第145話 行先 【2/4】

『よくそんなものがあったな』


「まさに。私もそう思いましたよ。

 ゴーリキー商会の暗部は古くから存在するとは聞いていましたが、そんな情報まで持っているとは思ってもいませんでした」


 シャハボの言葉に同意しながら、自らも驚いたようにアンは答える。

 今さらアンの仕草を気にする二人ではない。カナリアたちは、そこに潜む裏など何も気にせずに、言葉の意味だけを直接解釈していた。

 そもそも、そんな古い地図が現存していたことすらも不思議な話なのだ。ましてそれが都合よくアンの手元にあるなど、普通に考えたなら何かあって然るべきではあることなのだが、それをすら問う事はしなかった。


 かわりに、カナリアの手だけがゆっくりと頭上のシャハボに伸びる。

 二人の間には、以前のように、離れていても会話のできる《意識接続コネクション・コンションス》の繋がりは無くなっていた。だからこそ、無言の意思交換には触れ合う必要があるのだ

 愛情をこめて撫でる仕草の裏で、二人は意を交わし合う。


 とはいえども、議論があるわけでもなく、結論は同じ。

 アンは、ことはかりごとに関しては、カナリア達をしのぐと二人は評していた。必要があれば、情報も材料もなんでも手に入れるだろう。

 過程を詮索するのは無駄。仕事は信頼できる。だから、結果だけ聞けば良いというのが二人の結論であった。


 アンも聡く、カナリアたちの様子からその会話を推測していた。

 情報源は秘密ですとばかりに、しーっと指を立てて口を塞ぎ、やや可愛らしささえ出した仕草を見せてから、彼女は話を続けた。


「昔の地図で場所を確認した後、今の新しい地図に照らし合わせたところで、出てきたのが獣人国の王宮だった、ということです。

 あまりにも場所が出来過ぎていましたからね。こちらの方が真だと判断いたしました」


 カナリアは一旦それに頷いていた。けれども、聞かなければいけないところは多く、それをすぐに代弁したのはシャハボであった。


『もう一度聞くが、それが偽情報である可能性は?

 なんらかの罠の可能性もあるだろう?』


「あります」


 即答で返された言葉に、シャハボは『ケッ』と罵り吐く。


「ただし、ご存じかと思いますが、ウールー獣人国は、ルイン王国と仲が良くないのです。

 両国は昔から相互不可侵を取り決めていますが、それどころか、交流さえ禁じているのです。

 断交はとても厳格で、あの悪名高きゴーリキー商会といえども、おいそれとウールー相手には商売の手が出せていなかったぐらいです」


 カナリアは頷くことなく言葉に耳を傾ける。そして、話を続けるアンの目は、穏やかでこそあったが真剣さが潜んでいた。


「恥ずかしい話ですが、ウールー獣人国については、今の私の手の内からも、ほとんど情報がありません。

 ですので、カナリアさんの[組織]なるところの出所が、獣人国であるという可能性は捨てきれないと判断しました。

 情報が無いのでどちらとも言えないというのが実際ではあるのですが」


『ケッ、前の時と同じじゃねぇか』


 シャハボの言葉にアンは素直に頷く。

 「情報が無いが故に、正しい可能性が高い」というのは、タキーノで依頼の報酬を貰った際にもあったやりとりであった。

 しかし、今回はちょっと違う。頷いた直後に彼女が見せたのは、とても澄んだ笑顔。透き通った表情の底に、どす黒い思惑がはっきりと見える笑顔であった。


「ええ。では、ここで一つ、私からもお聞きしましょう。

 シャハボさん。[組織]とウールー獣人国に繋がりはありますか?」


 その言葉に、カナリアがびくりと動いた。

 質問されたシャハボは言葉を返さぬまま、少しの時間が過ぎる。


 それがどういう事なのかを全員が判断したところで、動いたのはカナリアであった。


【多分、直接は関係ないと思う】


「ほう、それは何故ですか?」


【私がウールー獣人国に行った事が無いのと、一番の理由は、獣人は私たちが守る人から外れているから】


 カナリアの言葉に、今度はアンが反応する。

 ただし、アンが質問を返すまでも無く、続きを話したのはシャハボであった。


『俺たちの目的は、人間に仇成すであろう怪物モンスターの存在を、世間に知られる前に抹消することだ。

 その人間というくくりに、人間、エルフなどの亜人までは入るが、獣人は入らない。

 奴らは……』


 歯切れ悪く一旦言葉が途切れた後、彼は頭を振ってからこう言葉を〆た。


『奴らは、獣だ』


 「ふむ」と頷くアンは、カナリアの石板にこっそりと浮かんだ、【どういうこと?】という言葉を見逃してはいない。

 だから、アンは素直にカナリアに尋ねる。


「その言葉を聞いて、カナリアさんはどう思われますか?」


【わからない】


 珍しくあるが、カナリアは少しだけ目を伏せてから石板に言葉を浮かべる。


【昔、シャハボから同じことを聞いた。

 私はその時どうも思わなかったけれど、今は何かがおかしい気がする。

 でも、私は獣人を見たことが無いから、判断できない】


「ふむ、ふむ。

 解釈をつけるならば、獣人は人と獣の合いの個である。獣でもあるから、人ではない。ですかね。

 そうであれば、今この場ではその理由は関係が無さそうです。

 見た目の違い、出生の違い、言葉の違い、崇める主神の違い。何かに差異があれば、理由なんてものはいくらでも成り立ちましょう。

 気にするべきはやはり、カナリアさんが覚えたその違和感ですね」


 アンの言葉は、誰かに聞かせるというよりは、口に出す事で自らの考えを整理するようであった。

 言い切った彼女の顔には、普段通りの優しい表情が浮かび、ゆっくりと自らの決を口にする。


「口から吐いた言葉に真実しかなくても、それは一端に過ぎないということはままあります。

 一端では正しくても、全体を見た場合にそれが全て正しいという保証はないのです。

 理に合わない話ではありますが、疑念が深いときに信じるべきは、勘です。経験を元にして手繰り寄せた、一見不合理な閃きです。

 違和感があるのであれば、勘を信じるべきでしょう。

 やはり、私はカナリアさんの属する組織が、ウールー獣人国と何らかの繋がりがあると推測します。

 危険は承知の上で、行く意味はあるかと」


 アンの提案に素直に頷いたのはカナリアであった。

 彼女は石板を持ち換え、頭上に留まったままのシャハボに石板にて言葉を見せる。


【私はね、シャハボの事を信じている。

 今は言えない事がたくさんあったとしても、いつか言えるようになったら、ハボンはちゃんと答えてくれるから。

 だから、他に手がかりがないならウールーに行ってみようと思う】


 シャハボは頷いた。

 アンもその了承を見たあとで、カナリアの石板が向けられる。

 そこに浮かんだ言葉は、【アン、ウールーへの手引きはできる?】であった。


「少々お待ちを」


 用意周到なアンは、ここでカナリアを一旦止めた上で思案に入っていた。

 珍しく、本当に考え込んでいる様子のアンを前にして、石板から両手を外したカナリアは、その手を頭上にやり、シャハボをゆっくりと下ろして優しく抱きかかえる。

 伝える言葉は、【勝手に決めてごめんね】の言葉だけ。

 シャハボからの返事はなく、そのかわりに、カナリアの平らな胸の中で、彼はすんなりと甘える仕草を見せたのだった。

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