第110話 出立前夜 【1/3】

「なんと! 今日の晩御飯は! 特別なのです!」


 そうフーポーが声を上げたのは、カナリアとシェーヴが話をした日の夜であった。

 全員が食卓に着き、目の前に並べられた夕食を前にしての事である。


 しかしと言うか、カナリアが見た所、特別を謳った割には料理の内容はいつもとさして変わらない。

 全体的に少し量が多いだろうか。あとは、やや大きさが不揃いであると彼女は思う。

 カナリアがなぜ特別なのかを尋ねる前に、フーポーは答えを披露する。


「今日のご飯は、全て、クレデューリお姉ちゃんが作りました!」


 場にある全ての視線はクレデューリに集まっていた。

 

「あ、いや。その……フーポーに教えられたとおりに作っただけなのだが。

 味が悪かったら素直にそう言って欲しい……」


 恥ずかしがる彼女の声は小さく消えていく。


「そんなことはありません! 大丈夫です! 手順も、味見も完璧です!」


 自信ありげに太鼓判を押すフーポーの姿は子供のままであり、恥ずかしがる大人のクレデューリとは全く対照的である。

 それぞれの様子と態度は真逆でちぐはぐにも見えるのだが、兎にも角にも、ここ数日の間に二人の仲がとても良くなって居たのは、目に見えて明らかであった。


 理由は明白。

 カナリアとシェーヴがシャハボの調査に当たっている間、ずっとフーポーとクレデューリは二人で行動しており、その間に親しくなっていたからである。


 最初の頃は予定通り、クレデューリは外の知識を教え、フーポーは村の事や日々の生活の事を色々と教えていた。

 時期が時期であれば村の農作業もあったのだが、秋も深くなっていた事もあり重労働になりそうなものはなく、かわりに、罠を使った小物の狩猟などを二人で共同して行っていたらしい。

 そうこうして絆を深めた二人が、次に行い始めたのが料理であった。


 元々、騎士として護衛や戦事いくさごとにしか目が向いていなかったクレデューリには、料理の経験はほとんどない。

 あるのは、この村に来る途中での、極限下での料理のみである。

 そういう事もあってか、何かの為に必要になると思ったクレデューリは、フーポーに頼んで料理を習い始めたのだった。


 フーポーの料理は王都のそれとは違い、繊細さや手の込んだ事を要求はしない。大体が、大雑把に切って潰して混ぜて、後は煮るか焼くか程度の事である。

 それでも、素焼きのパンの作り方から始まり、動物の内臓の処理や幾つかの野草の下処理などは、全くの素人であるクレデューリにとっては貴重な知識と経験になるものであった。


 ちなみに、料理の内容は、初日の時と同じ鳥の肉団子汁と薄焼きパンである。

 フーポーがお墨付きを出せたのは、それらが失敗する事が少ない料理だからであった。


 食したカナリアも味の方は文句のない品だと納得し、クレデューリに手で合図を送る。

 カナリアの反応を見たクレデューリは安堵し胸をなでおろしたのだが、同時に、カナリアの皿にだけ何か別の調味料が加えられ、不自然に刺激のありそうな汁になっていたのは見なかった事にしたのであった。


* * * * * * * * * *


 食事の時間は静かに過ぎ去り、全員が食後の白湯を飲んでいる時であった。


「カナリアちゃん、明日どこか行くの?」


 話を切り出したのはフーポーである。

 カナリアは素直に頷き、その後すぐにシェーヴに視線で問う。


「いや、私は何も言っていない。

 フー、どうしてそう思ったんだい?」

「ううん。なんとなく。強いて言えば、雰囲気かな?

 二人共何も言わなかったけれど、なんか一段落ついたかなって感じがして、カナリアちゃんがどこかに行きたそうな気がしたから」


 フーポーの目の鋭さはシェーヴも知らなかったようで、少し驚きながら彼は言葉を返す。


「ああ。彼女には明日、幸せの窟に行ってもらうつもりだ。

 調査で大方の目途はついたのだが、大きな問題が一つ残っていてね」


 幸せの窟。

 それが、シェーヴが組織の施設だと言っていた場所の、この村での名前であるとカナリアは察していた。

 フーポーもその名前で理解しているらしく、彼女はシェーヴと会話を続ける。


「そうなんだ。でも、あそこって村の人じゃない人を連れていっていいの?

