第85話 駆逐戦 【4/4】

『この距離であの大きさか。結構でかいな』


 迫り来る岩巨人ロックゴーレムを目にした所で、やはりシャハボの口は軽かった。


「結構で済む大きさじゃないだろう!」

「あんな大きな相手、俺達だけで本当にやれるのか?」


 ゴスとガスは喚くが、どこかで怖気づいたのか言葉の中身に比例せず声量は大きくはない。


 故にか、戯言はカナリアの耳に届く事は無かった。

 彼女はゴス達の事などお構いなしに、のんびりとも言える調子を保ったまま、忘れていたとばかりに一旦手杖を腰の留め具に仕舞う。

 その後で、体の前面に下げている石板の鎖を首から外したカナリアは、両の手で石板を持ち、魔道具の機能を発動させてそれを目線の高さ程度の空中に設置する。


 何もない空中に石板を置く様は、僅かに他の面子の目を引いていた。

 けれども、すぐにその視線は刻一刻と近づく岩巨人ロックゴーレムに戻され、シャハボがそこに降り立った事など目に留める者はいない。


 誰も見ていない一瞬の間隙を突いて、ここぞとばかりにカナリアが行ったのは、石板に乗ったシャハボとの頬ずりであった。


 それは、彼女にとっての心の栄養補給。


 短時間でシャハボ分を補充したカナリアは、再度手杖を持ち直し、何事も無かったかのように岩巨人ロックゴーレムの方に歩み始める。

 時を同じくして、何食わぬ様に言葉を発したのはシャハボであった。


『爺さん。やれるのか? の答えはやれるだ。

 でもな、もう一つ言うなら、やれるのか? じゃなくて、やるんだよ

 一度やると決めたら、振り返るんじゃねぇ。間違って後悔するのは死んでからにしろ』


 口悪く囀る金属の小鳥の言い分に反論する者はいない。

 その中身は、芯の通った強者であれば当然の事なのだから。

 ゴスとガスを黙らせた後で、続けて彼はこう指示した。


『さて、クタン。魔法を使え。接敵までまだ少しだけ時間がある。

 その間に出来る限り精度を高めるんだ』


「はい」


 クタンは再度詠唱を行い、《魔力感知サンス・ドマジック》を発動させる。


『最初はただ眩しいだけに見えるだろうが、集中して光点を絞っていくんだ。

 集中力が切れたら一息ならついてもいい。だが、すぐに使い直せ。

 《魔力感知サンス・ドマジック》で、岩巨人ロックゴーレムの体内の一番輝く場所を見極めろ』


 魔法を使うクタンは無手であった。

 魔力の増幅器になる杖でもあればまた話は違うのだろうが、手に何も持たない彼は、シャハボの言葉に素直に従って深く集中していく。


 両腕を前に伸ばし、両手を重ね、体は自然に力を抜いて目を閉じる。


 楽な姿勢を取り、視覚を塞いで、魔力の感覚を鋭敏にするそのやり方は《魔力感知サンス・ドマジック》の精度を上げる為には良い方法であった。


 自分の世界に入ったクタンをかばうように、ゴスが静かに岩巨人ロックゴーレムとクタンの直線上に割り込み、ガスは同じように岩巨人ロックゴーレムとシャハボの間に入る。


 降りしきる雨は、全員の体を冷やし続けていた。

 クタンの体は慣れない《魔力感知サンス・ドマジック》の連続使用で震え始める。

 しかし、彼は魔法を止める事は無い。いくら慣れなかろうと、自らの役割を全うするために、集中を続けて深く深く岩巨人ロックゴーレムケァを探っていく。


 魔法を使うに当たって、詠唱前後に関わらず、集中する事で精度を高める事は基礎の基礎である。

 普段の実戦では、悠長に集中を続ける事など出来ようも無い。魔法を使う為に動きを止めていようものなら、間違いなく敵から狙われるからだ。

 けれども今の状況は違う。猶予は僅かなれど、クタンが魔法に集中するだけの時間は確保されている。


 お互いに歩み寄るカナリアと岩巨人ロックゴーレムの距離は次第に狭まっていく。

 カナリアにとってはゆっくりと、ゴスとガスにとってはじりじりと、クタンには飛ぶように。三者三様の時が過ぎ、カナリアがあともう少しで接敵しようという時点で、クタンはようやく口を開いたのだった。


「胴の真ん中付近……こちらから見て少し右寄りだと思います。そこが一番明るいです!」


 待ち望んでいた情報に、ゴスとガスは「おお!」と声を上げる。

 だが、返すシャハボの言葉は、感嘆ではなく叱咤の声であった。


『足りん! もう少し精度を上げろ! 真ん中の上か下か何か無いのか?

