第107話 手がかり 【1/3】

 翌日から、カナリアはシェーヴと一緒に彼の工房に詰めていた。

 クレデューリの方は粗方話が纏まった事もあり、まずはカナリアの用件の可否を判断するとの事で、シェーヴはシャハボの調査を優先したからである。


 シェーヴがカナリアに付きっきりになっている間、フーポーとクレデューリは一緒に行動する事を共に選んでいた。

 クレデューリは元より、出だしは険悪だったものの、前日の件もあり二人の仲が良くなっていた事もあって、フーポーもそれに異を唱えなかったのだ。

 まずは村や、日常の紹介をするという事でフーポーはクレデューリを連れまわし、かたやクレデューリは、折を見てフーポーに外の知識を教えようと画策する。

 互いに上手く分担が出来た事により、シェーヴは気兼ねなく調査に没頭できるのだった。



 前日に見た上階は比較的小ぎれいではあったが、シェーヴの工房の地下部分の部屋は、本人が言っていたようにかなり乱雑な状況であった。

 様々な器具が部屋の中に転がっており、いかにも工房然とした内部で、最初はテーブルでさえ掘り起こすありさまである。

 テーブルこそ掘り起こせたものの、結局の所二人分の居場所を作る事さえ難しいと判断したシェーヴは、カナリアを待たせて掃除を行う。

 多少だけでも地下室を綺麗にした後、彼はカナリアを椅子に座らせ、シャハボはテーブルの上に行くように指示する。


 何から調べ始めるのかと見守るカナリアの前で、シェーヴが最初に行ったのは絵を描く事であった。

 シャハボに様々なポーズを取らせ、それを丁寧に紙に描いていく。

 一枚ならず、二枚、三枚。日を跨いでまた彼は描く。


 静かな時間が大半ではあったが、合間合間に、カナリアとシェーヴは他愛もない会話を挟んでいた。

 とは言ってもあまり話をしない二人である。話す内容は日々の食事やフーボーの事など、わずかな話題ではあったのだが。


「クレデューリが居て本当に助かった」


【どうして?】


「あの臭い肉が喰えたからだ。あれが食べられないなら、フーに白い目で見続けられて、私は今ここでこんなことが出来る心情ではなかっただろうな」


【そう。でも、確かに美味しかった。臭い内臓肉だとは思えないぐらいに】


「ああ。彼女が良い香草を持ってきてくれていたおかげだな」


 他愛もない話を切ったシェーヴは、その日の筆を置く。

 始めてから数日、合わせて十数枚になろう、シャハボの絵を彼は描いていた。


「ああ、大体このぐらいあれば十分だろう。それにしても、見事なものだ」


 シェーヴは出来たての絵をカナリアに手渡す。


【この絵、後で貰っていい?】


 即座にカナリアがそう尋ねるぐらい、シェーヴの絵は上手なものであった。

 実像と全く同じであり、その上で取ったポーズの質感がしっかりと紙に映し出されているそれを、カナリアはキラキラとした目で眺め続ける。


 ぞんざいに見せつけられた石板を読んだシェーヴは、片づけをしながらカナリアの質問に答えていく。


「終ってからで良ければな。丈夫な紙に複製してから渡すよ」


 珍しくカナリアは気持ちを体で表し、頷きと共に絵を持った両手を上下させていた。

 片づけが終わったシェーヴは、カナリアから絵を取り返し、それを眺めながらこう言った。


「本当に素晴らしい」


【うん。シャハボはやっぱり素敵。絵でも素敵】


 カナリアの石板に文字が浮かぶが、絵に集中するシェーヴは目もくれずに言葉を続ける。


「最初に言ったかもしれんが、このような緻密な芸術品に手を加える場合、絵を描いて全体を知るのはとても重要な事なんだ」


【そうなの?】


「こうすることで、製作者の意図を想像する事が出来る。

 中身もそうだが、外からでも構造や設計思想、設計理念は知れるのだよ。

 造った人物は天才だな。そして、おそらくはだが、組織に属していた者だろうな」


【どうしてそこまでわかるの?】


 このタイミングで、ようやくカナリアの元に戻ったシャハボが、彼女を突いていた。

 直後に彼はシェーヴに向かって声を出す。


『シェーヴ。話すのは良いが、カナリアは声が出せない事を忘れるな。

 さっきから石板で相槌を入れているのを読んでいないぞ』


 片手を紙から外したシェーヴは、カナリアの石板を読んだ後で変わらずの自嘲じみた笑いを漏らしていた。

 