 一応秘密の場所じゃないの?」

「ああ、そうだな。確かに、知られると問題か。

 フー、悪いが、この事は村の人には内緒にしてくれると有難い。

 隠し事をしたくないのはわかるが、私の仕事に必要な事なんだ」

「うーん……お父さんがそう言うなら良いけれど……

 ねぇ、私も行っちゃダメ?」


 シェーヴに向けられたフーポーからの視線は、ねだるようなものであった。


「いや、だめだ。あそこは大人になってからだと言っただろう?

 フーはもう少し体が大きくなってからな」

「えー……。お父さん、いつもそればっかり……」


 フーポーは愚痴を言いつつも、素直に従って駄々をこねる事はしない。

 事情を知るカナリアは、シェーヴが何らかの理由をつけて、フーポーを、幸せの窟なる、組織の施設に行くことを禁じている事を察する。


 しかし、この場に事情を知らない人間が一人。

 クレデューリは事態を察しつつもそれを聞く。


「割り込んですまないが、幸せの窟とは一体何のことだ? 私にも説明してくれると助かるのだが」

「幸せの窟ってのはね、ここの村の人だけが行っていい洞窟で、そこに行くと一回だけ願い事を叶えてくれる場所なの」


 答えたのは、クレデューリと仲の良くなったフーポーであった。


「ここの村の人はね、成人したら一度は行くんだけれど、私はお父さんに反対されてまだ連れてって貰えないんだー。

 行けたらなんかいい物貰えるのに……」


 そう言ったフーポーは、今度はクレデューリに対してねだる様な目つきを向ける。

 何とかシェーヴを説得して欲しいと訴える目つきであったのだが、それを理解したクレデューリは、シェーヴに視線のみで確認を取り、最後に首を横に振っていた。


「すまない、フーポー。君の父上が禁じている以上、私にはどうする事も出来ない」


 フーポーに謝罪を返したものの、クレデューリは事情を全て理解しているわけではなかった。

 ただ、シェーヴがダメと言ったのであれば、相応に理由はあるのだろうと推察はする。


 ここ最近は、流石のクレデューリもシェーヴに対しての警戒を緩めていた。こと、シェーヴのフーポーに対する愛情のこもった不器用な対応に対しては、理解を示しつつ、手助けを入れるぐらいである。

 だからこそ、シェーヴがダメだと言った事を尊重し、フーポーに謝罪したわけだが、そのだけでは情に厚い彼女の対応は終わらない。


 「そうだよね」と意気消沈し、小さくなって下を向いたフーポーに対して、クレデューリは優しく声を掛ける。


「だが、そうだな。もし彼が良いというなら、明日もう少し本格的な山狩りにでも行かないか?

 弓矢があれば、安全にもう少し大きな獲物が獲れると思うんだ。この家にあれば、まぁ無くても村の誰かは持っているだろう?

 こう見えてね、私は弓もそれなりに得意なんだよ。見えてしまえば撃ち抜く事は容易いさ。

 それに、帯剣はしていくから、危ない事にはならないと約束しよう」


 提案を受けたフーポーは、しょげていた頭をすぐにはね起こしていた。

 顔を向けて確認を取る先は、もちろんシェーヴである。

 そんなフーポーに対して頷いて許可を出したシェーヴは、白湯に口を付けて一息入れてから、改めて二人に向かって話をする。


「弓ならある。矢も本数が心もとない気がするが、あるにはある。どちらも最近まったく使っていなかったからな、今晩手入れをしておこう。

 あとは、どうせだから私も同行させてもらうよ。

 私はもう幸せの窟の中に入れないんだ。カナリアに付いて行って暇を持て余すよりは、クレデューリとフー、君たちと行った方が楽しめそうだ。

 私はあまり弓はうまくないが、荷物持ちぐらいはするとも」


 クレデューリは頷き返し、シェーヴが来ることに対して、フーポーも文句を言う事はしなかった。


「じゃあ! 明日は私が早起きして、全員分のお弁当用意するね!」


 喜んだフーポーはそう大声で宣言し、夕食のひと時は終わったのである。


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