第116話 異   変 【1/4】

 幸せの窟の扉は音もなく閉じる。

 しっかりと閉じたのを確認した後で、カナリアはシャハボを撫でていた。


【私が斃した死体、綺麗に片付けられていたね】


『ああ』


【始末するの、ちょっと拙速だったかな】


『仕方ない。敵は始末する。それが俺たちの仕事だ』


 カナリアの方は無言のまま、シャハボは極力声を出さず彼女に耳打ちする。

 施設を出た所ではあったが、カナリアの足は帰路に向かおうとはしていなかった。


 扉の近くで止まったままの彼女は、頭ではすぐにここを離れた方がいいと理解していた。

 しかし、考える事は多く、更なる拙速は事態の悪化を招く可能性が高いと考えたが故に足は止まる。


【アプスは、管理者の事を彼女と言ったね】


『ああ』


【きっと村の誰かだよね? 私が会ったと思う?】


『わからん。可能性はあるとは思うが』


【村の人たちはみんな人間だった。代替わりして今の管理者が女の人なのかな?】


 カナリアは村に居る間に、幾度となく《生命感知サンス・ドレヴィ》を使い、そこに居る人間の全てが人間としての反応がある事を確認していた。


『かもな。それよりも、リアの懸念は始末したアレのことだろう?』


 迂遠を許さないシャハボの言葉に、カナリアはゆっくりと頷く。

 彼の言うアレとは、カナリアの始末した、そして今は跡形もなく片付けられた存在のことである。

 組織の敵が、組織の施設に居た。そして、それは管理者のお気に入りだと言う事実が、彼女にとっての大きな懸念であった。


【お気に入りを壊しちゃったんだよね。管理者に敵対行動を取ったと思われたくはないのだけれど、どう説明しようかな?】


 当たり障りのないようにカナリアはシャハボに告げるが、それはあくまで相手が友好的であった場合の話である。


『人だったらまだマシだろうな。

 エルフなり、長命な種族が管理者であれば五分五分以下だろう。あいつらは頭が固い事が多いからな。

 一番まずいのは、管理者が既に道を踏み外している場合だな。そうであれば、話し合う以前に全面的にやり合うしか無いだろうな』


【可能性、どれもあるよね】


『ああ。材料が材料だけに、絞るのは難しいな』


 カナリアもシャハボも、考える事は同じであった。

 明確な理由はわからないが、組織の敵になる存在が組織の施設を管理していたのだ。

 であれば、それを使役する存在はいかなるものか。


 考え得る一つは、シェーヴより優れた魔道具作成者が居て、禁忌だと知りつつも長期の管理の為に、人間に変化の秘石ピレスクレ・ドラ・トランスフォマションを植えこんで管理の補佐をさせていたという推測。

 これであれば、今の管理者が人間であれ、他種族であれ、わかりやすく理解できる理由になる。


 もう一つは、どこかの時点で組織の敵がこの村と幸せの窟に侵入しており、ここを生活の拠点か、存在を増やすための隠れ蓑にしているという推測である。

 こちらの場合も無くは無い話であった。それは、過去にカナリアが組織から受けた依頼の中に、そのような相手のせん滅という事があったからである。


 カナリアは最初に楽観をシャハボに伝えたものの、彼女の直感は多大な苦難の方に大きく警鐘を鳴らす。

 そして、その中で、再度違和感の元になるのが、シェーヴの存在であった。


【シェーヴが実は女で、全てを操っていた?】


 カナリアの突拍子もない話に、シャハボは身じろぎする。


『あいつは男だ。そんなことは無いだろう』


 彼は即答するも、一拍置いた後に再度口を開く。


『……外見を偽る事は不可能ではない。やってやれない話ではないが、難易度は高いぞ。

 だとしてもだ。あいつの言動は全て偽りだったというのか? 俺にはそうは思えない。

 あの不格好が偽りだったとしたら、相当なやり手になるぞ』


 シャハボは珍しくハッキリと自分の意見を言い、否定の意を表していた。

 カナリアとて、それに心情としては同意する。しかし、嚙み合わない事実は多い。


【私も彼の言葉が嘘だとは思わない。

 でも、だとしたら、どうして彼が変化の秘石ピレスクレ・ドラ・トランスフォマションを研究していて、同じものがここにあるって話がわからなくなるよね。

 それに、やっぱり、シェーヴが村の輪に入っていないのもおかしい】


 カナリアの言葉にシャハボは頷く。


『ああ。おかしいのは間違いない。

 俺はシェーヴが管理者ではないと思っているが、管理者とは何らかの関りがあるとは睨んでいる。

 それ以上は、今はわからん。

 このままだと出た所勝負になる可能性があるが、管理者の張っている策が板切れ一枚でないのは確かだな。

 相応に、管理者の懐は深いと見た方がいいだろうな』


 互いに読み切れない先であることを確認した、その直後であった。


 微動。と言えるか言えないか程度の異変を感じたカナリアは、即座に《魔力感知サンス・ドマジック》を使用する。

 微かに感じる魔力は、幸せの窟の内部から出て、まっすぐにふもとに流れていく。


 魔力の流れる先にあるのは、ウフの村。


【アプスは、防衛機能を再起動させるって言ってたね】


『それが何か確認するべきだったな』


【そうだね。どうしようかな】


 カナリアはシャハボと会話しながら、背負いなおしたリュックの紐や、装具の確認をする。


【とりあえず、シェーヴと合流して、最低限彼とフーポーだけは安全を確保しないといけないかな】


 彼女は、腰のケースに差してあるナイフと、もはや愛用となった手杖の『小鳥の宿木ギー・ドワゾゥ』の具合は特に念入りにおこなっていた。

 ナイフは一旦引き抜いて手に持ったものの、不意の遭遇時に、相手に威嚇と思われてはまずいと思い再度仕舞う。


【シェーヴ達が村の中に居なくてよかった。うまくいけば、事を荒立てずに連れ出せる】


『そうだな。あと、クレデューリはどうする?』


【彼女は……うん、余力があれば助ける。少なくとも今はシェーヴを守っているだろうし、そのぐらいはね】


『そうだな』


 カナリアの中で、優先順位は明確であった。

 問題が起きた時には、シェーヴを救う事が一番になる。二番目は、シェーヴに恩を売れるからという理由でフーポー。最後にクレデューリである。


 何事も起きなければ、もしくは、たいしたことが無い相手であれば、考える必要のない事であった。

 だがしかし、この場でカナリアに慢心をする余裕はない。何かがあって然るべきであり、最悪、組織の敵と立ちまわる必要が出てくるかもしれないのだ。

 取捨選択の基準を前もって決めておくことは、そうなった場合の為に必要なことであった。


 要事は考える暇を与えず、行動を急がせる。

 状況に押されたカナリアは、最低限の対応を決めた後にゆっくりと山道を下り始めていた。

 歩くさなか、先んじて状況を知る必要はあったのだが、《生命感知サンス・ドレヴィ》と《魔力感知サンス・ドマジック》、それぞれの魔法は、逆探知を警戒して極力使う事はなかった。

 使うとしても弱く短く、あくまで最低限の警戒のみに留める。


 幸せの窟と村の半分ぐらいまで歩いた所だろうか、そこに来てカナリアはある気配を察知していた。

 それは、村の方から山道を登ってこようとする、やや息も切らしながら早く歩こうとする人間の気配。


 警戒を続けるカナリアの前に現れたのは、クレデューリと、彼女に手を引かれたフーポーであった。

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