第5話 冒険者協会 【2/3】
すっきりとした朝を迎えた次の日、朝早くから迎えに来たタリィに連れられてカナリアは太陽神の神殿へと連れていかれた。
太陽神は数いる神の中でも人気のある神で、その名の通り、日の下での清廉潔白を良しとして信者に守らせていた。
『……シャマシュの神は綺麗過ぎるんだよなぁ』
と神殿に入る前にボソっとシャハボが口を滑らす。
「……やましい事が無ければ問題ないのでは?」
シャハボが言ったのに、タリィに睨まれたカナリアは石板を両手で抱えてタリィに突き出す。
【私には何もやましい事は無い。それに、今言ったのはシャハボ】
読んだ後で、タリィは何も言わずに向き直して前を歩いた。
【シャハボ、やっぱり一言余計】
誰も読んでいない言葉が石板に浮かび、消える。
平時のカナリアは、石板の上部に鎖を通し、その鎖を首にかける事で石板を胸の前で保持していた。
会話をするときはすぐに持って相手の目線に掲げることが出来るし、放せばすぐに胸の前の定位置に戻る。
『胸も板だしな』
【シャハボ、何か言った?】
『なんでもねぇ』
カナリアは両肩に通してあるリュックの紐を直す仕草をして、ついでにシャハボを払い落とそうとする。
シャハボも慣れたもので、少しだけ飛び上がってからすぐに彼女の肩に舞い戻った。
目的があって旅をしているわりに、カナリアの荷物は多くは無い。身に着けている衣服こそそれなりに防御力を高める魔法が掛けられているが、胴当てや鎖鎧の類は身に着けていない。身に着けている硬そうなものは石板だけ。
リュックの方も見かけ以上の荷物が入るようになる《
「真実の間にお通しする前に、武器や身の回りの物をこちらにお預け下さい」
真実の宝玉は余程大切にしてあるらしく、そこに向かう一つ前の部屋で、待ち構えていた神官はカナリア達にそう言った。
カナリアはリュックと腰ベルトごと、カナリアの手持ち武器の手杖とケースに入ったナイフを渡す。
「そちらの板の方と人形の方もお渡しいただけますか?」
事情を知らない神官はカナリアにそう尋ねる。
【私はこれが無いと話が出来ない】
石板を突き付けるように見せるカナリア。
【あと、シャハボは私のそばを離れないから無理】
うーんと悩む神官に対して、タリィは傍に寄り色々と事情を説明する。
カナリアは、神官の手に何かが握らされた事を他人事のように見ていた。
「そういう事であれば、仕方ありません。お連れの方々は先に到着されています。くれぐれも中で問題を起こさないようにお願いいたします。
貴方たちに太陽神の加護が有らんことを」
扉を開けた神官の文言はいかにも神官らしい綺麗な言葉だった。
清廉潔白な太陽神の神官だこと。とカナリアは心のどこかで卑下するも、まぁそれが普通かと思いなおす。
通された真実の間にはカナリアの体を優に超えるような、ともすれば部屋の半分を占めるぐらいの巨大な球体が鎮座していた。
《
『けっ。気が緩み過ぎだカナリア』
シャハボの声で我に返ったカナリアは周囲を一瞥した。
その場で待っていたのは三人の人間。
大柄なギルドマスターが一番最初に目に入るが、カナリアは興味を持っていなかったせいもあってその名前がマットだと思い出せなかった。
その隣にはジョン、相談役でありながら実質この場を取り持っている壮年の男性。彼の名前はすぐにカナリアの脳裏に思い浮かぶ。
そして、最後の一人は白髪になってやつれきったジェイドキーパーズの生き残りであるササだった。
ササの目はしっかりしているとは言い難く、武装は無いというのにカナリアを見るとヒッ! と叫んで後ずさり、ギルドマスターに支えられる始末。
「昨日の夜遅くにうちのギルドの奴らがササを見つけた。これほどまでやつれているササを連れまわすのは気を引けるが、嘘がつけないこの場で話をすれば何が真実かどうかはっきりするだろう」
