第133話 再起動 【2/4】
「私が目が覚めた時は、フーポーが死んだ時だった。それが私の目覚める契機として決められていたからね。
そして、状況を確認している途中で《啼かないカナリア》が発動された。
生き物ではない私だけれど、流石に《啼かないカナリア》に対しては何事も無かったとは言えなくてね。
しばらく休眠状態になって、復帰したのがつい数日前かな。
安心していいよ。おそらくだけれど、時は一年とは経っていない。季節が一つ移ろいだ程度かな」
季節が一つ。それだけでも人としては十分な時間であった。
特に、死体の様子が変わるには十分なぐらいに。
しかし、この場に居る両者はそれを重く見ることは無い。
「幸せの窟の中では、アプスが消えていた。
アプスを保持していた水管は外部から壊された跡があったけれど、それは君たちの仕業ではないだろう?」
管理者は言葉を止めてシャハボを覗き見る。
その眼差しは、シャハボが否定するのを期待しているようであった。
そして、思った通りに首を横に振るシャハボに対して、管理者はわかっていたとばかりに二度頷きを返す。
「そうだろうね。アプスが動いたのは、君たちが出て行った後だったから。
実はね、完全にではないけれど確認は取れているんだ。
君たちは知らないと思うけれど、
そうする事で人は肉を捨て、一部の
その結果の一部としてなんだけれどね、変容した人間が見聞きした事、考えたことが全て石の中に残るんだよ」
管理者の語った事は、人を
読む方向性を変えれば、組織の敵を作っていると明言している話でもあり、カナリアがこの場に居れば即座に動くであろう内容でもあったのだが、今この場に立ち向かっているのは一羽のみ。
場をわきまえるシャハボは黙って静かに話を聞く。
「ここ一帯に散らばっている
石の大半は破損していたけれどね、それでも大体何があったのかは理解しているよ。
私に、いや、フーポーに何があったのかもね」
『……フーポーとお前は繋がっていないのか?』
「繋がっているとも。ただし、完全にとは言わないけれどね。
本来ならば、少なくとも一年に一度は幸せの窟に戻ってきて情報を共有するはずだったんだ。
けれども、彼女は、うーん。私でもあるのだけれど、この場合はフーポーであった管理者と言った方が良いかな。
まぁフーポーはと言っておこうか。彼女はここ十数年戻ってきていなかったんだ。
だから、その間はずっと情報は共有されていなくて、この私がほとんどの状況を知ったのはここに来てからになる。
フーポーの記憶にも欠損はあったけれど、アプスに良い様にやられた所まではちゃんと見たわけさ」
同じ管理者ではあるが、今ここにいる管理者はフーポーとはほぼ別個の個体である。
秘石の件に続いて管理者が話した内容は、シャハボにとって腑に落ちる話であった。
組織の事だ。
あのアプスを管理するのであれば、管理者の予備を用意するのもありえる話ではあるし、情報の共有がなされていなかった別個体であるならば、同じ管理者であっても捉え方が変わるのはあってもおかしくはない。
だからなのかと、シャハボは自らの疑問の答えを口にする。
『……アプスを出したのが俺たちではないと知れたから、敵対する意思はない。という事か』
「それは、そうだね。その認識で間違いは無いよ。
さて、私に敵意が無いとわかったならそろそろ移動しないかい?
君の大切なモノに、早く会わせたいのだけれど」
シャハボにとって、急かす管理者の意図はまだわからないままであった。
しかし、敵意も無く、嘘偽りがある様子もない管理者を前にして、彼には首肯するしか回答は残されていない。
表情の出ないはずの管理者は、そんなシャハボを見て嬉しそうに振舞う。
そして、対照的なふるまいをする二つの存在は、カナリアの居る小屋へと向かうのであった。
* * * * * * * * * *
管理者がそこを選んだ理由はわからない。
単に研究の為に作りを頑丈にしていたせいで、管理する人がいなくても、冬の間を何という事無く過ごす事が出来たせいかもしれない。
シャハボたちが向かった先、管理者が選んだその場所は、元はシェーヴが研究に使っていた建物であった。
外から見ても中に入ってからも、確かに建物の破損自体は少なく、すきま風すらも入る様子もない。
そして、一階にある資料台として使っていた大きなテーブルの上に、石板と一緒にカナリアは寝かされていた。
部屋に入るや否や、管理者に促されるままにシャハボは室内を飛び、一目散に愛し子の元に向かう。
元々着ていた服ではない、生成りの生地で出来た簡素な服を纏ったカナリアは、一見すると何も傷んだ様子はない。
「ああ、嘘みたいに綺麗だ。体の方には何一つ傷はついていないんだ」
それは管理者も認めていた。
服の裾から見える手足には確かに傷一つさえなく、腐った様子などもない綺麗なままである。
「顔なんてまるで眠っているようだね」
カナリアの目は穏やかに閉じられていた。
長かった髪こそ切られていたが、その顔は本当に寝ているようで、静かな表情をたたえている。
すぐにでも目を覚ましそうな、目を覚まして、傍らに置いてある石板を持って、【おはよう】とばかりに眠気まなこを向けてきそうなその顔は、口は、息をしていない。
頭と胴は同じ直線上に据えられてはいたものの、それらは首の真ん中で切断されたままであった。
「まさかね、[カナリア]が動くように作られているとは思ってもいなかったよ」
呟くように言った管理者は、金属で出来た手でカナリアの顔を撫でていた。
「十一番目のカナリアは噂程度には聞いていたけれど、単に強いだけだと思っていた。
まさか本当に[カナリア]だったとはね」
『……言うな』
「君の本当の役割は、」
『言うなと言っている!!』
管理者は、シャハボの強い言葉によって口を閉ざす。
代わりに管理者が彼に向けたのは視線のみ。
「まぁいいよ。それは私には関係ない話だからね」
そう返した管理者は、直後に深くため息をつくような仕草をとっていた。
息をつく必要も無いのに見せるその仕草は、とても人臭く、それ故にシャハボの目には強く違和感として映る事になる。
それが意図した事なのかはわからないが、一時でも激昂しかけた彼の頭は、すぐに冷まされていた。
それから二周三周と飛んだシャハボは、ゆっくりとカナリアの横たわるテーブルの上に着地する。
シャハボは、行動こそ落ち着きを取り戻したように見せていた。
しかし、彼は、少しは頭を冷やしたにも関わらず、自らが冷静で無い事を理解していた。
抑えようとしても、どうすればいい、どうにかしなければと心ははやるのだ。
道具である己に心があるものか、などと揶揄して自らを抑えようとするも、はやる心が収まることは無い。
そんな心のままに思考は最悪を予期し続け、場は予測をなぞる。
「私はここまで彼女を運んできた。けれど、私では彼女を再起動できなかったんだ。
君なら、出来るかい?」
管理者の質問に、シャハボは首を横に振っていた。
『……わからない』
続けて口からひねり出した言葉は、出来る出来ないや可能性すらも見せない、不明瞭な回答である。
「やってみるかい?