「……全く。私は人と話をするのがダメな人間だな」


【それはどうでもいい。答えは?】


「いや、ああ。まぁ、なんだ。

 一言で言えば、このゴーレムの外部構造は、おそらく本物の鳥とほぼ変わらない。

 そのような緻密な作品を作り得る人間は、組織に居る一握りの天才どもしかいないだろうと思っただけさ。

 これを見れば作り方からしても想像がつくがね。多分、小鳥を潰して原型を作ったのだろう。

 連中が良くやる事だ。まぁ、小鳥の命を消費する事ぐらいであれば、それほど劣悪な気はしないだろうがね」


 シェーヴの言葉に含みは多い。

 だがしかし、カナリアはそれ以上問う事はしなかった。聞くべきことは他にあるからである。


【そう。それで、直せそうなの?】


「ああ。そう急かすな。

 次は魔力測定だ。直接触れることが出来るなら、もう少し調査も楽なのだが、それは触ってはいけないのだろう?」


 質問に対して肯定の頷きを返したカナリアに、シェーヴは続きを話す。


「運が良かったな。ここには小型の魔力の観測装置がある。

 動く際の微弱な魔力の流れを読み取れる代物だ。中を開けるよりは面倒だが、対象に手をかける事無く情報が拾える逸品だぞ」


 言いながら彼は、どこからか新しく円形の置き台のような代物を持ってきて、テーブルの上に設置していた。


「そのまま居てもらうのと、後はいくつか動いて貰って、魔力の動きを観測させてもらう。

 観測するだけで、能動的に何かをする装置ではないから、安心してくれ」


 再度カナリアは頷き、それを了承と受け取ったシェーヴは、それからさらに数日の間、魔力の観測調査を続けたのであった。



* * * * * * * * * *



 全ての調査が終わった後、さらに二日程度の日を置いた後で、シェーヴとカナリアはまた工房に来ていた。


【それで、結果はどうだったの?】


 普段は逸る事の無いカナリアが、率先して彼に石板を向ける。

 読んだ後、シェーヴはカナリアにしっかりと向き合って答えを告げた。


「結論から言おう。私には直すことが出来ない」


 聞いたカナリアの表情は変わらない。しかし、落胆によって、体からほんの少しだけ力が抜けていた。

 動きはわずかだったとはいえ、はっきりとわかる落胆ぶりに、シェーヴはやや驚いてみせるが、すぐに彼はカナリアを手で制する。


「まぁ待て、そう落ち込むな。説明する事はまだある。

 実の所、直すことは恐らく出来るのだ」


 直前の言葉と真逆の言い分に対して、カナリアははっきりと表情を変えていた。


【どういう事?】


「技術面では、幾つかの修繕方法を見出すことが出来たんだ。

 だがな、問題は……」


『素材だろう?』


 言いかけたシェーヴの言葉に被せたのは、当のシャハボである。


「そうだ。肝心の素材が無い。代用品を考えもしたのだが、無いのだ。

 カナリア、君は彼が何で出来ているか知っているか?」


 問われたカナリアに心当たりはなかった。

 首を横に振ると、シェーヴはわかっているとばかりの反応を返す。


「だろうな。

 その素材は、おそらくだが『ルァケティマイトス』と呼ばれるものだ。

 組織に居る時に小耳に挟んだことがある」


 カナリアはすぐにシャハボと目を合わせていた。そして、彼が首を横に振るのを確認した後で、シェーヴに再度石板を突きつける。


【私はそれを知らない。どんなものなの?】


「『ルァケティマイトス』は組織でつけられた名だ。巷では賢者の石なり、原神の鱗片などと幾つかの異名を持つ素材らしい。

 特徴としては、その内部に、尋常でない量の魔力を保有すると聞いている。

 魔法使いや魔道具使いからすると、加工さえすれば小型でも大魔法を使えるようになる夢のような素材だ」


 賢者の石、おとぎ話に出てくるような、魔道具の材料。

 実在していたのかと考える前に、カナリアは現実的な事を考える。


【実際は? そんな便利なだけのものが有り得るの?】


「ああ、裏ももちろんある」


 自らの分野の話である以上、シェーヴの受け答えは速い。


「魔力保有量に関しては嘘はない。だが、問題は、それを引き出す事が容易ではないという点だな。

 少量を引き出すことは出来ても、持ちうる魔力を十全に使う事など全く出来ないそうだ。

 それ以上に問題なのは、取り扱いが難しすぎるという事なのがな」


【取り扱い?】


「ああ、それは、触った生物を分解吸収して、内在する魔力に変えてしまうんだ。

 直接見たわけではないがね。組織で顔見知りだった研究者が教えてくれたよ。

 彼の範囲は錬金術の分野だった。故に、横のつながりがほとんどない組織の中でも、珍しく私と会話する間柄だったんだ。

 こっちは魔道具を作るにあたって、未知既知問わずに魔力保有の出来る素材は常に求めていたわけだからね」


 話しているシェーヴの目は、空を泳ぎ始めていた。

 相対するカナリアは、既に理解できている。彼のその仕草は、空虚な思い出しの合図だという事に。


「彼と私は、技術的な事もよく話していた。その時に、彼の研究素材の一つが『ルァケティマイトス』であると聞いたんだよ。

 危険な素材だと常々漏らしていた。その分魅力的だともね。

 そして、ある時、彼は姿が見えなくなった。一週間ぐらいかな、待ったけれど彼は全く姿を見せなくて、気になった私は、彼を知る人にどうしたのかと尋ねてみたんだ。

 そうしたら、彼が『ルァケティマイトス』の実験中に、吸われて消えたと聞かされたよ」


 シェーヴはカナリアに視点を戻していた。しかし、その額には、誰に悪心を向けているのか、深い縦皺が寄っている。


「触ってはいけない材質と聞いた瞬間から、私はそれが『ルァケティマイトス』ではないかと予想していたんだ。

 先入観が無かったとは言わないが、調査結果を見るに、そのゴーレムの素材は、『ルァケティマイトス』で間違いないだろう」

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