第132話 再起動 【1/4】
「《
目覚めたシャハボが最初に見たものは、よく見慣れた金髪の少女では無かった。
開いたばかりの彼の目に映ったのは、人の形を模した金属人形。
それが人でないと理解した瞬間、慌ててシャハボは後ろに飛び退る。自らは片足であるにもかかわらず、それを苦にもしない慣れた足つきで、躓くことなく金属人形との距離を取る。
『お前は……』
何者だと言い切る前に、シャハボはそれまでの全てを思い出していた。
彼にとって大切な存在であるカナリアの為に行った事の顛末を。
クレデューリの強さを見誤った自分の失態を。
その後に自分の身がどうなったのかも。
何があったかを思い出した彼は、すぐに自らのすべき事を理解する。
カナリアの元へ向かわなければ。
しかし、大切な存在を探そうと考えたのも一瞬の事であった。
首を回して周囲を確認しようとしたものの、彼の目は正面に立ったままの金属人形から離れることは無い。
その存在は自身と対峙したまま動かず、敵意や害意はおろか、好意など、感情に当たるものは何も伝わってこなかった。
わかる事は、造形こそ人の形をしているが、一目で理解できるぐらいに無駄が無く、機能美だけを徹底した姿をしていることのみ。
形は違えども、互いに同じ金属人形同士である二つの存在は静かに見合い続ける。
シャハボはその金属の目で金属人形を凝視し、金属人形は仮面の様な表情の出ない顔を彼に向ける。
周りには生物の気配すらなく、中心に居るモノ達からは息遣いさえない。
そんな静寂を破ったのは、シャハボからであった。
『お前は、管理者か。いや、フーポーか?』
ほぼ直感に従って出た言葉である。
人の気配がないならば、人以外の存在で考え得るのはそれしかなかったからだ。
「……」
シャハボの言葉に無言を貫いていたその存在は、やおら空を見て、その後に腹を抱えたような姿勢を取る。
くすくすと笑うような声は、その金属人形から発せられていた。
堪え切れなかったとばかりに笑い声を漏らした金属人形は、そのままの姿勢でシャハボに答えを返す。
「まさか、この姿になってもフーポーと呼ばれるとは思ってもいなかったよ。
でも、どちらかと言うと今は管理者の方かな」
その声は、明らかにヒトの声ではない。しかし、口調はフーポーのそれと少しだけ似ているモノであった。
「ああ、この体はね、管理者の予備だよ。
いや、本当は本体なんだけれど、フーポーが動いている間は幸せの窟の奥で休眠させていたのさ」
シャハボの顔に表情が出るのであれば、相当に渋い顔をしていただろう。
今、正面に居る金属人形は、彼にとって相当に不可解な存在であった。
言葉の内容に偽りがあるとは思っていない。
最大の理由は、あっけらかんと語る金属人形から、全く敵意が感じられない事であった。
最終的にクレデューリの横やりが入ったとはいえ、あれだけカナリアに対して強く敵意を向けていた管理者である。
その敵意が全く失せている事が、シャハボにとっては不思議でならなかったのだ。
自分が機能停止している間に何が起きた? 何があった?
この相手を前にして、問いていいものか彼は逡巡する。
疑問はそれだけではない。シャハボはもっと大きな疑問さえも、その内に抱えている。
困惑を表に出すことなく、徹底して口をつぐむ彼に向って、管理者は見透かしたかのように語り掛けていた。
「そう警戒しなくていい。
今の私は君に敵意は無いよ。組織に誓って、それは真実だと言おう」
フーポーの時には幾分否定的だった組織への誓いが、今ここで出される。
信じていいのか疑うシャハボに対して、続けて投げかけられた言葉は、彼の腹の内に抱えていた事に対する答えであった。
「そして、停止していた君を再起動させたのは、私だ」
『……どういう、ことだ』
「順を追って説明しよう。
と言っても、君にはこれを先に言った方がわかりやすいか。
《啼かないカナリア》が発動された。おかげでアプスは機能停止したよ」
もはや、シャハボは管理者の言葉を疑うことは無い。
感情の赴くままに、他の全てを放り投げて彼は叫ぶ。
『なっ!! それで、リアは今どこに!!』
焦るシャハボは、人前では使う事のないカナリアへの愛称を口走っていた事に気付きさえしなかった。
そして、そんな彼を見た管理者は、ゆっくりとした動作で近くの小屋を指差す。
「無事だよ。まぁ、今の姿で無事と言えるかどうかはわからないけれどね。
雪に埋もれていたのを拾い上げて、今は比較的破損の少なかった空き家に置いてある。
君の方が探しにくかったから後になってしまったんだ。
会いたいだろう? ちゃんと連れて行ってあげるよ」
管理者の口調は丁寧であり、とても親切そうな雰囲気を醸し出していた。
促されるままにシャハボがついて行こうと体に力を込めた瞬間、はたと彼は自制を取り戻す。
『クソ……罠か』
「……」
小屋に足を向けかけていた管理者は、無言のままシャハボの方に振り返っていた。
『いや、違うな。
組織の名を出すならば答えろ!
管理者、お前の本当の目的はなんだ!』
真実のみが出てくるはずもない。
なれど、一人で考えていても答えが出るはずがない。
だからこそ、シャハボは開き直って管理者に問いかける。
「……」
金属で出来た動かない顔に、笑った様な表情が見えたのは、シャハボの気のせいだったのだろうか。
しかし、頷いた管理者は、彼にこう言ったのである。
「管理者としての目的は、幸せの窟とアプスを管理し、永劫にわたって守る事。
今の私の目的は、私欲に溺れなかったモノに褒賞を渡す為だね」
褒賞という言葉に身を固くするシャハボを目にしながら、管理者は人らしく肩を竦める。
「本当は、君を彼女に会わせてからゆっくり話をしてあげたかったのだけれど、知りたいならば先にここで話をするとしよう。
こんな殺風景の場所だけれど、君はその方が良いんだよね?」
頷いたシャハボを見た管理者は、ゆっくりとした所作で彼から顔を背けていた。
その後に続けられたのは、同じ方向を見ろとの仕草。
繰り返される仕草に仕方なしにシャハボは従い、もう一度それが繰り返される事で、彼は強制的に周囲の様子を見させられる。
今いる場所は、大きく開けていた。
岩だらけの山には解け残った雪がまだ存在し、荒れ果てた砂地の地面には、雪解け水によって水の流れが出来ている。
それは、明らかに今までは全く見た事のない場所のようであった。しかし、どことなく見慣れた気がする場所でもある。
あちらこちらを眺めた彼は、最終的に、近くにある幾つかの半壊した民家を目にする事で自らの居場所を理解する。
今いる場所は、カナリアとクレデューリが戦った場所からほとんど離れてはいなかったのだ。
景色が変わってしまったのは、山の木々や畑が全て《啼かないカナリア》によって消えてしまったからなのだと。
場の状況は、管理者の言い分を認めるに足りるものであった。
それでも、まだ一端のみ。
急いているからこそ、まずは落ち着つかなくてはとシャハボは自らを押し止める。
『いい。この場でいい。まずは話を聞かせろ。リアに会うのはそれからだ』
仕方なしとばかりに頷いた管理者は、事の顛末をシャハボに伝え始めたのであった。
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