第95話 死者の蘇る村 【3/3】

 数日後、カナリアは壊滅した村へと向かう馬車の中に居た。

 馬車には多少の荷物は積んであるが、それは、本来は客待遇であるカナリア専用であるはずだった。

 しかし、そこにはもう一人の同乗者がいる。それは、件の女騎士であるクレデューリであった。


「無理を言ったようですまないな」


【ううん。でも、本当に邪魔はしないでね】


 揺れる馬車の中で、二人はそんな会話を交わす。


「もちろんだ。それにしても、何というかなぁ……君には世話になりっぱなしな気がするな」


【それは気にしないで】


 馬車がノキの街を出てから、一日が経過していた。

 最初にカナリアがクレデューリと出会ったときは、ほぼ対等な立ち位置であった二人の関係は、今や上下が出来てしまっている。

 と言うのも、全てはクレデューリの決心によるものであった。



 ノキの街を出る前日に、クレデューリはカナリアの部屋を訪れていた。

 素面で来た彼女は、頭を下げ、カナリアに自らの心の内を明かした上で同行の許可を願い出たのだ。


「結局の所、私の存在は剣であり盾なのだ。アモニー様の為に生きる、そう誓ったのだから」


 シャハボの問いた、『クレデューリが一番大切なものは何か?』という質問に対して、彼女が出した答えがこれであった。

 そして、アモニー王女の為を第一に考える事で、クレデューリは他の全てを切り捨てる踏ん切りをつけたのである。


「弟の事はとても残念だ。その気持ちは今でも変わらない。いずれ首謀者を見つけて相応の代償は払ってもらうつもりではある。

 しかし、それは今では無い。今はアモニー様の命に従い、身を隠すことにするよ」


 言い切った彼女の表情に迷いは無かった。


「でも、ただ身を隠すだけでは時間がもったいないと思ってね、私は考えてみた。

 私は最初に受けた命に従って、人に懐く金属の動物を探そうと思うんだ。それを持っていけば、アモニー様と再会した時に喜んでくれるだろうからね。

 それで、君にひとつお願いがある。

 迷惑をかけるつもりはないが、私も君と同行してもよいだろうか?」


 視線すらも揺るぎないクレデューリは、自らの目的をしっかりと定めていた。


 元々堅物である彼女が決めたことであれば、他者の意見で覆すことはないだろう。断ったところで彼女の行動が変わるわけではない。

 そうカナリアは考えた後、了承するとばかりに首を縦に振ったのだった。



 クレデューリの事情は他人には話せない為、表向きは、クレデューリがウフ村へ向かうカナリアの護衛に着くといった形になっていた。

 形式上でも上下関係が出来ているのは、それ故にである。


【でも、本当にいいの?】


 揺れる馬車の中、カナリアはクレデューリに再度問いかけていた。


「ああ、気にしないでくれ。今は君が雇い主で、私は護衛の従者だ。

 一時的ではあるが、君に剣を預ける事ぐらい問題はないさ」


 その回答は、カナリアが求めているものではない。


「ああ、王都に戻る気は本当にないよ。少なくとも一年、二年はね。

 まぁ、予定を変更した事で、バティストに迷惑をかけた件は気にするけれども、それは仕方ない事さ」


 少し済まなさそうに、しかし、やはり自分の決めたことだからと、クレデューリは自信を持ってカナリアに返す。

 悩んで酒に逃げている彼女よりも、今の姿の方が格段に良いのは間違いない。


 けれども、まだその回答はカナリアの意図には合っていなかった。

 どうしたものかとカナリアは考えるが、そこに助け舟を入れたのはシャハボである。


『ウフ村はまともな場所じゃない可能性がある。それでもいいのか?』


 カナリアは今まで、ウフ村の情報をクレデューリに渡していなかった。

 不確定要素が多く、事態がどう転ぶかわからないからと言うのが主な理由ではあるのだが、それに加えて、カナリアの事情に下手に首を突っ込まれたくなかったからである。


 ウフ村で一悶着起きるだろう。パウルから情報を聞いた直後から、うっすらとした、しかし、どこか予感と言うよりは確信めいた何かをカナリアは抱いていた。

 もしかしたら、冒険者のカナリアとしてではなく、として動かなければならない可能性さえ想像するぐらいに。


 もしそうなったならば、クレデューリは邪魔になる。

 故に、カナリアは穏便な手段はないものかと考え続けていたのだ。

 カナリアが考えあがく中、結局シャハボが行ったのは、直接話すという正攻法であった。


