第82話 駆逐戦 【1/4】

 巨大岩巨人ギガントロックゴーレム駆逐戦の決行は、作戦会議の翌日と非常に早いものであった。

 カナリア達を酒場にたむろしている他の冒険者達に紹介したバティストは、そのままの勢いで作戦説明とチーム分けを行い、翌日決行と言い渡したのだ。


 流石に拙速ではないかと思われた決行ではあったが、理由を説明された全員は納得し声を上げる事は無かった。

 その理由とは天候である。


 カナリア達がノキに着く前から降り始めた雨は、翌日になっても絶える事無く降り続いていた。

 悪天候は視界を制限し、生き物の臭いを消す。雨によって地はぬかるみ、行動を阻害する。


 岩巨人ロックゴーレムは、どういう事だか生き物の臭い、特に人間に対して敏感だと伝えられていた。

 そして、その巨体故にぬかるんだ場所が苦手だとも。


 よって、雨という悪天候は駆逐作戦を行うに当たっては好都合であったのだ。


 作戦会議の翌日の朝、カナリアを乗せた幌馬車はゆっくりと巨大岩巨人ギガントロックゴーレムのいるとされる森に向かっていた。

 馬車に同乗するのはカナリアを含めて四名。それに御者として別に一人。

 別行動をとるクレデューリはその中に居ない。

 御者以外の同乗者全員は、カナリアと駆逐戦においてチームを組む面子であった。


「にしても、こんなちんちくりんの癖にクラス3とはなぁ!」

「馬鹿を言え! 強さに大きさは関係無いだろう!」

「まぁな! 万年クラス5の俺達が言う事じゃないわな!」


 カナリアの向かい側に座っている二人の男達は、対面するカナリアを見て豪快に声を出して笑いながらそう言った。

 彼らは冒険者としては相当に年を食っている方であり、どちらも巨躯で膂力は十分にありそうだが、どちらかというと肥えている体型であった。

 特徴はそれだけではない。顔についた傷跡や皮鎧のくたびれ具合こそ違うものの、彼らの顔立ちや様子は非常によく似ていた。


 放言を気にする事なく、様子をただ観察しているカナリアに横から声が掛けられる。


「ゴスさんとガスさんは良く似てますからね」


 その声の出所は、カナリアの隣に居る、クラス5ではあるが駆け出しに毛が生えた程度の若い男の冒険者であった。


【ゴス? ガス? どっちがどっち?】


 揺れる馬車の中でカナリアは《灯りエクリアージ》で照らした石板をその若い彼に向ける。


「頬に大きな傷がある方がゴスさんで、耳が片方無いのがガスさんですよ。

 二人は双子なんでよく似てはいますが、傷跡を見ればどちらがどちらかわかります」


「「おうよ!」」


 彼の言は正しかったようで、二人の冒険者は大きな声を揃えて返していた。


「ひよっこクタンもようやく俺達の見分けがつくようになったか!」

「大人になったなひよっこめ!」


「ひよっこはもうやめて下さい。僕も魔法使いウィザードとしてクラス5になったんですから」


「いいや、お前はまだひよっこだ!」

「ああ、生き死にの経験が足りんうちはな!」


 息の合ったゴスとガスに突っ込まれる、クタンと呼ばれた若い冒険者。

 魔法使いウィザードよろしく、知に秀でるが故に細めで筋肉の付き方の薄い彼は、元々このチームに入れられる予定では無かった。

 彼はカナリアの依頼によってわざわざ追加された人員であった。


「にしても、どういうつもりだ? お前はともかく、若いもんをここに連れ込むなんてよぅ?」

「おうさ、このチームは巨大岩巨人ギガントロックゴーレムの餌になる決死隊だとバティストが説明したろうに」


 事情はゴスとガスが言ったとおりである。

 カナリア達のいる第一部隊は囮であり、死ぬことを本懐とする決死隊であった。他には攻撃をする第二、第三部隊がいる。


 バティストの持っていた作戦、彼の経験によって証明済みのそれは、少数の人間を囮にして見殺しにする事で巨大岩巨人ギガントロックゴーレムをそちらに引きつけ、他の部隊で完膚なきまでに叩く事であった。

 バティストは早いうちにその作戦を冒険者達に公開していた。そして、彼らに、作戦決行までに巨大岩巨人ギガントロックゴーレムにくべる生贄を決めるように迫っていたのである。

 カナリアがノキの冒険者協会兼酒場に入った際に、冒険者達の雰囲気に違和感を覚えたのはそれが原因であった。


 少数は必ず死ぬが、うまくいけばそれ以上死ぬことは無い。

 多く死ぬかもしれない不確定な作戦よりも、証明済みであり、可能性が高く堅実な作戦に対して強く異を唱える者はいなかった。


 あとは、誰が手を上げるか。


 カナリアへの共有も含めた再度の作戦説明の後、バティストは名乗り出る者を募る。

 そこで手を上げたのが、ゴスとガスの壮年の冒険者二人と、カナリアであった。


 カナリアが手を上げた事に対しての驚きは、バティストからクラス3と説明されていた事もあり、半々といった所であった。

 内心では、囮部隊ではなく攻撃部隊にカナリアを配属する予定にしていたバティストは、カナリアの行動に対して驚く側に回る。

 そんな彼にカナリアは一つの条件を出していた。


 それが魔法使いであるクタンの、決死隊への参加である。

 当然バティストとは交渉済みであり、本人からも了承を得ているが故にガスもゴスも異論はない。

 しかし、詳しい事は何も聞かされていない彼らが理由を知りたがるのも当然であった。


 カナリアはゆっくりとした動作で両手で持った石板を彼らに向けて、それを説明する。


【実物を見てみないとわからないけれど、可能なら私達で岩巨人ロックゴーレムを倒すつもりをしている。

 その為に彼が必要】


 想像もつかなかったのか、目を丸くするガスとゴス。

 その間にカナリアは石板をクタンにも見せて、彼にも同じ顔を取らせる。


 一番最初に口を開いたのは若いクタンであった。

 

