第131話 啼かないカナリア 【1/1】

 ごめんなさい、ハボン。


 頭だけが宙に浮いたカナリアが最後に思った事は、彼への謝罪であった。

 そしてすぐに、意識は暗闇へと消える。


 クレデューリも、カナリアの頭部が飛んだのをはっきり見た。

 カナリアが死んだと確信すらしたのだ。



 そして、魔法は発動される。



 それは、[カナリア]が死んだ事によって発動される魔法であった。


 名は、《啼かないカナリア》。


 [カナリア]という存在が発動出来る、唯一の魔法。

 啼かないカナリアとは、誰が名付けたのだろうか。

 名実どちらが先だったのか、今は知る者はどこにもいない。


 工夫やドワーフなどが使う鉱山のカナリアは、危険に対する検知器である。

 鉱山に持ち込まれたカナリアは、そこに有毒な空気がある場合、自らが先に死ぬ事でその場に危険がある事を周囲に知らせるのだ。


 《啼かないカナリア》とは、その事象のみを、籠の中の生物全てに適用するものであった。


 籠の中のカナリアが死んだ。

 それはつまり、籠の中は致死性で溢れており、生きているモノはいないという事。

 だから、《啼かないカナリア》は、自らと同じ結末を籠の中にもたらす。


 本来は、《啼かない小鳥の籠ケイジドワゾゥ・クィネクリパ》が籠の役割をする。

 だが今回は、《水檻ケイジャウ》がその役割を担っていた。


 《啼かないカナリア》の効果は、瞬時に水籠の中に行きわたる。


 葉を落とし、春まで休眠していた森の木々は砂塵に帰した。

 冬眠中だった動物たちも、何も気づかぬまま砂へと帰る。

 運悪く水籠内に居た鳥たちも、数羽は飛んだまま空中に砂をまき散らして消える。


 カナリア達とは出会う事の無かった怪物モンスターも同様であった。

 土くれの中に居た虫たちや、目に見えないぐらいの小さな生き物もである。

 皆が皆、生き物としての活動を止め、砂に帰す。


 そして、カナリアを殺したクレデューリも。

 アプスと融合したクレデューリも、例外とはならなかった。


 彼女は何が起こったのか気付くことも無く、水は水に戻り、核はアプスとしての、クレデューリとしての機能を失い、完全に失活して砂と化した地面に落ちたのであった。


 今や、《水檻ケイジャウ》の中に生きるものは何一つない。

 家などの人工物と砂、そして、一人の死体のみ。

 それだけがその場に残ったのであった。



 そうして、生きるモノの居なくなったウフの村は、本格的な冬を迎える。

 いつしか《水檻ケイジャウ》が解け、雪が降り積もり、時は流れ、春が訪れる。



 春が訪れ、雪が解けかけた時分に、一つの足音がウフの村に響いたのであった。

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