第67話 旅立ち 【4/6】

「私は、弱いです」


 カナリアはササの言葉に首を傾げた。

 その様子を見たササは、少しだけ力を抜いてから言葉を続けていく。


「ええ、そんなこと私が言っても当たり前ですよね。

 ですが、私には弱くて力が無いとわかったのです。

 カナリアさんの様な戦う為の力も、強い意志も無い。元オジモヴ商会の長であったイザックさんの様な金の力も、周りを動かす為の頭脳も無いと。

 ジェイドさんは私の憧れでした。彼は強くて誰にも優しくて、それに私を助けてくれました。

 でも、本当の力の前には彼も敵わなかった」


 ジェイドの事を思い出したのか、ササは少しだけカナリアから視線を外していた。


「あれは大規模魔法での襲撃未遂事件のあった日でした。

 イザックさんとジョンさんが色々と打ち合わせをしている時に、偶然私は盗み聞きしてしまったんです。

 その場で明確にそうだとは言いませんでしたが、カナリアさんでは無くてイザックさんがジェイドキーパーズを殺した黒幕だと言う話をです。

 そして、それの理由までもです」


「事実を知ったササはショックで倒れたんだ。物音に気付いて俺とイザックが部屋の外を見たら、髪が完全に白くなっていたササがいた。

 あの時ばかりはこっちが血の気が引いたぞ」


 ジョンの合いの手にササは辛そうな笑いで返す。


「ジョンさん、嘘はいけません。

 今ならわかります。意図的に聞かれるようにして、どうするか私の事を図りましたね?

 意にそぐわない様であれば、マットさんと同じ様な処置をするつもりだったのでしょう?」


「……ああ、そうだ。わかっているならいい」


 ジョンはササを見ずにそう返答していた。二人の表情は違えども悲痛さしかそこには無い。


「カナリアさん、茶番を見せてしまい申し訳ありません。

 ですが、私はその時に理解したのです。力が無ければ、強くなければ何もすることが出来ないと。

 私はカナリアさんにもイザックさんにも勝てないと理解しています。

 マットさんもジョンさんにも今の私では勝てはしません。

 なので、強くなろうと決めました」


【それが言いたい事?】


「はい、そうです。

 私はやりたい事があります。ジェイドさんの様に皆に優しく出来る、そして、タキーノの皆に幸せを分け与える事の出来る人間になりたい。

 ですが、その為には力が、強さが必要なのです。

 カナリアさんとイザックさんを見て、力とは一つではない事がわかりました。

 マットさんとジョンさんを見て、必要な強さとは何かを、少しだけ理解しました」


【何?】


 無表情のまま問い返すカナリアの質問に、ササは淀み無く答えていく。


「必要な強さは、意思です。

 マットさんは素晴らしい方でしたが、ジョンさんに比べると、それとカナリアさんとは比べ物にならないぐらい意思が弱い方でした。

 ジェイドさんは意思は強かったですが、力が足りなかった。

 だから私はその両方を兼ねるようになりたいと思っています。

 まずはジョンさんの後を継いでギルドマスターになって、力と意思の両方を身に着けようかと。

 出来る事には限りがあるでしょうが、冒険者協会を使ってここタキーノの力を一つに纏めようと思います。私の意志の元で、タキーノの皆さんを不幸にさせないために」


 言い切ったササの目は暗く濁ってはいたものの、強い意思をそこに携えていた。


「と、いう事だ。

 マットは見限った事だし、俺も丁度次のギルドマスターになれる人間が欲しかったからな。

 イザックの、あの馬鹿野郎の手に乗るのは癪だが、見込みがありそうだから教育をしているってわけだ」


 最後にジョンはそう締めくくる。

 水を向けられたところで、口を開いたのはカナリアでは無くシャハボであった。


『ササは女で若いし、冒険者のクラスも低いだろう。大丈夫なのか?』


「俺も最初はそう思ったよ。

 だが、どこかの誰かのお陰で死線を潜らされたせいだろうさ。今のササは気性の荒い冒険者どもを相手にしても、一歩も引きはしない肝っ玉を持っていやがる。

 あの髪と目のお陰で、年も実際以上に上に見えるようになってしまったしな。

 冒険者同士で何かあった時には大人しくさせられるぐらいの魔法も使えるって事もあって、本格的に冒険者協会で働き始めてから一ヶ月やそこらだってのに、仕事を覚えるどころかそろそろ二つ名が付きそうな勢いだ」


 肩を竦めてからシャハボにそう返した後で、座ったままジョンは上を見上げてササの顔を覗き見る。


「白髪のササ。陰でそう呼ばれているのは知っていますよ。

 今は過ぎた名ですが、精々その名前に相応しくなれる様に精進しようと思います」


 謙遜ではあるが、へりくだった様に見えないササの所作は、ジョンの言い分が正しい事をカナリア達に見せていた。


「のぼせるなよ。だが、早くしろ。俺も長くは無いのだから」


 ジョンの諫言にササは静かにお辞儀をして返す。

 そこに割って入ったのは、諫言の最後の言葉に気付いたシャハボであった。


『長くは無いとはどういう事だ?』


「見てわかるだろう?