もちろん邪魔はしない。邪魔になるのならば、少しの間外していてもいい」
二つ目の質問には、彼はすぐに返答を返す事が出来ないでいた。
シャハボは考える。
管理者はどこまでを知ったのだろうかと。
既に知れている事は多いだろう。
と言うよりも、管理者もやる事はやってしまっているのだ。
本人にさえ秘密にしていたカナリアの素性は、明らかになってしまっていると思っていいだろう。
誰に対しても隠し通さなければいけない事であった。
しかし、この状況下において、もう既に秘密が秘密で無くなっているのであれば、シャハボにとって行動する事への迷いは不要になる。
ただ、それでも、彼は迷う。
他の理由があるからこそ、彼は迷う。
今シャハボが考える事は、カナリアの事のみ。
管理者など捨て置いて、彼はカナリアの事を考える。
いずれにしろ、何をどう考えようとも、最後に下す言葉は了承しかないとわかっていても。
『ああ。やるさ。お前はここに居てもいい。顛末を見届けるがいい』
そう言った後、シャハボは自らの嘴でカナリアの石板を持ちあげ、引きずり、なんとか彼女の胸の上に載せていた。
石板の上に立った彼は、一つの魔法を紡ぐ。
彼の魔道具としての機能の中でも、最も古いものの一つであり、最も使用頻度の少ない魔法。
それは、人に対して使う事は無く、人ならざる
『《
一本だけ残されたシャハボの足から彼の魔力が石板に伝わり、それを介して魔力はカナリアの全身に行きわたる。
シャハボが秘していたカナリアの素性。
それは、彼女が人間ではなく、
よって、本来ならばその魔法で賦活されるはずのカナリアの体であったが、魔力が通った後も動くことは無い。
『《
一度でダメならと発動させた二度目の魔法は、一度目よりもより多くの魔力を使っていた。
過度の魔力によって、石板が強く発光したにも関わらず、やはりカナリアが動く様子はない。
そして、シャハボは三度目の再起動を試す。
『《
消耗度外視ともいえる多量の魔力を使った三度目の魔法は、カナリアの体を一度は跳ねさせていた。
しかし、息が戻るでもなく、首が繋がるでもなく、そのままカナリアは永遠の静寂に戻る。
四度目は流石になく、シャハボは石板の上にうずくまってしまう。
「……時間が経ちすぎているんだろう?」
管理者が掛けた言葉は、現実の再認ではなく、その理由であった。
失敗した事は互いが目にしている。それを言わなかったのは、シャハボへの配慮なのか、別の配慮なのか。
ただ、暗雲たる気持ちのままにシャハボは頷く。
『……そうだ。
こちらから呼びかけても、リアの方に応えるだけの魔力が残っていない』
彼は嘘偽りを言う事はない。
事実は事実のままに口にする。
彼は迷っていた。《
最初からそんな気がしていたのだ。
死にたてならばともかく、時が経った今ではもう遅いのではないかと。
結果を見てしまえば、認めざるを得なくなる。だからこそ、迷っていたのだ。
そして今、シャハボは自らの相棒が蘇らないと明言してしまっていた。
「そうか……
君ならばと少し期待はしていたんだけれどね。
たとえば、フーポーと私は別の存在ではあるけれど、根源は同一なんだ。
だから、しばらく離れていて別個体のようになってしまっていても、互いを合わせたり、賦活する事は出来たりする。
同じことが出来ればとは思っていたんだけれど……」
『……クソっ、クソっクソっクソっクソっ!!!!』
管理者が話している途中から、シャハボは怨嗟の声を上げ始めていた。
もはや彼の耳には管理者の言葉は届かない。
自らの失態と嘆き、戻らない相棒の事を想い、さらに嘆く。
『クソックソックソックソッ!!!!』
壊れてしまったかのような同じ言葉の羅列を余所に、管理者は少しだけシャハボから距離を置いていた。
変わらない様子を確認した後、管理者は部屋の隅に置いてあった別の小さなテーブルの所に移動し、あるものを拾い上げてから、そのテーブルを叩き割る。
この管理者が見せた初めての暴力。
ドンという音と共に壊れたテーブルは、自失していたシャハボを現実に引き戻していた。
そして、シャハボが管理者に目を向けた時を見計らって、それはこう切り出したのだった。
「さて、ここで君に大切な話がある。
と言うよりも、私にとっての目的でもあるのだけれどね」
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