第4話 冒険者協会 【1/3】

『だから言わんこっちゃない』


 そうシャハボが言った通り、地方都市のタキーノ市に着いてすぐにカナリアは問題に巻き込まれていた。

 着いてからすぐに向かった冒険者協会で冒険者証タグを提出した後、彼女は案内された別室で事情聴取を受けていた。

 ただの事情聴取ではなく、事情を説明してからは殆ど容疑者扱いでだったが。


「信じられん。あのジェイドだぞ! 奴がそんな事をするはずはない!」


 低いテーブルを挟んでカナリアの正面に座っているのは、協会を取り仕切るギルドマスター。

 その横には急遽呼び出されたギルドマスターの相談役だという壮年の男性。逆側には、事務の若い女性が座っている。

 叫んだギルドマスターを相談役の男性が宥め、事務の女性はじっとカナリアを睨みつけている。


 ギルドマスターが叫んだのには理由があった。

 と言うのも、ジェイドは間違いなくこの町でクラス3を持つだけの人間だったからだ。

 地方の英雄、である。ジェイドは個としての強さは元より、困った人は見捨てずに助けるスタンスを貫く人間だった。

 この都市での功績は数知れずで、ごろつきから爵位を持っている領主まで皆が敬意を払うような存在だった。

 それ故に、特にこの都市の冒険者ギルドの界隈に居る人間は彼の事を知らない人間はいない。


 そして、今来たばかりのカナリアはその事を知らない。


「第一、そのクラス1の冒険者証タグは本物なのか!? 俺は知らんぞ! クラス1がそんな小娘に与えられることだなんて!」


 再度ギルドマスターがカナリアに向かって叫んだ。


『この国で取った冒険者証タグじゃねぇからな。

 冒険者証帳簿の更新に時間が掛ってるんだろ。それか、漏れてるか。

 よくある事じゃねぇか』


 シャハボが言った冒険者証帳簿とは、支部毎に作られている物であった。更新は大体年に一回。支部から中央に情報が集められて、纏めた上で再度地方の支部に送り返される仕組みになっている。

 発行場所が違えば情報が無い場合もあるし、纏めた帳簿は量が量になるが故に、漏れがある事も珍しくはない。冒険者証タグがあっても地元以外の冒険者が信用されないという事態も、そう珍しい事では無かった。


 シャハボの言葉は正論であるが故に、ギルドマスターのイラつきは止まらない。


【私のですって、さっきもそう言いましたよね?】


 カナリアの石板上にそう文字が流れたのだが、彼の熱は上がるばかり。

 その横で、今まで沈黙を守っていた相談役が静かに口を開く。


「そろそろ落ち着け、マット。心情は理解できるが、そこまで行くともはや言いがかりだ。もし、その子の言う事が正しかったとしたら、非難を受けるのはこちらになるぞ」

「なっ……!」


 今まで紹介すらされていなかったため、カナリアはようやくギルドマスターの名前がマットと言うのを知る。

 ようやく止まったギルドマスターのマットに対し、相談役の男性は言葉を続けた。


「マットが言う事もわかるし、個人的な心情としては私もそれに沿う。

 だがしかし、もしそうだとすると筋が通らんのだ。

 カナリアと言ったな? 冷静に考えると君の話の方がまだ少しは通るのだ」

「何を言いますか! ジョンさん! ジェイドがそのような強奪まがいの真似をするはずはない!」


 相談役の男性はジョンと言うらしい。

 カナリアを置いてきぼりにして二人は話を続ける。


「だが、もしそうだとして、この子が嘘を付いていたとして、この場に3人の冒険者証タグを返しに来る理由はなんだ? もしもこの子の目的が単に殺しであったり、金品強奪をしていたのならばそのまま逃げればよかろうに」

「それは偽装でしょう! もしくは、制度を悪用して、金の無心に来た線もある!」


 冒険者証タグを持つ冒険者が死んだ時には、そのタグを協会に持って行くと、冒険者証タグのランクに応じてお金が貰える制度があった。

 ランク5-6の冒険者証タグは二束三文で、タグを使いまわすためだと言われていたが、ランク3になるとそれなりの金額が貰える事になっていた。

 実際の所は、ギルドからすると冒険者証タグを持った人間の把握が出来、冒険者チームからすると、貰った金でメンバーが欠けたチームを立て直す事に使ったりと有用な制度でもあった。


