第6話 冒険者協会 【3/3】
「ありがとうございます」
深々と下げ直したジョンの頭が上がった所に、カナリアは石板を突き付ける。
【これじゃ足りない。条件がある】
「条件、というのは?」
【まず身の安全。私のと言いたいけれど、相互のと言った方がいい】
「ええ、それは大丈夫です。相互の、でしたら尚更我々も安心できます」
【もう一つは情報。私は人を探しているの】
「探し人ですか。見つかるかの保証は出来ませんが、当ギルドを挙げて可能な限りお手伝い致しましょう。
それで、どのような?」
【私より年上。男。多分魔法使い】
「それだけでは難しいですね。人相や何か特徴はおありですか?」
【多分、魔法陣とか魔道具制作に詳しい人】
「魔道具制作ですか。それができる人物は稀少ですから、多少当たりはつけれそうですが、少なくとも私の知り合いにはおりません。後ほどタリィに台帳を調べさせましょう。あとは、幾つかツテに当たってみる事に致します。
条件はそれで終わりですか?」
首を振るカナリアに、心情を表情には表さずにジョンは続きを促す。
【このお金の事】
「ええ、それはもう既にカナリア殿の物です。いかようにもお使い下さい」
彼は念を押す様にわざとらしく再度頭を下げる。
カナリアも、念を押す様にわざとらしく、頭を上げたところに石板を突き付ける。
【私は賄賂をもらうわけにはいかない】
はっきりと書かれた賄賂という文字に、彼は顔をしかめた。
「とは言っても、お受け取りになられた以上、それはカナリア殿の物です」
【うん、そう言うと思ったから、私はこのお金をどうにかしないといけない】
カナリアの石板に暗に受け取らないというニュアンスが見え隠れする事で、ジョンの気配が変わっていく。
「どうにか、というと?」
【あなた達は、私が賄賂を受け取らないと安心できない。私は賄賂を受け取ることが出来ない。
だから、このお金を適切に処理しないと、問題の種になる】
きな臭さが漂う会話がどちらの方に転ぶのかを考えながら、ジョンがゆっくりと頷いて同意した。
【大丈夫。いい手がある】
それをしっかりと彼に見せた後、カナリアは革袋を片手にササの元へ歩み寄った。
【ササ】
ガタガタ震えたまま下を向いて視線を合わせようとしないササに対して、下から差し込むように石板を見せる。
【このお金あげる。お母さんの薬買って、治してあげなさい。
足りなければ、ギルドにお願いして。多分出してくれるから】
あとはジョンのやった事と同じように、カナリアは革袋をササの手に押し付けた。
ササの手の拒否はカナリアほどは長くなかった。
ズシリと重い革袋をササの手はおずおずと掴み。その後は震えているもののしっかりと離さない。
その後で、ジョンの元に戻ったカナリアは改めて彼に石板を見せつけた。
【いい手。私の手も汚れない。あなたの心配事も増えない。
ああ、もしお金が足りなかったらそのぐらい面倒を見てあげて?】
「……わかりました。度重なるご配慮に感謝いたします」
三度頭を下げようとする前に、カナリアは石板を差し込んだ。
【ジェイドキーパーズの面々は不慮の事故で帰らぬ人となりました。
いい人たちだったと思います。お悔やみを申し上げます。
ここのギルドの不祥事は内々で上手に納めてくれると思うので、私は関与しません】
ジョンが頷いた後で、同じ文言をギルドマスターとタリィとササに一人ずつ見せていく。
それが終わった後、カナリアは一人先にその場を後にした。
「太陽神の加護が有らんことを」と祈祷の聖句を受けて神殿を出たカナリアは、人通りの少ない道に入ってシャハボと会話する。
【今回はうまくいったでしょ?】
『まぁ、まぁだな。うまく丸めたが、まだ条件もぎ取れたぞ』
【そんな事……あるかもしれないけれど、そこまで持ったら彼らにも悪くない?】
『悪くは無いな。せめて次の任務までの寝床と飯ぐらいはちゃんと確認しておけば良かったんじゃないかとは思うぞ?』
【大丈夫だよ。昨日泊まった所にまた行こう? お金払う事になっても数日なら出せるし。その間に移動するような任務を見つければいいよ】
『そんな都合のいい任務が数日で見つかればいいんだがな……』
【ギルドに恩は十分に売れたでしょ? きっとすぐに任務を見繕ってくれるよ。探し人に関しての情報の連絡方法さえしっかりしておけば大丈夫だと思うよ?】