 奥行は? 表面か内部かぐらいわからんのか?』


「真ん中より少し上です。人間の心臓よりもやや下ぐらいだと。

 場所は間違いないですが、奥行まではまだ!

 もう少し時間を下さい!」


 クタンが返した直後であった。

 彼の《魔力感知サンス・ドマジック》は、その手前に岩巨人ロックゴーレムよりも大きな魔力を感知する。

 眩しさに驚いた彼は、その場に座り込んでしまっていた。


 魔法が途切れた事にクタン自身が気付く前に、シャハボは彼に声を掛ける。


『……十分だ。もう時間切れだよ』


 ゴスとガスの目はクタンにはなく、既に前方を凝視していた。

 二人に遅れてクタンが見たものは、岩巨人ロックゴーレムの間合いに入り、巨大な相手と対峙するカナリアの姿であった。


『カーナに情報は伝えた。後は、目をひん剥いて良く見ていろ』


 シャハボの言葉は彼らの耳を通り抜ける。

 言われずとも、全員の目は眼前の光景に釘付けになっていた。



* * * * * * * * * *



 対峙する岩巨人ロックゴーレムは、言われていた大きさよりもやや大きいとカナリアは感じていた。

 森の木々と比較すれば、頭だけではなく肩まで木の上に出るぐらいの大きさだろう。

 全身は黄土色の粗い岩石の様な物質で出来ており、腕は長めで人よりはやや猿に近い出来をしている。

 腕の先にある手も十分に巨大で、粗い岩の塊が連なっているだけのはずなのに、擦れる音もせずに器用に握ったり開いたりを繰り返す。


 その手は何も持ってはいない。しかし、何もなくとも、それは十二分に危険な武器であった。

 手は人や猿などの様に物を掴めるのだ。石でも倒木でもなんでもいい。中遠距離はもちろんの事、距離によっては、泥でさえ掴んで投げれば致傷を十分に与えられる武器になるだろう。

 近寄ろうものなら、殴る掴むなどは、どれでも致命傷になりえる行動であった。


 カナリアは岩巨人ロックゴーレムがどういう相手かを知っている。

 大きくて、強くて、頭も大概人並みには良い。

 だから、彼女は無造作に岩巨人ロックゴーレムに向かって歩き続ける。


 既に相手の投擲攻撃の間合いには入っていた。

 しかし、カナリアが小さいせいか、はたまたあまりにも警戒をしない自然体で歩いているせいか、岩巨人ロックゴーレムも手を出さずに歩み寄り、お互いがさらに距離を詰めていく。

