第8話 イザック・オジモヴ 【2/3】

 深夜、と言うにはまだ早く、カナリアが寝付いてから幾分もしない時間に、彼女は目を開いた。


『リア。馬車だ。速いぞ』


 シャハボが起こす必要も無く、カナリアは目が覚めていた。

 無言のまま《夜視ヴィジョンノクチュアン》を発動し、草藪の中からちょっとだけ頭を出して街道を覗き見る。

 《生命感知サンス・ドレヴィ》で調べれば早いのだが、カナリアは《生命感知サンス・ドレヴィ》の際に放つ魔力の波動を、《魔力感知サンス・ドマジック》で逆探知される可能性を考えて、魔力の反応を抑えれる《夜視ヴィジョンノクチュアン》の方を選択した。

 視界にはまだ映らないが、近くに来ればいずれ見られるようになるだろう。


【シャハボ、相手の情報は?】


 肩に止まったシャハボにカナリアは指で語りかける。


『二頭立ての荷馬車。御者が一人だけ。この時刻にもかかわらず、昼間並みの速度で走っている』


【何かに追われている?】


『いや、一人だった。他には居なさそうだ』


 シャハボは世にも珍しい喋るカナリアの形をしたゴーレムだが、当然ながらそれだけではなく幾つかの魔道具としての能力も持っていた。

 その一つが《生命感知サンス・ドレヴィ》に近しい《感知サンス》の能力である。

 シャハボの持つ能力は珍しい物や高度なものは少ないが、その代わりに、探知発見されにくいという特徴を持っていた。

 それ故に、こういった時には、カナリアはシャハボに対して万全の信頼を寄せている。


【私への追っ手?】


『それはありえないな。来る方向はタキーノの逆だ。それに荷馬車で一人の追っ手なんて、逆に襲って下さいと言っているようなものだ』


【じゃあ、急使? 密使? それらの類の可能性は?】


『その可能性の方が高そうだ』


 シャハボとの会話で頷いたカナリアは、静かにまた草葺きの寝床に戻る。


【静かにしているから、後よろしくね】


『ああ』


 カナリアは目を瞑って再度寝に入る。

 カナリアとシャハボが目測をつけた、密使や急使なる存在は基本的にはカナリア達に害を及ぼす存在ではない。だが、経験則上、カナリア達は知っている。彼らに見つかると厄介だと言う事に。


 どうしてかは逆の立場で考えれば一目瞭然だ。危険を承知で夜も馬車を飛ばしている所に、横合いから一人の冒険者の風体をした人間が出て来たらどう思うだろうか?

 最低でも不審に思う事は間違いないだろう。少しでも頭で考える者ならば、その冒険者が囮で、囲まれていると思うかもしれない。

 そうなった場合どうするかと言えば、三つしか手段は無い。密使自らが戦いを挑んで来るか、特別な手段で仲間を呼ぶか、一目散に逃げるかだ。


 どれを取られてもカナリアには良いことは無い。だから、カナリアは無視して寝る事を選んでいた。

 見つからなければ問題は無いわけだし、何かあればシャハボが起こしてくれると信じて。


 半分虚ろになったカナリアの脳裏と耳に、近づく馬車の音が響いてくる。

 そして、コーン、コーンと、間の伸びたカウベルの音。


 コーン、コーン、コーン

 コーンコーン

 コンコンコン

 コンコンコンコンコン


 鳴り響くカウベルの音に、カナリアは跳ね起きた。即座に胸には石板を、左手には手杖を構える。

 明らかにそのカウベルの音は、カナリアに反応しているように聞こえたからだ。

 そして、カウベルの音が止まったと同じくして馬車も止まる。カナリアからほぼ最短の所の街道上で。


『子守歌にしちゃ、ちょっとうるさ過ぎないかね!』


 正体不明の相手に対して、先に口を開いたのはシャハボだった。


 《夜視ヴィジョンノクチュアン》を発動しているカナリアの目には、御者の姿が昼間と同じように目に入る。


「そこに居られるのは、カナリアさんで間違いないか?」


 そう言った御者は、カナリアが護衛任務で送ったはずの商人だった。


『間違いはない、と言ったらどうするんだ!』


 シャハボが叫び、カナリアは警戒を緩めない。


「カナリアさん、私です。

 先日護衛について頂いたイザックです、オジモヴ商会の。

 カナリアさんが困っていると聞いて文字通り飛んで来たのですよ」


 カナリアはちょっとだけ小首をかしげる。

 文字で会話するのはカナリアの方だし、彼は飛行魔法で飛んで来たわけでは無く、馬車で来た。


『そんなどうでもいい事は考えるな』


 とシャハボが小声で囁いた後、彼はまた声を大きくする。


『助けに来てくれたとしたらありがたいねぇ。だが、質問には答えてもらうぞ!

 夕方にタキーノを出たばかりの俺達の事を、なんで隣町に行ったお前が知っているんだ!』


「その指摘はごもっともです。ですが、情報をくれたのは元ギルドマスターのジョンです。

 クラス1の冒険者様と一悶着起こしてしまうかもしれない。何かあった場合、タキーノでは対応できない可能性が高いから、出来るだけ早くに手を打ってくれと、昨日の夜に早馬で連絡がありました。

 それから急いで必要だと思われるものを馬車に詰めてやってきたのです」


 ジョンの名前が、しかも相談役としてではなくて元ギルドマスターと説明されて出てきたことで、カナリア達は少しだけ警戒を緩める。

 彼の抜かりの無さならば可能性は高いと二人はすぐに感じていたからだ。


『それにしては、早すぎないか? 昨日の夜で今日だろう?』


 カナリアの疑問はシャハボがしっかりと聞いてくれる。


「ええ、だからこそ、私一人でこんな事をやっているのです。都合の良い護衛を調達する時間すら無かったですし、夜間まで馬車を飛ばす可能性があったので、危険すぎて店の者に頼む事すら出来ませんでした」


『……それはおかしいな。危険なのに、一商会の長が一人で来るってのはマズくないか?

 用意を手伝いこそすれ、ここまで来るのは別の人間にさせるべきだろう?』


「ええ、普通ならばそうすべきでしょう。普通ならば。相手がカナリアさんで無いならばね。

 そうですね、必要な事はハッキリとお伝えしましょう。まず、ジョンと私は若かりし頃からの親友でお互いを信頼する仲なのです。そして、この度の連絡はその旧知の仲からで、さらに緊急と言う事でした。困っている相手はクラス1という大英雄ともいえるべき冒険者であり、それが何という事か私の顔見知りでもあったのです。

 そんな状況下で、大英雄様の危機を救うなどという大仕事を他の人に任せるわけにいきましょうか?

 商才を持つものならば、絶対に自分でやりたいと思うはずです」


 イザックの言葉を聞いたシャハボは、カナリアの肩に止まって、鳥のカナリアよろしく嘴でカナリアの頬を突いた。

 問題は無さそうだと合図を送ったシャハボは再度声を出す。


『わかった。今そちらに行く。再度確認するが危険は無いな?』


「ありません。こちらはカナリアさんの助けに参ったのですから」


 夜や視界が届かない所では、カナリア自身の会話能力は大幅に制限される。よって、こういう時はほぼシャハボの独壇場だった。


 《灯りエクリアージ》を手杖の先に灯し、明るくしてからカナリアは街道に出る。

 御者台からは既にイザックが降りていてカナリアを待っていた。

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