第94話 死者の蘇る村 【2/3】

「ええ、それは間違いないかと。

 私が直接確認したわけではありませんが、彼をウフ村で見たと言う話も聞いています。

 そうですね、見た目の年の程は私たちぐらいでしょうか。それに、あの痩せぎすの長身は、そうそう見間違う事も無いでしょう」


 パウルの言葉にカナリアは頷きを返す。

 ゆっくりと手を伸ばし、今度は赤い果物を一個取った所で、また彼女は動きを止めていた。

 

「……どうかしましたか?」


 動きを止めたままのカナリアを見てパウルは訝しむが、当の彼女は果物を持ったまま動かなかった。


 いつもより少し長い時間、カナリアはある事を考えていた。

 それは、パウルに対して手持ちの情報を伝えるか伝えまいかという事である。

 伝えれば、より必要な情報が集まる可能性がある。

 しかし、それは扱いを間違うと目的達成への障害を作るかもしれないからであった。


 手にしたものを置いたカナリアは、意を決し、石板を持ってパウルに向きなおす。


【これから言う事は、他言無用。それと詮索は無し。約束できる?】


 カナリアの雰囲気が変わったことに目を細めたパウルは、怪訝な顔を崩さないままそれに頷いた。

 カナリアはパウルとじっと視線を合わせ、無言の確認をとる。

 情報を伝えるのは、念押しがしっかりと済んでからであった。


【私の持っている情報だと、ウフの村はゴーレムに守られているらしいの。それは知っている?】


「……いえ、一切そんな話は。一体どこでそんな?」


【詮索しない約束】


「……ええ」


【私もそれを全て信じているわけじゃないの。

 確認したかったのだけれど、あなたが知らないなら違うのかもしれない】


 訝しむままでいるパウルの思いはわかりやすく、無表情を貫くカナリアの意図は他者に読むことを許さない。

 互いが視線を合わせ続ける中、会話の手番はパウルに渡されていた。

 カナリアから告げられた情報の真偽や意図を読み解こうとするが、即断出来ない彼は、代わりにある事を尋ねる。


「ええ、ああ、他言無用とは約束しましたが、それをバティスト君に確認することは可能ですか? 

 彼なら何か知っているかもしれない。もちろんですが、情報を渡すのは彼だけと約束します」


【うん。彼だけならいい】


 カナリアの反応は即答であった。

 元々そのようにするつもりだった事と、もう一つの条件を強く飲ませるためである。

 

【でもね、その代わりにもう一つ条件。と言うよりも忠告?】


「なんでしょうか?」


【ウフ村のゴーレムと今回襲撃にあった岩巨人ロックゴーレム、関連付けるのはまだ早いからね?】


 読んだパウルは、即座にはカナリアの言葉を飲み込めずにいた。


 理解にはもう少し時間がかかるだろう。

 彼にとっては突拍子もない話ではあるが、この忠告はカナリアの懸念するところであり、それを潰す為のものでもあった。

 パウルの話した「死者の蘇る村」、それ自体も気になる内容ではある。

 だが、今渡したウフ村でゴーレムを使役しているという情報。それと、岩巨人ロックゴーレムの出現は、何らかの関係があるのではと思っているからだ。


 カナリアは、タキーノで貰った情報に嘘があるとは思っていない。出所であるアン=イザックは、色々と問題がある人物ではあったが、その分、非常に優秀だったのは理解しているからである。

 ゆえに、パウルが知らないと言う事は、その情報が何か理由があって隠されている情報であるとカナリアは結論付けていた。

 そして、隠されているが故に、カナリアはパウルに関連付けるなとくぎを刺したのである。


 岩巨人ロックゴーレムは自然に発生するものではない。人や、知性のあるモノによって作られる存在なのだ。


 パウルがそれを知っているかどうかはわからないが、いずれ知る事になるだろう。

 そして、ウフ村でゴーレムを使っていると聞けば、巨大岩巨人ギガントロックゴーレムとの関連性を疑う事は間違いない。


 そうなれば、魔道具作成者であるシェーヴに疑いの目が行く可能性が出てくるからである。シェーヴがカナリアの目的にかなう人物ならば、岩巨人ロックゴーレムを作ったところでおかしくないからだ。


