第81話 小都市ノキ 【4/4】

「今の所ウフ村からも連絡が来ていない以上、そこも既に壊滅している可能性があると言う事だ」


 彼らの言葉は、まだ可能性の段階とはいえカナリアの目的地が危険であるとの忠告であった。


 普通であれば、悪報を聞かされたならば、多少なりとも表情を動かすはずである。

 けれども、経験豊富なカナリアは動じない。

 返すカナリアの石板とて、忠告など意に介さぬものであった。


【わかった。じゃあその村の場所を教えて?】


 空気を読まない再三の返答に、読んだ二人は顔をきつくしかめる。

 今まで堪えていた気持ちが振り切れてしまった様を隠さないまま、バティストはカナリアにこう言った。


「断るよ。

 だが、これは悪意ではない。純粋に君の事を思ってだ。行くのならばあと数日経ってからにしてくれ」


【どうして?】


「数日中、早ければ明日にでも、俺達は巨大岩巨人ギガントロックゴーレムの駆逐作戦を開始する予定だ。

 倒せればよし、倒せなければノキが壊滅する事になるだろう大作戦だ。

 やりたくないと言うのならば、君たちは無理に手伝わなくても良い。

 しかし、ウフに行くならば駆逐作戦の後で行ってくれたまえ」


【今行ってはいけない理由は?】


「今このまま君があそこに行けば、高い確率で奴に鉢合わせる事になる。

 俺達がこの地を守って死ぬのは本望だ。しかし、クラス3という英雄の墓標まではこの地に作りたくはないと言うのが理由だな。

 まぁ、駆逐作戦が成功すれば良し、失敗すれば君を止める者はいない。

 そうなったら勝手に行ってくれと言う事だ」


 バティストはギルドマスターとしては人間なのだろう。

 苛ついた気持ちこそ少しは外に出ているが、私情を抑えて理知的に物事を話す彼の姿勢に、カナリアは感心する。


 どんな場合でもどんな相手でも、ギルドマスターとして人々を守ろうとする矜持が彼にはあるのかもしれない。

 他人に縋るでもなく、自分達に降りかかった災難を最大限自らの手で行おうとする姿勢もまた潔い。


 カナリアはシャハボが一番であり、それ以外の事に関して基本的には無関心である。

 とはいえ、困っている人を無下に扱うわけでは無い。

 礼には礼を返し、そこに理と利があれば、彼女はシャハボ以外の事にも目を向ける。


 カナリアは視線をバティストに向けたまま、肩に留まったシャハボを撫でる。

 それは、カナリアとシャハボの静かな意思疎通。

 カナリアが決めた方針にシャハボが頷いた後で、彼女は石板をバティストに突き出した。


【駆逐作戦、勝つ算段はあるの?】


「ある」と言うバティストの反応は即答であった。


「君は聞いた事がないか? それこそタキーノのギルドマスターのマット・オナスが巨大岩巨人ギガントロックゴーレムを駆逐した話を。

 私はその時彼と共闘していたんだよ。だから、同じやり方をすれば勝てる」


 バティストは、強く奮い立たせるような口調でカナリアに勝利を強調する。

 その表情とて、自らの言葉を信じているとばかりの気持ちが前面に溢れていた。


 しかし、バティストの想いとは裏腹に、カナリアの目に映るのは彼の虚勢。


 カナリアは手持ちの情報を寄せ集め、事情を推測するのに時間は掛からなかった。

 その上で、彼女は決めた方針をバティストに伝える。


【そう言う事なら、もし私の手が必要なら手助けしてもいい】


 今までのぶっきらぼうな言い分から一転して、それは彼らにとっての希望の光であった。

 読んだバティストとパウルは、即座に表情を動かす。


「本当ですか?」


 パウルの発言とて、抑えきれずに口から飛び出しただけでなく、身まで乗り出してのものである。


 パウルに対してしっかりと頷いたカナリアは、その後で冒険者らしい対応を返していく。


【うん。でも、タダじゃない。報酬次第。あなた方は報酬に何をくれる?】


 依頼と報酬は切っても切れない縁である。

 冒険者たるもの、それがどんな理由であれ、無償の依頼は受けないと言うのが暗黙の了解であった。

 ギルドマスターのバティストはそれを知悉している。故にこの場であっても、カナリアの言葉に口を挟む事はしなかった。

 パウルとて同じである。知っているが故に、カナリアの石板を読んだ彼は黙り込む。


 知らないのはただ一人。騎士であり冒険者の決め事には詳しくないクレデューリは、全員が黙った後、何が書いてあるのかとカナリアの石板を覗き込み、直後に声を上げた。


「カーナ! 彼らは生きるか死ぬかの瀬戸際なんだぞ!

 報酬の話なんてしている場合か!」


『事情は知っている。だからどうした』


 間を置かずに、冷淡に返されたシャハボの言葉は、クレデューリの声を詰まらせる。


『こいつらが生きるか死ぬかの瀬戸際なんてのはわかっているよ。

 そうだとして、そこに見返り無く参加するバカが何処にいる?