 両者が動いたのは、岩巨人ロックゴーレムの手の届くギリギリの所になった瞬間であった。


 岩巨人ロックゴーレムはやや前屈みになって右の腕を大きく振り上げた。

 そこから繰り出される動作は、単なる払いのけに過ぎない。


 近くに虫がいるから叩いてしまおう。


 岩巨人ロックゴーレムにとってはその程度の攻撃であった。

 だが、その掌は小柄なカナリアよりも大きく、間違って直撃しようものなら、即死する事も十分にある。


 そんな緩くて致命的な一撃を岩巨人ロックゴーレムが準備した所で、対するカナリアは動く。

 無駄なく滑らかな動作で、順手に持った手杖を相手に向けたのだ。


風槌と壁ミューレマイエ・アヴォン


 初動は遅くとも、無詠唱のカナリアの魔法の方が発動は早かった。


 周囲には、ずしん、と低く重い音が鳴り響く。


 岩巨人ロックゴーレムの背中には風の壁が立てられ、衝撃で後ろに倒れられない状態になった所で、カナリアの風の槌がその胴体に叩きつけられた。

 風槌で叩かれた岩石の胴体には、僅かに亀裂が走り、割れた石片が下に落ちる。


 カナリアの見立てでは、岩巨人ロックゴーレムにそれほど損傷はない。

 だが、それにとっては慮外の攻撃だったのか、腕は振り上げられたまま、振り下ろされる気配はなかった。


 好機と見たカナリアは、右手を左腕に添え、改めて今度はしっかりと魔法を使う構えを取る。


風槌と壁・強化レンフォッセ・ミューレマイエ・アヴォン


 強化された二度目の魔法は、さらに力強くゴーレムの胴を叩いていた。


 音も一度目よりは大きい。


 亀裂が入っていた岩石にさらに強い衝撃を加えた為に、割れた石同士がさらにぶつかる事で、音と共に損壊も大きくなっていたのだ。

 小片とは言えない大きさの石が胴から零れ落ちる様は、生き物であれば肋骨が粉々に砕かれたようなものだろう。



『二発か。まぁ、《強化レンフォッセ》するぐらいには固かったな』


 遠くからカナリアとゴーレムの戯れを見るシャハボは、止まり木の石板の上でそう呟いていた。

 彼にとっては戯れだが、見る人によっては死闘に映るその光景は、まだ始まったばかりに過ぎない。


 岩巨人ロックゴーレムが腕を振り上げ、直後に低い打撃音と、大きな崩壊音が響いただけなのだ。

 たったそれだけの事なのに、ゴス達全員は息をする事も忘れ、シャハボの言葉も耳には届かず、ただその様子をひたすらに注視する。


 次に彼らが見たのは、振り上げられた岩巨人ロックゴーレムの右腕が、薙ぎ払うように勢いよく振り下ろされた光景であった。

 巨腕が薙ぎ払われた後、彼らの視界に映るのは、振り切った姿勢のまま固まる岩巨人ロックゴーレムの姿だけであった。

 この瞬間、彼らの視界からカナリアは消失する。


『あっけないな』


 呟くシャハボの言葉はやはり彼らの耳には入らなかった。



* * * * * * * * * *



 カナリアによる二度の《風槌と壁ミューレマイエ・アヴォン》によって、岩巨人ロックゴーレムの胴はほとんど破壊されていた。

 もう一回使えば胴を完全に破壊する事さえ可能だったろう。しかし、カナリアが無言のまま続けて使ったのは《魔力感知サンス・ドマジック》である。

 それによって、彼女は、胴の中に隠されているケァの位置を正確に見つけ出していた。


 急所を見つけてから、カナリアには一呼吸出来るだけの時間があった。

 間としてはあまり良くはない。息を吸う間があるならば、すんなりと見つけた急所を突きに行けたからからだ。

 待った理由はただ一つ。彼女は、岩巨人ロックゴーレムによる反撃を待っていた。


 それは、いつもの後の先を取る為ではない。

 カナリアが欲したのは、単なる覆いである。


 カナリアが一呼吸した後、二度の大きな衝撃からようやく回復したのか、それとも破れかぶれなのか、どちらにしろ岩巨人ロックゴーレムは眼前に居る小娘を全力で薙ぎ払おうとした。

 カナリアは、その攻撃を待っていた。


 既に大きく損傷を受けている岩巨人ロックゴーレムの攻撃など、カナリアにとって避ける事は造作もない事であった。

 彼女は岩巨人ロックゴーレムの懐に飛び込む事で攻撃を避け、そのままの速度でしっかりと詰めて飛び上がる。おあつらえ向きに前屈みになっていた岩巨人ロックゴーレムの胴は,ボロボロでがら空きであった。


 この瞬間、カナリアの姿は、岩巨人ロックゴーレムの腕に隠れてゴス達から見えなくなる。

 見られても別段問題があるわけでは無いが、自らの手の内は極力隠す。

 それが彼女のやり方であり、反撃を待っていた理由であった。


 ゴス達から見られない状態を作った上で、カナリアは手杖の『小鳥の宿木ギー・ドワゾゥ』に《空刃・纏クーペア・ポーティエ》を発動させて、発見していた岩巨人ロックゴーレムケァを正確に貫いたのであった。

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