 まだ可能性の段階であり、事実の程はカナリアとしても不明なままであった。

 ただ、今の時点では、シェーヴに疑いの目が入る事は望ましくない。彼が実際に有能であった場合、余計な横槍が入ってシャハボを直してもらえなくなったら困るからである。


「……まさか、今回の出来事はウフ村が、いえ、シェーヴが原因だったとでもお考えですか?」


 ようやく思い至ったパウルの言葉に、カナリアは首を横に振る。


【わからない。だから、まだ早いと言ったの】


 ピンと来ないパウルに、シャハボが補足を入れていく。


『もっと言うと、関係があろうとなかろうと、カーナの用が終わるまでは邪魔するなってことだ。

 もし関係あったなら、こっちの用が終わった後であれば好きにするがいいさ』


 聞いたパウルは納得いかなさそうであった。


 彼は辺りを見回す様に首を回してから、深く息を吸う。その後で大きく息を吐いたパウルは、カナリアに向けて仕方なさそうな視線を投げかけた。


「要らぬ話を聞いた気がしますが、言いたい事はわかりました。

 とりあえず、明日にでもバティスト君に確認してみますよ。

 私の方のウフ村の情報はこんなところですが、大丈夫でしょうか?」


 カナリアは、彼の態度から、納得はしていないが事情は吞み込んだという回答を受け取る。


【大丈夫、ありがとう】


 話はこれで終わりにするつもりであった。

 カナリアはその手を、石板から食べずに目の前に置いてある果物に持ち換えようとした。

 しかし、一つだけ、彼の言葉の中に気になる点を見つけ、手を石板に戻す。


【確認は明日? 今日出来ないの?】


「ええ。今日は無理です。バティスト君には今日は休みを取らせていますから。

 彼は、巨大岩巨人ギガントロックゴーレムの件が起きてからずっと、ノキの街の住人の命を背負ってほとんど寝ずで働いていたのです。

 今日ぐらいは幸せな二日酔いを楽しませてあげてください」


 幸せな二日酔い。それを聞いたカナリアの顔は、少しだけだが自然と緩んでいた。

 重責から解放されたのだ、そのぐらいの休みは貰って当然だろう。お疲れ様、バティスト。そう心の中で思いながら、彼女は言葉を進める。


【そういう事なら良い。でも、それを言うならばあなたも同じではないの?】


「お気遣いありがとうございます。

 ですが、私の領分は、どちらかと言うと物や金回りですからね。直接命を預かる彼とは重さが違いますよ。

 私はもう少し落ち着いて休めるようになってから、休ませてもらいます」


【そう。頑張って。ああ、そう言えば、クレデューリも今日は二日酔いで休んでいると思うから、気にしないでね】


「はは、昨日は沢山飲まされていましたからね。そういう事もあるでしょう」


 カナリアは、【そう】とだけ石板に書いて頷いていた。

 余計な事は言わないようにと思って、今度こそ果物に手を出そうとしたのだが、パウルは真面目な顔を崩さないまま、もう一度カナリアに話しかける。


「ところでカーナさん。一つ質問なのですが、ご出立はいつのご予定ですか?

 出来る事ならば、あと二日程度はこちらに居てもらえると助かるのですが」


【どうして?】


「大した事ではないのですが、カーナさんに二つほどお願いがあるのです」


 【何?】とカナリアはすぐに返すが、その片手は石板を離れ、肩に止まっていたシャハボに向かっていた。

 厄介事が再燃するのではと懸念する彼女ではあったが、その実、話は簡単なものであった。


「一つは、巨大岩巨人ギガントロックゴーレムによって壊滅した村に調査隊を送りたいので、それに同行して欲しいのです。

 片道だけで結構です。と言うよりも、途中まで我々の方で馬車を用意するだけと言った感じですね」


【何が目的?】


「隠さずに話しますと、調査隊に支払う報酬の為です。

 正直な話、今私の手元にはほとんど金はありません。冒険者協会を通じてまっとうに仕事の依頼が出来ないぐらいにですね。

 けれども、近隣の村が壊滅した以上、再建か解体かを決めるために、冒険者などを派遣して調査しなくてはならないのです。

 つまり、やらなければいけない事はあるのに金がないという状況ですね」


 金の話。厄介事と言うよりは、ノキの自治における懐事情に起因する話らしい。

 

