第143話 アン 【3/3】
カナリアがアンにウフの村で起こったことの顛末を説明するには、しばしの時間が必要であった。
朝日が昇り始める頃までに、カナリアは自分の知る限りの事を伝えきる。
女騎士クレデューリとの経緯、シェーヴとの出会い、ウフの村と組織の施設の事、管理者、組織の敵とクレデューリとの戦い。そして、戦いで傷ついた自らが長く眠っていた事も。
カナリアは真実を、自身が死んでいた事を知らない。よって、それは、昏睡していたようにアンに説明をしていたのだった。
真実を知るシャハボは何も告げず、カナリアの話を見守るのみ。
話が終わった後で、アンはその口を開く。
「色々な事件があった事はわかりました。
シャハボさんについてですが、直すこと自体は可能である。けれども、その素材、ルアケティマイトスでしたか、それが無いから修復が出来ず、素材を求めるために組織に戻りたいというのですね」
要点だけを簡素にまとめ上げたアンの言葉に、カナリアは頷き返す。
ここまで、長々と説明をしている間も、カナリアは相変わらずではあるが表情を変えることはなかった。
自身に起こった事でさえも、事実をただそのままに伝えるかのように、石板にて淡々と言葉を映し続けていたのだ。
聞き手に回ったアンも、そんなカナリアの説明を端々まで漏らさずに聞いて、いや、見ていた。
元々カナリアの説明は端的であり、わかりやすくもあるのだが、必要な情報以外を伝えることはしないのだ。それを理解するアンは、行間から、変わらない雰囲気から、可能な限り情報を読み解こうとする。
アンはカナリアと顔を合わせていた。
無表情面のカナリアをアンはじっと見る。
じっと見続けて、一度だけ頷いた後でアンは表情をやわらげた。
そして、慈愛の眼差しともとれるような、暖かな表情を携えたまま、アンはカナリアに語り掛ける。
「本当にカナリアさんは」
【何?】
「お変わりなくカナリアさんですのね」
【どういうこと?】
「言葉の通りですわ。いえ、そうですね。
こんな私を頼っていただけることを、嬉しく思ったまでのことですよ」
クスリと笑うアンの仕草は、まごうこと無く優しい女性のそれであった。
カナリアはアンの言い分を言葉以上には理解できず、無表情のまま向かい合う。
年端や容姿は違えど、姉と妹の、もしくは母親と子の関係の様な感情を抱いて、アンは言葉を続ける。
「まずはその本を数日お借りする事はできますか?」
カナリアはすぐに頷き、アンはテーブルの上にある本を手元に寄せた。
「ええ、では、調べてみる事にいたします」
表紙を少しだけ撫でた彼女は、小さく頷いた後、やおら表情を変えて真剣な面持ちでカナリアと向き合う。
「今お伝え出来るところでですが、先程も申し上げましたが、私は[組織]に関する情報を持ち合わせてはおりません。
それに加えて、ルアケティマイトスなる素材に関しても、全く存じておりません」
カナリアは、アンの言うことが単なる情報の再認ではないと理解していた。
その証拠に、アンは「ですが」とすぐに言葉を続ける。
「本に挟まっていた栞にあった模様は、私の持っている暗部で使っている暗号に類似しているのです。
全く同じという訳ではなく、古い型の暗号か、組み合わせの類だと思うので、少々お時間は頂く事になりますが、きっと何かの情報は読みだせると思います。
組織の情報、本の暗号の解読に関する手がかり、その他にも可能性はあります。
無論、読めたところで、決定的な情報が無い可能性も十分にありますが、カナリアさんからの直々の依頼ですからね、調べてみる価値はあるかと思っています」
アンの言葉は、カナリアの求めていた回答そのものであった。
カナリアにとっても、可能性の多寡は気にはしていない。正直に言えば、必要な情報が得られる可能性は低いと自身も思っているからだ。
ただ、一縷の望みとしては手を伸ばすに値すると思うが故に、彼女は石板にてそれを聞く。
【時間はどのくらいかかる?】
「栞の解読だけならば一日で十分でしょう。
もしそれがその本の暗号の解読手段であれば、全文を解読するにはもう少し時間が必要になるかと。
何はともあれ、明日の朝までにご一報を持ってきます。
今日の昼間は所用がいくつかありますが、夜は十分に時間がありますからね」
アンの言葉は、彼女が寝ずに夜通し作業をすることを意味していた。
しかし、やれると言った以上、カナリアはその言葉を信じ頷く。
【じゃあ、お願いするね】
「ええ、喜んで」
これで、ここでの二人の会話は終わったのだった。
* * * * * * * * * *
アンとの会話が終わった後、日の昇る中カナリアはようやく寝についていた。
溜まりに溜まった飲み会の疲れを癒すために寝る。そうであることは間違いないのだが、兎にも角にもカナリアは良く寝ていた。
夕方ごろに、カナリアの様子を見に来た宿の主人と、少しだけ起きて応対した以外はぐっすりである。
その時に用意して貰った軽めの夕食と水は、手を付けられないままにテーブルの上に放置され、次の日の朝を迎える。
再度カナリアが起きたのは、またも日の昇る前の時間に、建物に入ろうとするアンの気配を感じた瞬間であった。
宿の主人に話は通してあるのか、ノックも無くカナリアの部屋に入って来たアンは、扉を開けるなりにこやかに挨拶する。
「おはようございます。良くお休みになられましたか?」
彼女の装いは変わらずこざっぱりとしたものであった。動きやすいように男装でまとめ、赤みの入った髪の毛はうなじのあたりで紐で結ばれている。
見る人に対し、女である事よりも商売人を意識させる。そういった格好であるのは間違いない。
だが、彼女の胸は大きく、腰回りは絞られおり、その上で再度膨らみを見せる臀部や、続くしなやかな足への流れは、色艶のある女性である事を全く隠せてはいなかった。
それに対するカナリアは、凹凸がまったく、いや、少ない自分の体の事を気にかけることは無い。
それ以前に彼女は、下着姿のまま、客人が来たというのにベッドの上からまだ出ていない状態であった。
誰が来たのか目視でも確認したカナリアは、枕元に置いておいた石板を取り、《
【寝たけれど、まだ疲れている】
カナリアは石板を片手で持ちながら、反対の手を伸ばしてシャハボを招いて、身に寄せてから頬ずりしてシャハボ分を補充していた。
『うちの姫様はこの通り、珍しく寝起きが悪いそうだ』
アンに向かってそう言ったシャハボは、カナリアにしっかりと掴まれたままであった。
「そうですか。では、時間を改めましょうか?」
【大丈夫。でも、ちょっと待って】
そして、そのちょっとはちょっと以上に長く、人前でややしばしシャハボ分を補充してから、ようやくカナリアはベッドから這い出て適当に服を着たのだった。
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