第130話 ■レ■■■リ・アプス 【4/4】
「口は禍の元だ。意図はわかっているが、言い過ぎだよ」
捨てる様に言葉を吐いたクレデューリは、立ち上がったまま動かないカナリアに目を向ける。
「飼い主ならば、しっかり手綱を握っていた方が良いんじゃないか?」
言い終わり様に、彼女は《
それは牽制、もしくはちょっとした意趣返し的な攻撃に過ぎない。
クレデューリは内心で渦巻く憤りに気付いていた。
ただの一言ではあったが、弟のペリーの事を言われた瞬間、強い感情が沸き起こったのだ。
不快感をそのまま行動に繋げて、シャハボを攻撃したのはあまり良い事では無いと理解していた。
ただ、それも心中の憤りは収まらずに、カナリアにも手を出したのである。
憤りこそしたが、表面上は冷静を保てている。
返礼もしたことだし、このまま感情を抑えれば問題は無いだろう。
クレデューリがそう考えた矢先であった。
彼女は目の前である光景を見る事になる。
牽制の一発が、カナリアの体を貫いていた。
防がれてしかるべきで、当たるはずの無かった一発が、防がれも避けられもせずにカナリアの脇腹を貫いたのだ。
血こそ出ていないから、深手という事は無いだろう。
あの程度の攻撃、避けられなかったとは考えにくい。
疑念が頭をよぎった所で、クレデューリは自らの周囲に、何か魔法が使われている様な感覚を覚える。
大きさは大小さまざまで、形も統一感の無い魔法の領域が、自らの周りに無数に配置されているのだ。
すぐにクレデューリは、それがカナリアの仕業だと結論付ける。
それが何かはわからないが、その領域を作る為にわざと攻撃を受けたのではないかとも。
実の所、カナリアがそれらの領域を作ったのは間違っていなかった。
攻撃を受けたのも、領域を作る方に意識を裂いていたからであるのも間違いはない。
使った魔法は、愛用のナイフを用いて発動した《
カナリアは、魔法の発動位置を決める為の領域、下準備的なものをクレデューリの周囲に作り上げたのだ。
《
範囲を限定する必要のある大規模な魔法や、本当に精密な手順が必要とされない限り、不要な魔法である。
経験の浅いクレデューリには、カナリアの魔法の種別まで読むことは出来なかった。
真意も同じくして読めぬまま、彼女は警戒を深める。
両の手に武器を握り、動き始めるのはカナリアからであった。
彼女はもう走る事をしない。ゆっくりとした速度でクレデューリとの距離を詰め始める。
ただし、カナリアは歩くのみで、攻撃する様子を全く見せない。
攻撃が効いていたのか、仔細はわからないが、カナリアが力なく頭を下げたままであったのがクレデューリには不気味に映っていた。
転がった際の土汚れを払い落すでもなく、綺麗だった金髪は乱れたまま。
顔にかかる髪の毛さえも全く気にせずに、幽鬼の様な姿でゆっくりと歩むカナリアの姿は、人外となり果てたクレデューリでさえも不審に思うものであった。
どこか雰囲気が変わった?
クレデューリは感づきこそしたが、それ以上の事は考えない。
彼女にとっても、この場でやるべき事は決まっているからである。
《
突きから魔法を放とうとした瞬間、クレデューリの腕は不可視の刃にて切り飛ばされていた。
何とかの二つ覚えかと信じた彼女は、すぐに再生するからとばかりに切り飛ばされた腕を気にせず、逆の手を突き出し、再度魔法を発動させようとする。
最初に感じたのは、動かした腕が何かに引っかかったような手ごたえだった。
直後に彼女は前に持って来たはずの腕が無い事に気付く。
そして、反射的に引っ掛かった方を見た彼女は、その正体を目にする。
自らの腕を形作っていた水が、空中に縫い留められていたのだ。
カーナの魔法だとクレデューリは理解するが、すぐに彼女はもう一つの事に気付く。
その気付きこそが、カナリアの新たに紡いだ、恐らくは最後となる策であった。
なんてことはない。クレデューリの腕は、攻撃に移行する際に《
すぐにその事を認識したクレデューリは、周囲にある《
クレデューリの周囲には、まともに身動きが取れないぐらいに多数の領域指定がされていた。
何か行動を起こそうとすれば、必ずどこかの領域を通らなければいけない。
領域を通ればどうなるか。
自らの懸念が正しいかどうか、クレデューリは確かめにかかる。
再度腕を生やした彼女は、カナリアに向かって水を放とうと試みる。
再生したばかりの腕は、カナリアの領域を通過した際に、そこに発生した《
ならばと振り上げた足は、同じく領域に入るや否や《
文字通り手も足も出させない完璧な罠を前にして、クレデューリが即座に決断した事は、強引な突破であった。
カナリアの罠は、人であれば確実に致命傷を与えるモノであった。
だがしかし、水で出来た体であれば、時間稼ぎになりこそすれ手傷にすらならないとクレデューリは判断したのだ。
判断自体は間違ってはいなかった。