 俺達が危険に遭う事への対価は無くていいのか?』


「それは……そうだが、彼らが出来ない事でも君ならば出来るだろう?

 困っている人は助けるのが人道だろう!」


『ああ、そうだな。人道、人道、大切でクソったれな人道。

 だがな、知っているか?

 一度助けられた人間ってのはな、次も同じ事を期待するんだよ

 今俺達が無償で助けたら、次があった時にこいつらは同じことを期待するだろうさ。

 そして、次に無償で助ける人間がいるとは限らない』


 過度の温情は、相手の為にならない。だからこそ、冒険者達は依頼と報酬の規律を守るのだ。

 金に汚い者達が言う言葉と違い、シャハボの言葉はその場に重く響いていた。


 人道を守ろうとして熱くなっていたクレデューリにとって、シャハボの言葉は冷や水をかけられたに等しい物であった。

 カナリア、クレデューリにとってはカーナではあるが、カナリアの顔は全くクレデューリの方を見てはいない。話をしているのはカナリアの肩に居るシャハボのみ。

 しかし、クレデューリは言葉だけならず、そこから発せられる言外の威圧感によって口を止めてしまっていた。


 そんな中、黙っていたパウルが口を開く。


「仰ることはごもっともです。ですので、私の方も正直に言いましょう。

 報酬についてですが、お金の類に関しては、今の状況ではお渡しできるものはありません。

 ギルドの予備資金と私の方で蓄えている金は、ほぼ全て討伐準備と万が一の際の住民たちの脱出用意の為に使い切ってしまいました。

 ですが、一つだけ渡せるものはあります」


 問えと言わんばかりの彼の言葉に、カナリアはその石板で続きを促す。


【何?】


「冒険者達が死んだ際に渡す予定の金です。

 今回の討伐戦でもしもの事があった時の為に、クラス5相当で十人分の金を用意してあります。

 もし、死人の数が十人以下であった場合、残りの額をお渡しするというのではどうでしょうか?」


 パウルの言葉で、カナリアは彼らの想定している状況を察していた。

 そして、バティストだけでなく、バウルも思慮深く、それでいてどこかの誰かほど腹黒くはない、良い都市長であることも。

 彼らは出来る事の最大限をやろうとしている事が理解出来た以上、カナリアの答えも簡潔であった。


【それでいい。あとは、カタがついたらウフの村の情報も教えてくれる?】


「ええ、そちらはお安い御用です。

 私どもの方では大したことが出来ないのは承知していますが、この条件でお受けして頂けますか?」


【うん。さっきの条件での金と、ウフ村に関する情報を報酬として、討伐作戦への参加を致します】


 カナリアは、最後の言葉にだけ、今までのぶっきらぼうな言い方と違う礼儀正しい言葉使いを使い返答をする。


 読んだパウルとバティストは、ようやくほっとしたように息をついていた。

 カナリアを引き込むという一つのヤマを越えたのだ。多少緩ませた所で彼らからすれば問題はない話ではある。

 一方で、カナリアは返答をした後も気を緩めてはいなかった。


 理由は単純。

 参加するとは言ったものの、肝心な討伐作戦の具体的な話は出ていない上に、これからの自らの扱われ方も詰めていなかったからである。


「ありがとうござ……」


 パウルが感謝の意をカナリアに向けた途中で、カナリアの雰囲気に気付いたバティストが割り込む。


「感謝する。

 早速で悪いが、これから酒場の大広間で作戦会議をしたい。

 君にここの連中を紹介したいのもあるしな。参加願えるか?」


 性急ではあるが、その速さは悪くない。

 カナリアはその言葉にしっかりと頷いた後で、石板を向ける。


【良いよ。でも、出来るなら晩御飯の用意もお願い。お腹減った】


 相変わらずカナリアは表情を動かさない。

 しかし、ようやく出てきたカナリアからの緩いお願いに、バティストは少し顔を綻ばせながら頷いたのだった。


 互いが頷き合い、しっかりと意思確認を行った後で、バティストは意味ありげにパウルに目を向けた。


「さて」


 水を向けられたパウルは、手番とばかりに話を切り出す。

 真剣な面持ちで彼が話をする相手は、クレデューリであった。


「クレデューリ様。申し訳ありませんが、貴女も作戦会議にご同行お願い出来ますか?」


「……私に出来る事は無いだろう?」


 返す言葉には、自嘲気味な響きが含まれている。

 クレデューリは、一人蚊帳の外に置かれただけでなく、自らの力不足を恥じていたが故に、それと見てわかる程度に意気消沈していた。

 そんな彼女に対し、パウルは一度首を横に振ってからこう言った。


「いえ、私に一ついい案があります。

 クレデューリ様には私達の旗振り役になって頂けませんでしょうか?

 詳細は追ってお話致しますが、悪い様には致しません」


 本来ならば詳細を聞いてから受けるべき事だろう。

 けれども、やれることがあるならばと思ったクレデューリは、何も確認をせずに「わかった」とだけパウルに返答をしたのであった。 

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