第118話 異   変 【3/4】

 クレデューリたちと別れた後、カナリアはゆっくりとした歩調で村に向かっていた。

 救援を待っている人間がいる以上、急ぐのが筋に思える所ではあるのだが、カナリアはそうしない。

 彼女が優先して気を払っているのは、別の事であった。


【クレデューリ、大丈夫かな】


『さぁな』


【二人共、人間だったね】


『そうだな』


 歩きながら行うカナリアとの会話を、シャハボは話す価値もないように切り捨てる。


【おまじない、効くかな?】


『どうだろうな。本物の祝福や呪いではない。所詮気休めは気休めだろうな』


【気休めでも、最悪に進まなければとりあえずは良いんだけれどね】


 二人の会話の中に出たおまじない。クレデューリとフーポーに掛けたそれは、実の所、見た目を偽装し、それっぽくしただけの《魔力感知サンス・ドマジック》であった。

 結果はカナリアが言った通り。

 今の所何かの枝がついているでもない事も確認できており、カナリアにとっては、ひとまずの気休めにはなる情報であった。

 もちろん、クレデューリたちにとってもそれは同じではあるのだが。


【シェーヴ、大丈夫だと良いね】


『ああ。それはそうだと信じるしかないな』


 無駄な楽観を伝えるぐらいには、二人に余裕はない。

 事態は、カナリアが村の近くまで降りてきた時に動く事になる。


「ああ、フーポーちゃんの所の客人じゃないか」

「おやおや、こんなところでどうしたのですか?」


 そう話しかけてきたのは、道で出会った二人の老夫婦であった。

 口調は穏やかで、表情もそれに沿う。如何にも農作業中に出くわしたとばかりの言動。

 カナリアは、名前こそ知らないが、村の中で会釈ぐらいは交わしたことを思い出していた。


 彼らはその手に鍬と鋤のような農具を持ったまま、カナリアに歩み寄る。

 何食わぬ様子で距離を詰めていく様は、昨日迄の雰囲気と全く変わらないものであった。


 しかし、それも互いの間合いが重なるまで。

 先に手を出したのは老夫婦の方から。二人はカナリアが攻撃圏内に入った瞬間、手にした農具で襲い掛かる。

 突きと振り下ろしの連携。変わらずに表情は穏やかなまま、けれども明らかに老人の速度ではない速さで放たれた二つの攻撃は、あっさりとカナリアに躱されていた。

 そして、カナリアは躱し様に《空刃・纏クーペア・ポーティエ》にて、老夫婦を両断する。


 挨拶をしてすれ違うような日常の光景は、そこにはない。

 あるのは、佇む少女と、物言わなくなった二つの物体のみ。


【先手は打たせたよ】


『ああ、リアは自分の身を守る為に応戦しただけだな。

 話をしてこなかったのは相手だ。仕方ない話だな』


 カナリアとシャハボの会話は、誰に聞かせるまでもない話であった。

 ただ、互いが前の事を繰り返さない為に、拙速を戒めただけの事。


 どこに目があるかわからない以上、彼女たちは行動を徹底する。


『さて、確認と行こうか。まぁもう結果は見えているがな』


 シャハボの言葉と共にカナリアが始めたのは、死体の検分であった。

 とは言えど、血の流れない死体を前にする事は多くは無い。


変化の秘石ピレスクレ・ドラ・トランスフォマションか』


【もしかして、全員こうなのかな?】


『可能性が高いな』


 カナリアの《空刃クーペア》は、しっかりと心の臓がある場所を両断していた。

 それは、血を体中に送るべき部分である場所であるにも関わらず、断面にあるのは割られた輝石のみ。

 素手では触らず、輝きが消えた変化の秘石ピレスクレ・ドラ・トランスフォマションをナイフで突っついていたカナリアは、唐突にある事を思いつく。


【魔道具と考えていたのが間違いかもしれない】


 大胆な発想は、肩に居たシャハボを驚かせていた。


『偽装ではなく、そもそも魔道具ですらないと?』


【うん。理屈はわからないから、今はただの思い付きだけど。

 変化の秘石ピレスクレ・ドラ・トランスフォマションを魔道具じゃなくて、何か、寄生する生き物の類だと解釈してみたらどうだろう?】


 カナリアが突いている石は、固く、生き物のように柔らかい代物ではなかった。

 それを確認した上で、深堀する価値があると考えたシャハボは、思案しながら答えを返す。


『寄生生物の類を改造した。とするならば、魔力で動くのではなく、生き物の力で動くから、《魔力感知サンス・ドマジック》では感知できないという事か』


【そう。《魔力感知サンス・ドマジック》で感知出来たのは、変容する際に何か魔法の類を使っていたからと考えてみたらどうかな?】


『無理やりだが、一応の説明はつくな。

 だが、そうだとすると、本当に村の人間全てを信じられなくなるぞ』


 彼は明言しない。村の全員という言葉に、カナリアにとって重要な人が含まれている事を。


【そう、かもしれない。そうでないかもしれない。

 結局の所、行ってみるしかない】


『ああ。ここまで来たら、なるようになれだな』


 二人は頷きのみを交わす。

 それ以上、言葉に出してはいけないとばかりに口を閉ざしたカナリアは、立ち上がり、改めて村を目指し始めていた。


 隠密性と速度の両方を考慮しながら向かった彼女は、程なくして、誰にも見つかる事無く、村の中心部、シェーヴの工房に近い所にたどりつく。

 村の中心では、多数の、というより、恐らくはほぼすべての村人たちが集まっていた。

 奇怪な事は、彼ら全てが農具を持って何かを警戒するように歩いているにも関わらず、その他の行動は日常と変わらないように振舞っている事であった。


【行動がおかしいね。操られている?】


『奴らは日常を演じているか、まだ頭の中が普段の生活のままなんだろうさ。

 だが、リアは既に敵として認識されているだろう。姿を見せたら、日常生活の一環として襲い掛かられるぞ』


 物陰に隠れているカナリア達は、触れ合うだけで無言のやりとりをする。


【確認は、出来ないよね?】


『ああ、下手に魔法を使ってバレたら面倒だ。

 ここまで来たのなら、多少危険ではあるが俺が斥候に出る。誘導するからついてこい』


 カナリアは頷き、すぐにシャハボはその肩を飛び立っていた。

 村人たちは数こそあれども、生活行動が優先なのか、哨戒警備をするという様子ではなかった。

 それ故に、つけいる隙は多く、シャハボの先導によって、カナリアは比較的簡単にシェーヴの工房へたどり着くことが出来たのであった。

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