第93話 死者の蘇る村 【1/3】

 翌朝、日が昇り始めたかどうかといった早い時間にカナリアは起きていた。

 明らかに睡眠時間は足りていない。と言うのも、祝勝会に続いてクレデューリの件があったせいで、よく寝付けなかったのが原因であった。


 再度寝入る事も選択肢にはあったが、どうせ寝付けないなら早いうちにやるべき事を済ませて、今晩は早く休もうとカナリアは予定を決める。


 平桶に汲んだ水とタオルで手早く身を清めた彼女は、宿の厨房を貸してもらい、例の麦粥だけを胃に収めてから、早々に冒険者協会へと足を向けていた。



 早朝であったにもかかわらず、冒険者協会では数人の人が既に働き始めていた。

 ノキの都市長であるパウルもその一人である。

 やや眠そうにしていた彼ではあるが、カナリアを見るや、挨拶もそこそこに済ませ、急かす様にいつもの応接室に招き入れる。


 そこでカナリアを待っていたのは、応接テーブルの上に並べられた、一人前にしては明らかに多い量の食事であった。


「カーナさんの事だ。朝早くから来ると思っていて用意しておいたんですよ」


 食事の内容は、決して贅沢なものではない。柔らかそうなパンと薄く引いた燻製肉に何か白い塊、果物と茶のような飲み物という保存食に毛の生えたような代物である。

 しかし、組み合わせ的には腹に優しそうでもあり、朝食としてはまずまずの内容であるのは間違いがなかった。


『カーナはもう朝食を……』


 カナリアは、断りかけたシャハボの口を手でふさぐ。

 そのまま、もう片方の手で石板を持ってパウルに突き出していた。


【ありがとう。全部は食べられないと思うけれど、少しだけ貰うね】


 それは単なる社交辞令ではなかった。正直な話、カナリアの腹は朝に食べた麦粥でそれなりに一杯ではあったのだが、いくつか気になった食べ物があったからである。


「ええ、どうぞどうぞ。簡素な物で申し訳ありません。昨日の宴会で良い物はほとんど消費してしまいましてね。

 ですが、パンは先ほど焼き上げたばかりです。良かったら温かいうちにお召し上がり下さい」


 カナリアはパウルの言葉に首を横に振り、再度ありがとうと感謝を返す。

 表情は変わらない。しかし、カナリアの仕草からはほんのりと嬉しそうな感情が漏れていた。

 それを見たパウルも、つられて顔をほころばせながら、カナリアを席に座るように促したのだった。


 意気揚々とカナリアが席に座り、いざ食べ物を手に取ろうとした瞬間、パウルが割り込む。


「食べる前で申し訳ありませんが、例の話の方は食べながらしましょうか? それとも後にしますか?」


 例の話。それはカナリアが報酬の一部として要求していた、ウフ村の情報についてであった。

 考える事もなく、カナリアはその問いに即答する。


【食べながら聞く】


「ええ、わかりました。ではお話ししましょう。少し長くなりますので、ゆっくり食べながら聞いていただければと」


【わかった】



 ウフ村。それは、カナリアが聞いた話と同じく、山奥にある寒村であった。


 場所はここからだと、道に慣れた者で十日、慣れていないと十五日程度はかかる僻地との事である。

 岩巨人ロックゴーレムによって壊滅した村までは馬車で二日ほど。その先も二日分程度までは馬車の使える道があるが、それ以降は道が整備されていないらしい。

 あとは森の中にある獣道に毛が生えたような道を進み、小さな山のふもとに位置する村であるとパウルは説明する。


 道自体はわかりやすく迷うものではないらしいが、モンスターも出る事がままあり、何より、冬季には雪が積もって道が閉ざされるとの話であった。


 ここまではタキーノで貰った情報と同じであるため、カナリアはほとんど聞き流していた。

 かわりに、意識の半分以上を向けていたのは目の前の食べ物たちである。

 

 まず最初に手を出したのはまだ温かさの残るパンであった。いくつもの小ぶりなパンが盛られている籠から一つを手に取り、小さくちぎって口に入れる。

 焼きたてである以外、パン自体は可もなく不可もなく。そう評したカナリアは、今度は薄い燻製肉と一緒にパンを食べる。

 こちらは悪くない味であった。上手に下処理をした後で燻製にしたのだろう。薄くても肉のうまみはしっかりしているのに、肉の臭みはほとんどない。

 保存が効くならば、ここを出る際に燻製肉の方は買っていこうとカナリアが思ったところで、パウルが話を続ける。


「正直な話ですが、ウフ村は、あまりいい噂を聞く所ではありません」


 ここからがカナリアにとって聞きたかった話であった。

 

 今持っている情報は、ウフ村では異常な事態が起きているらしい。特に、カナリアの目的であるシェーヴと言う男が来てから、という事のみである。

 これがどういう事なのか、カナリアにとって影響のある話なのかを見極めたいのが本心であった。

 

