第135話 再起動 【4/4】

 フーポーが去ったのを確認したシャハボは、改めて石板をカナリアの胸に置きなおす。

 服の上からでもわかるその平らな胸は未だに動いてはいない。

 しかし、彼はそれが動くのだろうと予期出来ていた。


 それでも心配事はまだある。

 再起動、いや、蘇生出来たとしても、長期間死んでいた事に変わりはないのだ。

 カナリアの全てが無事である保証はない。


 シャハボは知っている。

 カナリアは、蘇生する度に少しずつ記憶が失われる事を。


 仕方のない話である事もわかっている。

 《再起動ル゛ディマリ゛》には相応の魔力を使うのだし、日常の生活からはそれに必要な魔力を補充する事は不可能なのだから。

 そもそも、蘇生出来る時点で普通ではないのだ。


 今回の事でカナリアがどの程度失われてしまうのか、彼とっては想像する事さえ苦痛であった。

 それでも、やる事は変わらない。やらなくてはいけないのだ。

 それがシャハボに課された役割でもあるのだから。


 役割である以上、意を決めるのに時間は掛からず、彼は石板の上に乗り改めて魔法を使ったのである。



再起動ル゛ディマリ゛



 一本だけ残ったシャハボの足から、彼の魔力が石板を通してカナリアの体に行きわたる。

 肉体の賦活。

 それは、慣れ親しんだ彼の魔力で叩いて起こすだけの事であった。


 カナリアの胸はすぐに上下運動を始め、呼吸を再開させる。

 呼吸の度に揺れ動く石板からシャハボは降り、それに書かれた言葉を彼は注視する。


 ここからが、彼にとっての正念場であった。


【Redémarrage】


【Je suis un cadre humanoïde construit dans le Canari. No. 11.】


【Vérification des fonctionnalités.】


 石板の上には古き言葉が流れていた。

 シャハボにもほとんどわからない、古き言葉としか認識できない言葉は続き、最後にそれは彼の読める言葉へと切り替わる。


【再起動完了しました】


【私は十一番目のカナリア。

 おはよう、私の相棒であるシャハボ】


 カナリアの目はゆっくりとだが開かれていた。


 けれども、そんなカナリアの顔を見る前に、石板を凝視したままのシャハボは愕然とする。


『違う!!』


 ひときわ大きな叫びと共に、彼はその首を横に振る。


『お前はカナリアじゃない!!』


 思い願っていた大切な存在の復活を、彼は真っ向から否定する。

 そして、否定された方は、彼に事実を告げる。


【いいえ、私はカナリアです。そしてあなたはシャハボだ】


『違う!

 

 起きて俺の名前を言え!!』


 シャハボは望みを叫ぶ。


 カナリアは目を閉じた。

 瞑目する事しばし。その間、彼女には何も変化はなかった。

 ただずっと、胸の上にある石板に意味を成さない模様が浮かぶだけで。


 しかし、改めて目を開けた時、彼女の何かが変わっていた。

 動く事はままならず、彼女が手で石板を持つことは出来なかった。

 けれども、新しく石板の上に言葉が書かれる。


【おはよう、ハボン。あと、ごめんなさい】


 彼女は彼をハボンと呼んだ。

 謝罪なんてどうでもよくて、それだけが彼を心の底から喜ばせていた。


『リア、リアなんだな? 間違いなくリアなんだな?』


【そうよ、ハボン。

 私は私。あなたは私の大切なハボン】


 カナリアはようやっとといった体で腕を持ち上げ、傍に居るシャハボを撫でようとする。


【ごめんなさい。まだ体がちゃんと動かない】


『いい、大丈夫だ。無事ならいい』


【私は大丈夫。ああでも、《意識接続コネクション・コンションス》の繫がりが切れている】


『いい、それは後でいい。今は無理するな、動けるまで休んでいい。

 いいんだ。今は休め。

 でも、本当に良かった……』


 シャハボの声は安堵と共に小さく消えていく。


【ごめんね。あと、ありがとう】


 この場で彼女が出来た事は、そんなシャハボを少しだけ触るのみであった。


* * * * * * * * * *


 それから数日の間、カナリアは殆ど動くことが出来なかった。

 管理者フーポーは気を利かせて食べ物や日用品などを用意していたのだが、手助けできるのがシャハボしかいない関係上、カナリアの飲食は最低限であった。

 そのせいか生理現象はほとんど無く、ただ彼女は長い睡眠と少しの覚醒を繰り返す。


 けれども、ヒトとしての生命維持活動の少なさに心配を募らせるシャハボをよそに、ただ寝るだけのカナリアは日ごとに血色が良くなっていた。



【もう、大丈夫。体は少し重いけれど、動けるようになったと思う。

 後は動かして慣らした方が良い】


 何日経ったかシャハボは記憶していなかったが、カナリアが自ら石板を持って見せたのは、日が差して春の温かさが感じられるようになったある朝の事であった。


『本当に、もう大丈夫なのか?』


【うん。体は動く。あとは、何か食べたいぐらい】


 食事の事に気が向くようになった事を、シャハボは心底喜んでみせる。


『ああ、食べ物ならある。その……俺は作ってやれないが、作れるなら作って食え。

 ああ、なんだ、いきなりは食べ過ぎるなよ?

 しばらく食べていないから下手に喰い過ぎると吐くぞ』


 シャハボの言葉は、こういう時はとても優しい。

 それを思い出して、カナリアは柔らかく彼に微笑みかける。


 ああ、いつものハボンなんだなと思いながら。


 彼女はシャハボの事を大切に思っている。シャハボが彼女に色々な事を教えてくれたのだ。魔法も、処世術も、生きる事も。


【ねぇ、ハボン?】


 カナリアは、ゆっくりと彼に愛称で語り掛ける。


『なんだ、リア?』


【私ね、一つ聞きたい事があるの】


『なんだ?』





【教えて、ハボン。カナリアって、何?】





 二章 【それは、秘されたモノを探す物語】 完


 三章 【それは、自らを探す物語】 へと続く

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