「君たちがまともじゃないと言うならば、本当にまともではないのだろうな」


 クレデューリはシャハボの言葉を額面通りに受け取る。

 されど、それで怖気づくわけもなく、カナリアを見つめる彼女の眼には、やはり揺らぎ無い信念が存在していた。


 カナリアが説得の失敗を悟る中、クレデューリは言葉を進めていく。


「だからと言って引き下がるわけにはいかないさ。

 流石に例の巨大岩巨人ギガントロックゴーレムを相手にするのは無理だが、人が相手ならば存分に働いて見せるとも。

 女の身ではあれど、そうそう遅れをとる事はないさ。

 何なら君の助けも不要だ。それで敗れようものなら、私はアモニー様の剣にはなりえないからね」


 胸を張るクレデューリのそれは、薄っぺらいカナリアよりもかなり大きかった。

 内心の思う事を顔には表さずに、カナリアは石板を突きつける。


【死んでも後悔はしない?】


「……ああ。だが、カーナ。君の懸念はよくわかったよ」


 ようやくではあるが、クレデューリは一歩引くような姿勢を見せる。

 互いにだが、馬車の座席に座って向かい合う中、彼女は自らの拳を胸にあてた。


「君が私の身を案じてくれているのはよくわかった。危ないと思ったら素直に引くようにするよ。

 それ以前に、不要な危険には極力首を突っ込まない事を心がけよう。

 私の命はアモニー様の為に使う。それ以外では大事にする。これでいいかい?」


 その姿勢は、宣誓を行うときに使うものであった。

 結局、カナリアでは今のクレデューリの意思を変えることは出来ない。

 誓いが取れた以上、ここらが落としどころと見たカナリアは、それで良いと頷いたのだった。



* * * * * * * * * *


 ウフ村への道中は、比較的平穏な旅行きであった。


 途中の村は巨大岩巨人ギガントロックゴーレムによって壊滅していたが、それも想像の範疇を超えるものではなかった。

 カナリアと同行した人たちの大半はそこに残り、凄惨な現場の後始末を始める。

 

 カナリアとクレデューリは、行ける所までは馬車で送ってもらい、あとは森の中の道をひたすらに歩いていた。

 カナリアはいつも通りの旅装であった。腰ベルトにナイフと手杖の『小鳥の宿木ギー・ドワゾゥ』を下げ、外套の下には動きやすい服装のままである。

 彼女が背負っているリュックには《収納ストカージ》の魔法がかけられており、見た目は小柄ながら、保存食料を含めかなりの荷物が入っていた。


 対するクレデューリは、同じく外套こそ纏っているものの、その身に着けるのは軽鎧である。

 胸当てと手甲こそカナリアは見たことのあるものであったが、クレデューリの軽鎧は、それに加えて、肘と膝の関節部のみを守るものであった。

 主武器が速度を頼りにする細剣である以上、防御力に関しては最低限に留め、動きを阻害しない事を第一にしているだろう事は、カナリアとしても想像に難くない。


 クレデューリの持ち物で、身に着けている軽鎧の他にある物は、カナリアのよりも大きなリュックであった。

 魔法の類は使われておらず、最低限の荷物とはいえ見た目通りの重そうな代物ではあったが、それを持って歩き続ける彼女の動きは、日が過ぎても衰える事はなかった。


 体力からしても、いっぱしの、いやそれ以上の騎士である事を言外に見せつけながら、クレデューリとカナリアは旅をする。


 十日十五日の道のりとは言え、荷物を多く持てない二人の食料は、例の豆と麦以外は、早いうちから自給自足であった。

 獣や、時には食べられそうな怪物モンスターを仕留め、最低限の調味料をつけて焼いて食う。

 最初の内は、あまり料理をしたことがないクレデューリの為に、カナリアが意気揚々と、料理と言っていいのかわからない何かを作って振舞っていた。


 一人は美味しそうに、もう片方は命の危険を感じながらの食事だったのだが、早いうちにクレデューリが自炊出来るようになった事で、問題は一応の解決を見る。


 二人は無駄口は叩かず、黙々と歩き続けた。

 ノキの街を出てから丁度十三日後、彼女たちはようやく森を抜ける。

 眼前に広がるのは、広くはないが、良く手入れされた畑。それに、畑と森の丁度境界には、開墾途中のような少し開けた土地であった。

 木々は切り倒されているが、まだ切り株はいくつか残っている。

 そして、その切り株に腰掛ける線の細い男の姿を、カナリアとクレデューリは目にしたのであった。

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