第109話 手がかり 【3/3】

「だが、私は君たちの手助けをしたいのだ。それに、出来る事ならば私の手でそれを修復をしたい」


 シェーヴの気持ちは、相変わらずの二心ありきのものであった。

 カナリア達を危険に近寄らせたくはない。しかし、望みを叶える手助けはしたい。


 自らの手でシャハボを修復したいという望みは、口にこそ出したものの、実の所、彼の中でそれほど大きな割合を締めてはいなかった。

 故に、身の中にある思いを正しく伝えようと、彼は口を動かしていく。


「私はね、君たちに感謝しているんだ。

 クレデューリを連れてきてくれた事もそうだが、魔道具作成者としての私を頼ってくれる事が本当に嬉しかった。

 組織から逃げ続けて、このままこの村で埋もれていくだけだった私に、魔道具作成者としての本分を思い起こさせてくれたんだ。

 本当は、研究施設の事を言うつもりはなかった。言った今でも危険の方が大きいと思っているからな。

 でも、君たちならば多少の危険は何とかなるかもしれない。それに、うまくいけばすぐに直すことが出来るかもしれない、そう思ったから話したんだ」


 言い切ったシェーヴは、興奮しているのか肩で息をしていた。

 そんな彼を、カナリアは冷静な目で眺める。


 シェーヴの言った事は、カナリアの欲する情報に間違いはなかった。

 内容も、嘘は言っていないだろうと彼女は直感する。しかし、感情的な部分が多く、曖昧な情報であるとも感じていた。

 それならばと、カナリアは彼に一つ一つ質問する事で、不確かな中身を紐解こうと試みる。


【そこに行った時の話をもっと教えて?】


「フーの両親が殺された後だよ。本当ならば、一泊だけした後で直ぐに行く予定だったんだが、フーが落ち着いてからになった。

 数日面倒を見てフーが落ち着いてから、改めて私は村の人に願いが叶う洞窟の情報を聞いて、そこに向かったんだ」


【村人はすぐにその情報を教えてくれたの?】


「ああ。そこはよそ者においそれと教えるような場所ではないが、村人同士であれば隠す様な場所ではないらしい。

 ここの村の人間は、成人したら必ず一度行くそうだ。

 幸か不幸か、事件の後、私がフーの面倒を見ていたおかげで、村人に認められて教えて貰うことが出来たわけだ」


【それで行ってみたら組織の施設だったと?】


「ああ。だが、村人たちはおそらくそこが組織の施設だとは知らないはずだ。村の生活の一部になっているのは間違いないがな。

 そこに入る事が出来るのは、一人につきその生涯で一度のみと決まっているそうだ。

 一度だけ入ることが出来て、少し話をするだけで何か生活に必要な物を持って来ることが出来る。それだけの場所だと村人たちは言っていた」


 組織の話をした途端、やはりと言うべきか、シェーヴの顔は苦々しく歪んでいた。

 カナリアが質問を出す前に、彼は一度、《音遮断イズレション・アコスティク》を起動した魔道具に目をやった後、再度口を開く。


「私はすぐにそこが組織の施設だとわかった。無論それは、組織で働いていた経験があるからだ。

 どうしてそこが破棄されていない状態で残っているのかはわからない。ただ、一つ言えるのは、そこが相当に古い場所であるという事だ。

 そして、推測続きではあるが、おそらくここの村人たちは、昔に組織で働いていた人間の末裔だろう。

 奴らの何かが、ああ、そうだな。一つは判断基準だ。それがどう考えても組織の人間よりなんだ。

 合理的過ぎて人間味に薄れると言うべきか。

 無駄を嫌い、お互いに助け合う事はしても情で動く事をしない。

 彼らの行動は、魔道具作成者としては間違いなく正しく感じる部分もある。だが、人としては何かがおかしいんだ」


 それは、シェーヴのこの村に対する不信感であった。

 誰にも聞かれない状態で、組織の一員でもあるカナリアのみに伝えたのは、いかなる理由からか。


 シャハボはカナリアの肩に登り、頬ずりする事で彼の意思をカナリアと共有する。

 シェーヴはカナリアを信用して話をした。そうみなして良いだろう。と言うのが、カナリアとシャハボの出した答えであった。

 それだけではなく、今までの言動から、シェーヴは何とかして、フーポーを組織の色の残るこの村から出したいのだろうと理解する。


 心の中が見えてしまえば、話は早い。互いの要求と利を考えた彼女は、再度彼に石板を向けていく。


【話が少しずれているけれど、言いたい事はわかった。

 こっちのお願いが済んだら、私も少し手を貸すよ。あまり出来る事は多くはないけれど】


 この回答は、彼に対しては覿面に効くものであった。

 目を潤ませたシェーヴは、カナリアに対して深々と頭を下げ、「ありがとう」と感謝を伝える。