 ポットからお茶らしき飲み物を自分のマグに注いだカナリアは、少しだけそれを口につけてから動きを止める。


「ノキの町の歴史書によると過去四回、私の知っている分では一回だけですが、それだけの回数、ウフ村は壊滅し、住民は全滅しています」


 それは、カナリアにとっては新しい情報であった。

 内容は穏やかではないが、辺境であればあり得る話故に、カナリアは石板を持ってすぐに確認をとる。


【理由は?】


「理由はおそらくは怪物モンスターでしょう。ゴーレムだけでなく、ウフのある山々のあたりは正体不明の怪物モンスターが出る事で有名ですから」


【全滅しているとどうやって分かった?】


「昔も今もですが、ウフ村とノキは少ないですが往来はあるのです。

 私の知る一件についてはですが、こちらから出向いて行った商人が、ウフ村が破壊され、住民が全員死んでいると報告を持って帰ってきました。

 見たのは一人ではなく、一集団の五人全員が同じものを見たそうです」


 五人全員見たのならば、壊滅したという情報の確度は高いだろう。

 しかし、四度壊滅して、その度に新しく住人が入植したのだろうか? 何か違和感を覚えたカナリアは続きを待つ。

 

「実は、良い噂を聞かないと言うのは、単純な話ではないのです」


 いったん頭を下げて話を切った彼は、顔を上げた後でカナリアの眼をしっかり見据えて言葉を続けた。


「死人が蘇る村。噂込みの話ですが、ウフ村の事をそう呼ぶ者達がいます」


【どういう事?】


「先ほどの話の続きになりますが、商人たちから村が壊滅したと情報を貰った後、私たちは人を集めてウフ村を処分しに行こうとしたのです。

 知っているかとは思いますが、村の処分は予防的な作業です。

 本当に壊滅したのであれば、死体を清め、建物も解体するか焼き払っておかないと、死人が蘇るとか質の悪い魔物が住み着いたりするかもしれませんからね。

 ちなみにですが、ウフ村は、先ほども言いましたが、かなりの僻地で人の往来が極端に少ない村なので、再入植しようという話は出ませんでした」


 一旦石板から手を離したカナリアは、理解しているとばかりに頷きを返す。

 予後の対応としては一般的であり、問題はないからであった。


 視線はパウルに向けられたままであったが、自由になったカナリアの手がゆっくりとパンに伸びる中、彼は話を進めていく。


「そして、向かった人たちが見たものは、元と変わらないウフ村の光景だったそうです。

 人が死んでいるどころか、村の家屋さえも何も問題がない状態だったとか」


『見間違えじゃないのか?』


 彼に質問を返したのはシャハボであった。

 カナリアの耳と意識は話に向かっている。しかし、その両手は石板に戻らず、パンと、パンに塗るものらしい白い塊を崩すのに忙しいからであった。


 いったん話を止めましょうか? と合図するパウルに、同じく合図だけでカナリアは話を続けるように指示する。

 それを理解した彼は、カナリアがもくもくと食べ物に向かう中、シャハボの質問に答えていく。


「ええ、見間違えの可能性はあると思います。

 しかしですが、集団全員が同じ見間違えをするでしょうか?

 それに、最初の壊滅報告をした彼らもウフ村処分に向かったのですが、何事もないと知った後の愕然とする様は、どうも何かを見間違えたようには見えませんでした」


 可能性はあれども、それを信じてはいない。パウルの言葉に頷いたシャハボは質問を続ける。


『道を間違えて別の廃村に行った可能性は?』


「それも考えはしました。

 ですが、私たちの地図には近隣にウフ村以外の村はないのです。

 それに、壊滅した状況を見たと言っていた全員が、事が起きてからそれほど時間が経っていないようだったと証言しているのです。

 もし道を間違えていたとしても、その近くで村が壊滅するような事態が起これば、必ず何か痕跡があるはずです。けれども、怪しい所は何一つありませんでした」


 パウルの話を聞きながら、カナリアは幾度か頷いていた。

 その時々で口に入れていたパンを飲み込みながらだったのだが。


 パンに塗られた白い塊だったものは、カナリアの口中に少しの酸味と独特な臭気のある味を与えていた。

 もう少し癖が強い方が好みかもしれない。そう思いながら、彼女は話の内容にも頭を向ける。

 心なしか冷たい視線を投げかけているシャハボをカナリアは触り、【大丈夫、ちゃんと聞いている】と前置きしながら言いたい内容を代弁してもらう。


『何かが食い違っているな』


 パウルもそれに頷き、自らも信じられないと言わんばかりの表情を作りながらこう言った。


「ええ、まさに。壊滅したというのが気のせいだったと言いきれれば良かったのですがね。

 そうも言えない理由があるのです。

 壊滅したはずの村が何事もなく存在している。そんな話もまた、住人が全滅とした回数と同じ四度にわたって続いているのです」


『それで死人が蘇る村……か』


 シャハボの〆に彼は頷く。

 新規の入植者はそうそう居ないであろう辺境の村で、壊滅の目撃と、何事も無い平時の様相が交互に繰り返される。

 確かにそんなことが起きたならば、死人が蘇るなどと噂されてもおかしくはないだろう。


 カナリアは再度お茶に口をつけてからシャハボを触っていた。

 視線はマグの中のお茶に注がれている。しかし、今は食べ物の事を考えているわけではない。


 しっかりと状況を把握して解釈をしたカナリアは、石板を彼に向けた。


【ウフ村の情報はわかった。あなた達が気にしていることもね。

 それで、ウフ村にはシェーヴが居る事は間違いないんだよね?】


 パウルはそれに頷き、さらに話を続ける。

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