しかし、カナリアの魔法は精緻であり、再度切り離され、霧散され、縫い留められたクレデューリは、一片たりとも身動きを取る事が許されなかったのである。
罠で動けないならばと、クレデューリが対抗手段として選んだのは、魔法であった。
「《
動かなければ、邪魔されることは無い。
そう思った彼女の口には、不可視不可知の《
発音は途中で止まった。よって、クレデューリの魔法は発動されることなく霧散する。
カナリアの策は、圧倒的なまでの支配力を見せていた。
これは、彼女にとっての秘策、いや、シャハボをして奇策と言わせたものであった。ただし、少しでも見抜かれれば簡単に対策を取られるが故に、彼には使用を禁じられた策でもある。
策の骨子は単純明快。
《
見える罠。それがこの策の要点であった。
見えるが故に、相手は警戒する。踏み込めば罠にかかる。だから、相手は行動を自ら制限する。
そして、制限したところを、カナリアの不可知の魔法で仕留める。
簡単に言ってしまえば、ただそれだけの話である。
元々、本気で使ったカナリアの魔法は不可知である。なのだから、わざわざ見える罠を張る意味は、普通に考えれば無い。
不可知の魔法ならば、それだけで仕留められると考えるからだ。
しかし、熟練者ならば、不可知の魔法とて、来ると予期していれば何らかの対応をする可能性は十分にあるのだ。
そういった相手に対して、そう、今カナリアが相対しているクレデューリの様な強き相手に対して、特に機能するのがこの策であった。
強者であっても、見えている以上、罠であれば必然的に警戒してしまう。
その気付きが、罠への警戒が、不可視の魔法への警戒をわずかなりとも確実に緩ませる。
逆もまた然り。不可知の魔法に意識を集中すれば、動いた時に罠への警戒がおろそかになる。
警戒にほころびがあればそこを撃ち、動かなければそのまま鴨撃ちにして圧倒する。
一歩一歩と近づくカナリアを前にして、もがくクレデューリは手の全てを封殺されていた。
先の先も後の先も無く、心を読まれているかの如く、カナリアの攻撃はただひたすらに続けられ、当てられる。
クレデューリは何一つ致命的な手傷は負っていない。だというのに、彼女の心には陰りが射し始める。
負ける事への恐怖心のよりも先に、得体のしれない悪寒が心中に沸き始めていた。
そしてもう一つ。私は何と戦っているのか? などと言う不可思議な疑問さえも。
カナリアは静かに歩みを進める。彼女は、今使えるほぼ全ての魔力を攻撃に割り振っていた。
後の先、周囲をよく見て、安全かどうか見切りをつけてから攻撃に回れ。
そんな慎重な戦い方は、シャハボがカナリアに教え込んだものだった。
今、今は、カナリアの大切にしていた彼は、近くに居ない。
カナリアは声を出すことが出来ない。
出来ていたならば、どれだけの大声を出して、クレデューリに怨嗟の声をぶつけていただろうか。
カナリアの心は、怒りで塗りつぶされていた。
ハボンを傷つけたモノは、絶対に許さない。
【許さない許さない許さない許さない許さない
許さない許さない許さない許さない許さない
許さない許さない許さない許さない許さない
許さない許さない許さない許さない許さない
許さない許さない許さない許さない許さない】
未だに彼女の首からかけられている石板には、無数にして一つの言葉しか書かれていない。
憤怒は刃に変わり、クレデューリを切り刻む。
動けば刻み、動かなくても刻む。
次第に人の形を模したクレデューリの体は崩れ、球体になっていく。
反撃を諦めたのか、クレデューリは攻める事を諦め、守る事に徹していた。
手は出さずに、カナリアの攻撃は水で受け止めて、
されどなれど、カナリアは手を休めない。距離を縮めながら、後先考えずに《
守勢に入ったクレデューリは固く、破り切れない事へのいら立ちは、カナリアの攻撃をさらに苛烈にしていた。
魔力の残存など全く気にもかけずに、カナリアは攻撃を続ける。
遠距離で討てないのならば、やる事は一つしかない。
ハボンを傷つけた報いは、その身に刻ませなければいけない。
カナリアの考えた事はそれだけであった。
クレデューリの間近まで来たカナリアは、両手の武器に再度 《
《
それだけを考えて、カナリアは両腕を突き出して突進した。
クレデューリは、わかっていた。カナリアがどう来るかも。何をするのかも。
だから彼女は必死になって、その時を待っていた。
それは、飛来する《
クレデューリは、水球の表面から両腕を作り出し、突進してきたカナリアの両腕を掴み止めたのだ。
「すまないな」
水球の中から浮き出たクレデューリの顔がカナリアに向かってそう呟いた後、彼女の顔は割れる。
「《
その言葉は、邪魔されないように、水球の裏側に出来た口が発生したものであった。
そして、クレデューリの顔を割って発生した水の刃は、相対するカナリアの首を切り飛ばしたのである。
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