『はっ。カーナを餌にしようってことか』


「言い方は良くないですが、ええまさにそうです。

 カーナさんが行くとなれば、無償でもついてくる冒険者は多いでしょう。

 かわりにこちらからカーナさんに提供するのは、途中までの足とその間の食事等ですね。

 ご不便をかける事になるとは思いますが、受けて頂けないでしょうか?」


 割り込んだシャハボの言葉は直接的であったにも関わらず、それを理解しているパウルは真っ向から受けて返していた。

 乗りかかった船である以上、無下に断る事も出来ないと思ったカナリアは、ようやく口に出来た果物を頬張りながら、契約事だけは自分の言葉で返さんとばかりに石板を彼に向ける。


【いいよ。何事も無いと思うけれど、何か起きたらその時の対応もするね】


「ああ、本当にありがとうございます」


 頭を下げ、感謝の意を表すパウルの姿勢は長かった。

 その間に、果物を咀嚼しながら、カナリアは口の中で程よい甘酸っぱさを楽しむ。


 ようやく頭を上げた彼は、未だにもぐもぐと口を動かすカナリアに対して、次の依頼を話す。


「もう一つのお願いの方ですが、そちらは大したことはありません」


【何?】


「ウフ村の調査依頼です。とは言っても、こちらも何をするというものでもありません。報告書さえ必要ありません。ただ行って帰ってきてくれればいいだけの仕事ですよ」


【そっちの目的は?】


「目的はあなたの帰還です。

 私はノキを救ってくれたカーナさんに、無事に戻ってきて欲しいのです。カーナさんが戻ればノキの皆は喜びますからね。

 この依頼は単に保険だと思ってください。

 行って、無事に戻ってきて何事も無かったと報告していただければ、カーナさんはタダでうまい飯が食える。それだけの依頼です」


 果物を飲み込んだカナリアは、彼の真意を読み取り、なるほどだとその依頼を評価していた。


『どちらに対しても有効な保険か』


 シャハボも端的にそれを評価し、パウルが続ける。


「ええ。カーナさんの無事も確認出来、その上で、ウフ村が安全だと証明できますからね。

 私としては、そうなって欲しいのです。そうでなくては、また何か手を打たなくてはならなくなりますからね」


 心中では、パウルはウフ村が何かおかしいと感じているのだ。

 けれど、懐事情のせいか、それとも、ゲン担ぎの為か、言葉にするのは憚っているのだろう。

 いずれにしてもその胸中は理解できる上に、ウフ村とゴーレムの話もあって、カナリアは受ける事を半ば決めていた。


【期間は? 私の用事は、もしかしたら時間が掛かるかもしれないのだけれど】


「来年の雪解け頃まででどうでしょう?

 もうしばらくすると、冬の季節が訪れます。冬になるとウフ村とは往来が出来なくなるので、長くなったならば、村で逗留されることになるでしょう。

 ですので、遅くとも雪解けした頃には一度戻ってきてもらえると助かります。

 もしカーナさんがその頃まで戻ってこなかったら、何かあったと解釈させてもいますので」


 何かあった時の対応までは詰める事はしない。期間としても妥当であると確認が取れれば、カナリアにとっては十分であった。


【わかった。両方とも受けるから、ちゃんと依頼として発行してね?】


「ええ、それは明日、バティスト君にやってもらいましょう。ここまで決まってしまえば彼も喜びますよ」


【そうだと良いけれどね】


「そうなりますよ」


 ノキの都市長であるパウルは、安心したのかようやくここで相好を崩していた。

 ずっと続いていた険しい顔からも角がとれ、その雰囲気も最初に会った時の温和さを取り戻す。

 話が終わったところで最後に二人は頷きを交わし合い、互いの用は済んだのであった。

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