【気にしないで。あなたに支払う対価としては、多分足りないと思うけれど】


 シェーヴの低頭は長く、彼が掲げられたカナリアの石板を見たのは、少し時間が経過してからであった。

 読んだ彼は、首を横に振ってからすぐに返答をする。


「いや、それで十分だ。フーをこの村から連れ出してくれるならば、それに勝る報酬はない」


 直後に交わしたのは頷きのみ。

 要求するだけではなく適切な対価も渡せる事で、取引が目論見通りに進んだと見たカナリアは、逸脱した話を戻す。


【それで、話を戻すけれど、施設の中には何があったの?】


「いくつか部屋があった。

 入ることが出来たのは一つの部屋だけだったが、雰囲気から察して恐らくは全て研究施設だろう。なんの研究なのかまでわからないが。

 あとは、そうだな。施設の中には管理者が居る。

 そして、願い事に関してなのだが、その管理者の話し相手をする事が願い事に対する対価なんだ」


 即座に眉を顰めたカナリアを見ながら、そうだろうと頷いたシェーヴはさらに一言付け加えた。


「信じられないだろう? 対価が軽すぎる。ただ話をするだけで要求が叶えられる。

 そんなことが有り得るはずはない。だが、実際には有り得た。

 願いを叶えて貰った私が言うのもなんだがね。だから怪しいと思っているんだよ」


 いくら[組織]の事とは言え、カナリアにとってもその話は明らかにおかしかった。

 理に合わない話は、必ず裏があると相場が決まっている事を彼女は知っている。

 ただ、願いを叶えて貰った本人が怪しむという事態もまた普通ではない。


【あなたの願いは何だったの?】


 管理者とやらと話しをするだけで貰える程度の願いではない事は、カナリアも感づいていた。

 かを知る為の質問だったのだが、シェーヴは口で答える前にまず地面を指さす。


「……ここだよ」


 首をかしげるカナリアに対して、口元をゆがませながら、彼は答えを告げた。


「この建物と、研究道具一式を持ち出す許可を貰ったんだ。

 本当は組織から逃げ切る事を願うつもりだった。ただ、その時はどうしてもフーの顔が脳裏から離れなくてね……

 何かしてやらねばと思っていて、気が付いたらこれを貰っていたのさ」


 両手を広げたシェーヴは、あちらこちらにある道具に対して視線と手を向けながら、話を続けていく。


「器具は古くてね。使い物にならないものもあったが、それでも結構な量の物がまだ使える状態だった。

 組織でしか見なかったものもいくつかあったおかげで、私はそこが組織の研究施設だと思ったんだよ。

 そうそう。君の小鳥の調査に使った器具もそうだ。それは本来、変化の秘石ピレスクレ・ドラ・トランスフォマションを研究するための物だったんだがね。

 変化の秘石ピレスクレ・ドラ・トランスフォマションは、組織にいた時に私の研究素材だった。

 だから取っておいて研究を続けようと思っていたのだが、結局の所、ここに来てからは、生活用の魔道具ばかり作り続けてきた。

 フーが楽に生活できるようになるのを見るのは悪い気はしなかったがね」


 遠くに目をやった彼は、最後の最後に自分の研究素材を使った事までは口に出さなかった。

 自らが逃げる為ではなく、フーポーの事を守る為に使ったからだろうとカナリアは推測する。


 しかし、本題の件に関しては、今の所、カナリアには判断がつかなかった。

 一番の問題は、カナリア自身がここにある機材について、全く知見が無かったからである。

 シェーヴの懸念を軽く見るつもりはない。話をしただけで貰えるのであれば、対価としては確かに破格ではある。

 けれども、状況を整理して別の見方をすれば、単に研究所で使われていない道具を払い下げただけとも言えるのだ。

 管理者とやらと話をするのは表向きの対価で、実際の要求はシェーヴに村に居つくようにしてもらう事だろうか?

 今までの話を考えると、組織の施設はまだ生きていて、何らかの理由でこの村を維持する必要があるのだろう。もしそうだとしたら、そこにシェーヴも組み入れる必要があったのだろうか?


 色々な推測をカナリアは行ってみるが、最終的に確定するだけの情報は持ち得なかった。

 シャハボに突かれる前に考える事を止めた彼女は、改めてシェーヴに石板を向ける。


【状況はわかった。あなたが何を懸念しているのかもね。

 上手くいくかはわからないけれど、素材がある可能性があるというのならば、そこに行ってみようと思う。

 場所、教えてくれる?】


 シェーヴの頷きは、重く深いものであった。

 彼は全てをカナリアに伝え、聞いた彼女は翌日にでもすぐに出発すると返答をし、この日の話は終わる事になる。

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