「む、無理ですよ! 岩巨人ロックゴーレムに魔法は通じないんですから!」


 一般的に岩巨人ロックゴーレムには魔法の効きが悪いとされている。

 全身が石や金属などで出来ている為に、火や水、雷などそれ単体の魔法では直接的な被害を与えることが出来ず、土や風で衝撃を与える事ぐらいしか出来る事が無いからであった。

 無論、《大地の束縛リィアン・デ・テラ》等での足止めは可能ではあったが、それよりは《高速化アクセリラン》などに代表される強化魔法等で他冒険者の補助をする事が、ゴーレムと対峙した時の魔法使いの基本的な対応であった。


 クタンはまだ若く、それ故に派手な攻撃魔法を好んで覚えていた。よって、彼は強化魔法を使うことが出来ない。

 それでもカナリアが彼を選んだのには、ある理由があった。


 カナリアが説明をしようした所で、ゴスとガスがようやく気を取り戻す。


「本当に俺達だけでやれるのか?」

「本当に信じていいんだろうな?」


 立て続けに放たれる言葉に対し、カナリアは無言のままそれに返答する。


【大丈夫。敵がただ大きいだけならね】


 石板を持つカナリアの表情は、相変わらずの無表情であった。

 ゴスとガスは石板とカナリアを幾度か見比べた後に、ニヤリと口元を緩める。


「なら、乗ってやる」

「三回は守ってやる。ゴスと合わせりゃ六回分だ。

 仕留めれるってのなら、その間にやってくれ」


 彼らは詳しい事は何一つ聞かなかった。ただ、カナリアの目を見ただけで、やれるというカナリアの言葉を頭から信じたのだ。

 カナリアの強さを見抜き、信じ、強者の自信に対して己の命を簡単に預ける彼らは、老練した冒険者であった。


「俺達の手で巨大岩巨人ギガントロックゴーレムが仕留めれるってんなら、バティストの野郎が寄こしたこいつも悪かねぇな!」

「おうさ、ただやられて時間稼ぎってのも退屈だったんだ。倒せるってんならやる気も出るもんだ!」


 ゴスとガスは大声を出しながら、馬車の床に重ねて置いてある大型長方形盾であるスクトゥムを足で踏む。

 それは、盾とは名ばかりの四枚の巨大な鉄板であり、バティストが彼らに用意した防具であった。

 本来であれば、ゴスとガスは共に戦斧等の大武器を振り回す事を得意とする。

 しかし、今回の彼らに渡されたのは四枚の盾。

 膂力に優れた彼らでさえ、一枚で十分過ぎる大きさの盾を渡された理由はただ一つ。


 巨大岩巨人ギガントロックゴーレムを前にして、死ぬまでは長く生き延びろ。


 生き残れではなく、死ぬまでは生き延びろである。

 その為の四枚の盾は彼らに二枚ずつ渡されており、岩巨人ロックゴーレムと遭遇後は一枚ずつ使って相手の攻撃を受け止め、一枚がダメになった後にもう一枚の盾を使えという話であった。

 無論、彼らは薄々気付いている。そんな大きな盾があった所で、岩巨人ロックゴーレムの一撃を受けたらそこで終わりではないかという事ぐらいは。


「おい、イーレ!」

「何だい、親父!」


 ゴスかガスか、カナリアにはどちらかわかっていなかったが、片方が呼びかけたのは御者台で馬車を操るもう一人の人物であった。

 御者をやっている人物とは話した事も無く、雨除けの外套を着込んでいる為に仔細不明であったが、名前と声からそれは女らしい事をカナリアは理解する。


「俺達だけで勝てたら、後で家族に自慢しろよ!」

「おう、俺の分も忘れずにな! ゴスとガスの爺ちゃんたちは立派に街を守ったんだってな!」


 言動から伝わる事は、二人が生きて戻るつもりが無いという覚悟である。

 ノキを守る為に、恐らくは家族を守る為に彼らは自らの命を捨てる覚悟でいるのだ。


「あたしは二人に生きて戻って来て欲しいよ!

 ノキを捨てて逃げる事も出来るんだし、行くなと言いたいさ!

 でも、ダメなんだろうね」


 イーレという御者の女は、どちらかの血縁なのだろう。声の内容とは裏腹に、馬車の速度は落ちない。

 結局の所、彼女も既に決意を決めているのだ。


 傍観者のカナリアは、視線を前に固定してゴスとガスの両名に合わせる。


「おうよ!」

「俺はここに家族の墓があるからな! 置いていくわけにもいかん!」


「本当に、馬鹿な親父たちだよ……」


 豪快な声の二人と対照的にイーレの声は小さく響く。

 ニッと揃って笑うゴスとガスの顔には傷も年季も入っていたが、死に挑む前とは思えないような清々しい笑顔が浮かんでいた。

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