第80話 小都市ノキ 【3/4】

「近隣に、巨大岩巨人ギガントロックゴーレムが現れたのです」


 都市長パウルはさらに言葉を続ける。


「現れたのはつい数日前です。近隣の村が壊滅しているのを商隊と護衛の冒険者たちが発見しました。

 商隊は元々そこで売買をしてから戻る予定だったのですが、壊滅しているのを確認した後、すぐにノキに戻ろうとしたのです。

 その途中で彼らは巨大岩巨人ギガントロックゴーレムと遭遇したそうです。

 足止めしようとしたのか、そのまま退治しようとしたのかはわかりませんが、戻って来たのは商隊の一部だけでした」


 ここまで話をした後、彼は一旦言葉を止めた。

 パウルは視線をギルドマスターのバティストに向け、彼が視線に気づいた時点で話の主導権を渡す。


「続きは俺が話そう。

 戻って来た商人から報告を聞いた後に、すぐにここの冒険者達のチームに斥候に行かせたんだ。

 三つのチームを出して、戻って来たのは一つだけだった」


 バティストは言外に犠牲が出ている旨を、静かな口調でカナリア達に告げていた。

 重苦しい雰囲気が漂う中、シャハボは必要な結果のみを直截に聞く。


『で? どうだったんだ?』


「戻って来たチームの連中が言う分には、このノキの近い所にある森の中で巨大岩巨人ギガントロックゴーレムを発見したそうだ。

 運良く何かに夢中になっていて気付かれなかったらしい。

 彼らはいい情報を持ち帰ってくれたよ。

 巨大岩巨人ギガントロックゴーレムと言うぐらいだから大きいとは思っていたが、本当に大きかったそうだ」


 バティストの言葉は、誰に配慮したのか曖昧なものであった。

 しかし、それをシャハボは見逃さない。


『どのくらいだ?』


 言いたくないとばかりに顔をしかめたバティストは、しかし、言わねばならぬと気を入れ直し、質問に答える。


「近くで見た時はそれほど大きいとは思わなかったそうだ。

 しかし、逃げた後で森の方を見ると、ちょうど立ち上がったらしい巨大岩巨人ギガントロックゴーレムの頭が森の木々の上から見えたそうだ」


『……でかいな』


「ああ。それに発見した場所も最悪だ。

 ここから歩いて半日も無いような所にある森なんだ。いつここに来るかもわからない」


『それでこの状況か』


「そういう事だ。目下、ノキの都市は厳戒態勢だよ。

 冒険者共は迎撃準備、市民達は万が一に備えて逃げる準備に追われているんだ」


 バティストの言葉に、カナリアとシャハボはほぼ同時に頷いていた。

 それは事の重要さを認識してのものではない。逆に、懸念していた事柄が、存外大した事の無い事であると思ったからであった。


 しかし、この事態を予想していなかったクレデューリの反応は違っていた。


「……私もつくづく運が無いな」


 少し俯き加減になりながら、彼女は呟く。

 それほど大きな声では無かったのだが、全員が静まった時であったためにその言葉は皆に届いてしまっていた。


「どういうことですか?」


 尋ねたのはパウルである。

 自らの失言に気付いたクレデューリは、ややバツの悪そうな顔をしながらそれに答える事になる。


「ああ、いや、私は今王都へ戻る最中で、腕利きの冒険者を数名融通して貰おうとしてここに来たんだ。

 話を聞いてしまった以上、私のわがままを言える状況ではないなと思ってね」


 頷いたパウルに、クレデューリはすまなさそうな顔を取ってから言葉を続けていく。


「もっと口惜しい事は、私がこの場でどうしようも出来ない事だよ。

 私は民を守るべき騎士だ。しかし、そんな大きな相手には、どうにも役に立てそうにない」


 話ながら彼女は自らの細剣を触り、その身に寄せていた。

 全員の視線は彼女の手元に集まり、クレデューリの武器が巨大岩巨人ギガントロックゴーレムと相性が悪い事を即座に理解させる。


 無表情を通すカナリア。

 同じく表情こそ変えないが、理解して内心落胆するバティストをよそに、如才なく立ち回ったのはパウルであった。


「いえいえ、そうはおっしゃらずに。

 何事も、得手不得手というものはあるものでございます。

 それに、クレデューリ様はクラス3の英雄様を連れて来て下さったではないですか」


 今度はカナリアに全員の視線が集まる。

 それは、強者としての施しを期待する眼差し。


 しかし、そんな期待をシャハボはすっぱりと切り捨てる。


『俺達は、一言も助けると言ってはいないぞ』


 そして、彼は皆の期待の目が曇るのを気にもしないでこう言った。


『こちらにも用があるんだ。

 人道がどうであれ、礼節も無い相手を助ける義理は無い』


 酷く口の悪い言い分であった。

 クラス3という身分が証明されていなければ、相当な反感を買ったであろう事は間違いない。だが、身分に守られているこの場では、わずかに心証を害したに過ぎない。


 口は悪かろうとシャハボの言葉に理もある以上、それを呑んだ上でバティストが話を進める。


「もっとも、だな。

 では改めて、君たちが此処に来た理由を教えてくれ」


 その問いに答えたのは、シャハボでは無かった。

 今までほとんど動いていなかったカナリアがここぞとばかりに動き、首から鎖で吊るされた石板を両手で持って、パウルとバティストに向けていた。


【私は人を探している。魔道具作成の出来る人。

 名前はシェーヴ・インニュアオンス。ここの近隣の村に住んでるみたい】


 この場では初めてになるカナリアの石板での会話は、三度の驚きを彼らに与える事になる。

 しかし、流石に驚き慣れたのか、パウルはすぐに気を取り戻して相談を始めていた。


「魔道具作成者……ですか。バティスト君、心当たりは?」

「いえ。特には。シェーヴだなんて名前の人間は、私の管理下には居ません。

 いや、ちょっと待って下さい。

 近隣の村と言えば、ウフ村の彼では無いですか?」

「ウフ? ああ、あの無口男か。

 なるほど、流石バティスト君。きっとそれだ。

 しかし、ウフか……」


 パウルが口ごもった後、すぐにカナリアは尋ねる。


【心当たりが?】


「ああ、あるよ。

 私は名前を知らないんだがね。近隣のウフと言う小さな村に住んでいる男がいて、彼が年に一、二回ぐらいここに来て品物をいくつか置いていくんだ。

 売れた後の代金は次の時に受け取るという約束でね。

 ただの雑貨の様にしか見えない品物が、旅商などにかなりの高値で売れる事もあって気になっていたんだ。

 それが魔道具であったならば、理由がつく」


【そう。その人のいる場所、わかるなら教えてくれると嬉しい】


 シャハボに負けずとも劣らない単刀直入なカナリアの返答ではあったが、都市長パウルは難しいとばかりに眉を顰める。


「……教える事は簡単だがね」


巨大岩巨人ギガントロックゴーレムを退治して欲しいの?】


「いや、そう言いたいのは間違いはないが、ちょっと事情があってね」


 パウルは問題の排除との交換条件に持ち込みたいのかとカナリアはすぐに推測したのだが、彼からの返答は別の事柄であった。


「ゴーレムが出て来た時に壊滅した村から、さらに先の場所にある村がウフなんだ。

 そして、一つのチームはその道沿いに斥候に行って、まだ戻って来ていない」


「今の所ウフ村からも連絡が来ていない以上、そこも既に壊滅している可能性があると言う事だ」


 パウルの言葉に続けて、そうバティストも補足を入れたのだった。

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