と、口を開いたのはギルドマスターではなくて、やはりジョンの方だった。
「もう逃げられんぞ! ササをこんなにしやがって!」
悪役じみた言動を吐くギルドマスター。……いや、彼にとってはカナリアが悪役なのか。
呆れたとばかりに頭を振るジョンと同じ気持ちを抱いたカナリアをよそに、嘘を付けば真実の宝玉が光るというこの場において、状況調査尋問の二日目が始まった。
近くで昼を告げる鐘が鳴る。時を告げる鐘は教会の仕事だった。
そして、その頃には調査尋問は終わっていた。
概ねカナリアの言う事が正しいという結果がそこにはあった。ギルドマスターはササの言を操ってカナリアを悪人に仕立て上げたかったようだが、うまく乗せられて話したササの言動は嘘だと判断され、ギルドマスターのみならず、今まで輝かしい経歴を誇っていたジェイドキーパーズの面々に泥を塗ったくっていく始末。
ついには、ササが、ジェイド達とパーティーを組む為に既定の昇格試験を受けずに見習いのクラス6から、一般のクラス5に昇格していた事までが明らかになった。
「もうよいわ。ジェイドやジェイドキーパーズの面々が、ある程度やむを得ない事情はあったにせよ、クラス1冒険者であるカナリア殿から物を奪おうとした。その事は事実であると知れた。それだけで十分だ」
と、ジョンは悲し気に締めくくった。
「マット、タリィ、ササ。お前たちに言いたい事は山ほどある。後ほど、ギルド本部に戻ってからみっちりとだ。色々と覚悟しろ。
そして、カナリア殿」
【何?】
「この度は、ジェイドキーパーズのみならず、冒険者協会タキーノ支部の面々が大変ご迷惑をおかけしました」
深々と頭を下げる彼に続いて、他の3人も頭を下げる。一人はびくびくしながらだが。
頭を上げたジョンは、カナリアに対する言葉遣いを改めた上でこう続けた。
「当支部はこの都市のみならず、幾つかの小支部と辺境地域で生活する冒険者たちを取り纏める重要な拠点なのです。
そこでトップの不祥事など知れようものなら、この都市の中であればなんとかなりましょう。ですが、辺境の末端では冒険者協会の信頼が失われ、地域住民にも悪い影響を及ぼしかねません。
非常に厚かましい話だとは承知していますが、ここは何か穏便に済ませては頂けないでしょうか?」
彼は抜け目なくこういった事態も予測していたのだろう。
話を終えた後に、ズシリと重そうな革袋を懐から取り出していた。
「これは私の私財故、冒険者協会等とは関係の無いものになります。気にせずにお納め下さい」
するすると近づき、カナリアの手に押し当ててくる。
金をやるから、不祥事を黙っていろと言う暗黙の了解。
それを握らず、シャハボを一瞥した後カナリアはふぅと一息ついた。
こんな事もあると話に聞いた事はあった。当事者になるのは初めてだったが。
お金は貰った方が彼らとしてもいいのだろう。逆に貰わないと、後でまた死人の数が増える。そんな予感がカナリアの頭を過ぎる。
……かと言って、カナリアはそれに手を出す事は出来なかった。
理由は単純。普段は気にしてはいないが、こういう時に限って自分はクラス1の冒険者証を持っていると自覚しているからだ。
一度でも賄賂をもらえば、汚れてしまう。今までも断固としてカナリアは賄賂を受け取ることは無かった。
無理に押し付ける人間を、そのまま何も言えない物体に変えた事もある。ただ、今回の状況でそれは無理だろう。ならばどうすればいいか。
もう一度シャハボを見た後、彼の体を指でなぞる。生き物ならば気持ちよさそうにと言った仕草で首を縦に振るシャハボ。
その後で、カナリアは革袋を受け取った。
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