければいけない」


 誰に、何のためになのかを告げぬまま、シェーヴは話を続ける。


「ここから半日程度山の方に歩いた所に、捨てられた組織の研究施設がある。

 本来なら完全に破壊されているべき施設だが、奇跡的にある程度の機能が生きている施設だ。

 そこに行けば、あるかもしれない」


 足元は暗いという事か。

 身近過ぎる所にあるという情報にカナリアは身を乗り出しかけるが、寸での所で自制し、彼に続きを促す。


【どうせ長い話になるんでしょう? 聞くから話して?】


「ああ。長い昔話だ。そもそも私がこの村に来たのは、ある理由があってなんだ」


【何?】


「この村の近くには願い事が一つだけ叶う洞窟がある。組織から逃げた後、私はそんな噂を聞いたんだ。

 眉唾だとは思ったが、逃げる事に必死で、そんな噂にでさえ縋るような状態だったからな」


【実際は?】


「あった、と言うべきだろう。ただし、想像していた物とは全く違ったが」


【それが組織の研究施設?】


「ああ。答えを言うとそうなるな。そして、噂も本当だった。

 わずかな代償、いや、代償とも言えない事と引き換えに、私は望みを叶えてもらったんだ」


 組織の研究施設が望みを叶える場所である。

 カナリアにとっても眉唾とも思える話に、彼女の手は自然とシャハボに伸びていた。

 交わされた会話の結果は、両者とも知らないという事のみ。


「君がそこに行けば、もしかしたら『ルァケティマイトス』を手に入れる事が出来るだろう。

 ただ……」


 ただ、何なのか。ここでシェーヴは言葉を詰まらせる。

 カナリアの【ただ、何?】と言う問いにも、彼はすぐに答えられずにいた。


『お前は、そこにカナリアを行かせたくないんだな?』


 カナリアがその答えを待つ中、割って入ったシャハボの言葉にシェーヴは素直に頷く。


「ああ」

『組織が、そんなに嫌いか?』

「ああ」


 二度目の頷きを即座に返した後、シェーヴはそのままの意気で言葉を続ける。


「それはある。だが、それだけではないんだ。

 あの場所には何か不吉な、いや、何というか悪い物がある、そんな気がするんだ。だから、私は君をそこに行かせたくはない……のだが」


 歯切れの悪い物言いの合間に見えるのは、彼の葛藤。

 しかし、この時ばかりは、シェーヴは自らの言わんとする事を伝えようと努力する。


「だが、私は君たちの手助けをしたいのだ。それに、出来る事ならば私の手でそれを修復をしたい」

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