冒険者協会に関しては、概ねカナリアの言う通りで間違いは無かった。厄介者をタキーノの外に早く出したいのは事実であったのだから。
ただ、その他の事に関しては、シャハボが正しかった。
「申し訳ありませんが、お客様の当宿でのご宿泊はお断りさせて頂きます」
【どうしてですか?】
昨日と同じ石水亭についたカナリアは、受付の女性と問答をしていた。
満室です等の表ぶった理由での拒否ではなく、純粋な拒否である事にカナリアは疑問と不満を覚えていた。
「昨夜は冒険者協会の方より金版を頂いていたのでお泊り頂けましたが、本来当館は身分の保証されていない方のご宿泊はご遠慮させて頂いております」
お決まりの文句にさらに不満を募らせたカナリアは、肩からもぎ取るように
『グェ』と悲鳴をあげたシャハボの隣に置かれた石板には、カナリアの気持ちを代弁するように大きな文字でこう書いてあった。
【私、クラス1の冒険者です。これでも身分は保証されていませんか?】
普段のカナリアならば自分の身分を誇示して何かを要求する事はしない。ただ今は違った。
単にごたごたで精神的に疲れたから休みたかったとか、折角の湯舟をまた堪能したかったとかの個人的な欲求以上に、この受付の態度が気に入らなかったからだった。
一言で言ってしまうなら、何か理由がある。とカナリアは感じていた。
受付はカナリアのタグを見た後、さすがにその場では決められずに、一旦奥に入り、支配人らしき男性を連れて来る。
そこで支配人が語った言葉は、カナリアにしかめっ顔をさせるものであり、シャハボの失笑を誘うものであった。
「クラス1の冒険者様のカナリア様でございますね? 此度は当店にお泊めできなくて申し訳なく思っております。
本来はそのまま追い出してしまうところなのですが、その
彼の丁寧な対応はここまでだった。
「このタキーノには一人の英雄が居ました。その英雄は上の身分の者だけは無く、下々の者にも面倒をよく見てくれていましたし、当店も度々ご利用になられていました。
ですが、つい昨日、その英雄は亡くなられたそうです。
……いかなる理由があるにしろ、当店では英雄を殺した者を泊めるわけにはまいりません」
次第に強くなっていく怒気と口調に、『くっくっ』とシャハボがこらえきれずに苦笑を漏らしてしまう。
それはカナリアの考えの甘さに対してなのだが、結果としてシャハボは支配人から水を貰う事になった。コップからぶっかけられてだが。
ついでに濡れる事になったカナリアは、話が終わると有無を言わさずに宿から追い出されていた。
日はまだ上っているが、濡れたせいか、くしゅん! と、音の無いくしゃみをするカナリア。
このまま宿の前に居るわけにもいかないので、あても無く歩きながらトントンと会話するためにシャハボを突っつく。
『カナリアまで濡らしちまった。すまねぇ』
最初に口を開いたのはシャハボで、珍しく申し訳なさそうな声を出していた。
【気にしていないよ】と突っつくカナリア。
【この後、どうしようか? きっとこの様子だともっと広まっているよね?】
『ああ、市内には噂が広まっていると思った方がいいだろうな。
出所なんて考える必要も無く、ギルドの誰かだろうな』
カナリアの脳裏にギルドマスターの姿が浮かぶ。
【最悪を想定した方がいい?】
『この程度、最悪からは程遠すぎるだろう? まぁ、物を売って貰えない程度だろうさ』
【そっか】
カナリアの容姿は別段目立つ訳ではない。ただ、カナリアの形のゴーレムを持っていて、石板で会話する。それだけで、十分な特徴があった。
特徴があると言う事は、良い時もあれば悪い時もある。
例えば今回の様な場合は、それが悪い方向に作用していた。
市中を歩くだけで、昨日は感じられなかった妙な視線をカナリアは感じていた。
敵意ではない。だが、忌避、否定、害意に近いそれは至る所で向けられる。
そしてシャハボが想像した通り、わかりやすい特徴があるカナリアは行く先々で拒絶の対応を取られていた。
この状況でカナリアにとれる選択肢は多くは無い。早々にカナリアはタキーノを出る決断をする事になる。
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