 とは言え、このやり取りは善意で死んだ人を届けに来たつもりのカナリアからすると、正直どうでもいい話だった。


【金が目的じゃない。金銭目的だと思われているなら、貰える予定の金はササにあげて】


【親が病気と言う話が本当なら、お金が必要なのは彼女だから】


 石板を通したカナリアの善意は、向かいの三者の表情に微妙な変化をもたらす。


「……その話は、ギルドの中の少数しか知らない。どこで知った?」


 声色を落とし、表情も暗くしたギルドマスターがまず最初に口を開く。


「それは本当なのか」


 と、こちらは事情を知らなかったらしい相談役のジョン。

 返答は事務員の女性からだった。


「そうです。私達がジェイドさんから直接依頼を受けて、ササさんに冒険者証を発行する手続きをしましたから」

「発行の手続きはちゃんと行ったのか?」

「……その件の詳細は後ほど。今はこの件の解決が先です」


 ジョンの指摘を有耶無耶にしようとするギルドマスターのマット。

 聞いた後で、ジョンは目頭を押さえて俯いた。


『解決も何も、こっちが言っている事は事実だぞ』


 シャハボの言葉に反応したマットはカナリアを睨みつける。

 それを肩を竦めるだけで返すカナリア。


「そのおもちゃの口を閉じさせろ!」


【だってさ、シャハボ】


 素直に従ったものの、石板に言葉を浮かべるだけのコミュニケーションは、またマットの堪忍袋に火をつける結果となりそうだった。


「……貴様!!」


 ついにキレたのか、立ち上がるマット。振り上げかけた彼の腕をジョンが引っ張り、どこにそんな力があったのか力ずくで座らせる。


「落ち着かんか、バカ者が! お前がまだそんな事をするから俺が落ち着いて隠居も出来んのだ!!」

「バカとはなんですか! 俺は今のこの冒険者協会のマスターなんですよ!」

「バカはバカだろう! よく考えて行動しろ! 頭を使え! マスターが力で迫ってどうする!

 この場は金に糸目をつけずに太陽神教会に出向いて、真実の宝玉を使って白黒はっきりさせるのが筋だろうが!」


 この後黙りこくったマットを差し置いて、主導権を握ったのはジョンの方だった。

 話の流れから、恐らくジョンは前のギルドマスターだったんじゃないかとカナリアは察する。

 それを裏付けるかの如く、主導権を取ってからはジョンは手際よく話を進めていく。


「今からだともう遅いから、明日の朝一に真実の宝玉を使えるように手配しよう。俺がその手続きに行ってくる。

 タリィはその子に宿の手配をしてくれ。ギルドの金でな」

「ギルドの……ですか?」

「ああ、ギルドの、だ。その子の言う事が正しかった場合、大恥を掻きたくはないからな。何、もし嘘だった場合は、違反金も含めて返してもらえばいいだろう?」


 タリィと呼ばれた事務員の女性はようやくここで頷いた。


「カナリアもそれでいいな? 今日の宿代は迷惑料として受け取ってくれ。もし君の言う事が本当なら、だがな」


 少し考えた後、カナリアは頷いた。


【わかりました】


 石板を見せた後、カナリアはジッとこちらを見つめる視線に気づき、ジョンと目を合わせる。

 何かの技能、能力や魔法が飛んでいるわけでは無い、けれど、しばらく目を合わせた後、彼は何かを感じ取ったらしい。


「タリィ」

「何ですか?」

「金板を出せ。宿も石水亭にしろ」

「そんな!」


 タリィの驚く声でギルドマスターのマットが今頃になってようやく頭を上げたが、直後に相談役のジョンは、話がこじれる前にとばかりに、ほとんど追い出す様にカナリアと事務のタリィを部屋から追い出したのだった。

 カナリアに続けて追い出されたタリィは、閉められた応接間の前で少し考えたように止まった後、カナリアに向き合う。


「宿へ案内いたしますので、ついて来て下さい」


 その声は礼儀正しくも酷く冷たい。


【最後のやり取りは何だったのですか?】


 カナリアの掲げる石板に一瞥すると、返答をせずにタリィは事務室に入る。すぐに出て来た彼女は一本の装飾がなされた、手のひら大の板切れをカナリアに差し出した。


「これは、地元民以外の冒険者に対して、短期間ですが当ギルドが身分を保証する物になります。こちらは金板と呼び、最高位のものになります。どうぞ」


 カナリアの手に渡そうとした瞬間、タリィの手は少しだけ止まる。


「どうぞ、お受け取り下さい。

 ……ジョンさんがどうしてこれをあなたに渡せと言ったのかは私にはわかりませんが、クラス1の冒険者様に対してギルドとして誠意を見せろと言う事なのでしょう。

 これからお連れする石水亭も、この都市一番の宿になります」


 静かだがどことなく敵意が漏れている事を感じたカナリアは、片手でゆっくりとシャハボを撫でる。

 金属の硬さは生き物のカナリアとは全く違う肌触りをしている。それを確かめながら、指先だけでトントンと彼に伝えた。

 【悪い事はしていないけれど、ちょっと面倒だね】と。


 ほとんど無言のままのタリィに案内された石水亭なる宿は、確かにそれなりの宿屋だった。

 少なくとも普通の冒険者がおいそれと泊まれるような所ではなく、身分のしっかりした者か、冒険者ならば相当奮発しないと泊まれないようなレベルだとカナリアはすぐに見抜く。

 もっと高級な所に泊った経験もカナリアはあるが、王都から離れた辺境に近い、地方の都市の宿としては十二分に高級な所だと感じていた。


 言葉を話さず、会話を石板を通して行うカナリアを宿の店員はどう思ったのか、身分証替わりの金板の事もあってか、部屋だけでなく夕食も贅沢な物が出された。

 残すのは勿体ないからと事前に小食だと伝えていたにもかかわらず、一品一品は非常に小ぶりだが多種多様な食べ物が出てきたため、カナリアは珍しく食べ過ぎていた。

 時間貸しではあるが、湯浴みが出来たのもカナリアにとっては幸いだった。

 魔法で湯を出す事は出来るが、やはり溜めたお湯につかると気持ちが良い。体を綺麗にする事は日々気にしてはいるが、湯浴み迄出来るのはカナリアにとっても珍しい事だった。

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