 俺は死病に掛かっているんだよ。ギルドマスターを引退したのもこれが原因だ。

 養生しながらたまに相談に乗る程度ならば、まだまだ生きる事が出来たんだろうがな。

 要事で駆り出されて死ぬほど働かされたんだ。ゆっくり長く引き伸ばす予定だった命もすっからかんさ」


 ジョンはその病的に白い顔から、ニヤリと皮肉さを蓄えた笑いをカナリア達に向ける。


「一つだけ良い事は、すぐにイザックの馬鹿野郎を殴りに行ける事だな。

 モエットとゆっくり昔話でもしている様なら、横から割って殴りつけてやるよ」


 それは出来ないよ。とカナリアは思うが、教える事も、表情に表す事すらもしない。


 無言のままでいるカナリアと目を合わせた後、ジョンは手でササに合図を送った。


「さてと、ササの話が終わった所で、俺からも一つ渡すものがある」


 ササは一つの箱を持って来てカナリアの前に置く。


「開けて見ろ。俺からの餞別だ」


 その中に入っていたのは、新しい冒険者証タグであった。

 クラスは3、魔道具使いのカーナと言う二つ名付きの名前がそれに刻まれている。


『カナリアは既に冒険者証タグを持っているぞ。それに、一人が二つの冒険者証タグを持つのは違法だろう?』


 シャハボの言った事はであった。


「ああ、そうだ。これはあれだな。冒険者証タグの二重登録。つまり偽造だ。

 まかり間違ってもギルドマスターが許可するような事では無い」


 ジョンはシャハボの言葉を肯定した後で、「だがな」と言葉を続ける。


「考えてもみろ。お前たちのクラス1は明らかに怪しすぎるんだ。俺は真偽をどうこう言うつもりは無い。もうそれが正しいとわかっているからな。

 だが、他の連中は違う。お前がクラス1を持っている限り、また第二、第三のジェイドキーパーズの様な犠牲が起こる可能性が高い。

 だからこその新しい身分だ。小娘だが凄腕である魔道具使いのカーナならば、

 クラス1で、言葉が話せないくせに魔法使いと言い張るカナリアとは違ってな」


 カナリアはシャハボに掛けている自分の冒険者証タグをちらと見た。

 確かにジョンの言う事はカナリアにも心当たりがある。

 故に、余計ないざこざを避けるためにも自分の存在意義の一つでもあるこれを捨てた方が良いのか、一瞬彼女はそんな事を考える。


「そっちのタグはしっかり持っておけ。必要な時に使えば良い。

 本当にクラス1が必要な時であれば、隠していたとしてもそれを出した所で問題にはならんはずだ」


 ジョンの言葉にカナリアは頷いた。


「こっちのカーナの冒険者証タグの方には、念のために俺の直筆の書類と血判もつけておく。

 これでも昔は冒険者として顔が利いたんでな。俺の名前を出せば疑われることは無いだろうさ」


 ジョンはキーロプの両親達とチームを組んでいたはず。

 つまりは彼も、クラス2か3を持つ冒険者であったのだろうとカナリアは見当をつける。

 確かにそれならば信用にも繋がるだろうとも。


 ジョンの配慮に納得したカナリアは、シャハボの体を少しだけ触った後に石板を向けた。


【配慮に感謝します。その冒険者証タグを受領します】


 礼儀正しいカナリアの答えに、ジョンはギルドマスターとしての威厳を持ちながら頷きを返す。

 カナリアが箱を受け取った時点で、彼はまた話を始めた。


「カナリアが受け取る予定だった報酬の一部、と言うよりも大半の金だが、魔道具使いのカーナがそれを受領するように書類を書き直しておいた。

 特に、《虚空必殺のサーニャ》の方だな。生活に困らないどころか、持ち歩くには事なぐらいの金額だ。

 そのまま持ち歩かれたらまた問題を起こす事は目に見えている。だから、勝手を承知でその金は冒険者協会の預かりとさせて貰った。

 全額が欲しいならルインの王都に行ってもらう必要があるが、少額ずつであれば、あちこちにある冒険者協会の支店から引き出してくれ。

 冒険者台帳が更新されるまでの一年間の分だけはこちらで用意する金子手形を使ってもらう事になるが、台帳が更新されてしまえばカーナの冒険者証タグで使い放題になる予定だ」


 金の事に関してはカナリアはあまり頓着しない。

 面倒事が避けられるならばそれで良いとばかりに、彼女は頷いてそれを返す。


「了解してくれるならばそれで良い。俺から言うべき事はこれで終わりだな」


 カナリアが了承を示したのを見たジョンは、そう言って言葉を切ったが、すぐに「ああ」と思い出したかのように再度ササを見上げた。

 カナリアが居る事を気にせずに、彼はササに話を振る。


「ササ。ギルドマスターとしての心得だ。

 いかなる時も

 だが、。破る必要があると思えば規則なんぞ気にするな。

 そして、その際には絶対に後悔するな、自分の行いが正しいと胸を張れ。

 すべての責任を自分で負った上で、その上で規則を破るんだ」


「神殿の時にマットさんが見せたような、無様な狼狽え姿を見せるなと言う事ですね?

 いえ、ああ、そういう事ですか。

 カナリアさんの二重登録の件は、ジョンさんが責任をもって墓まで持って行って下さるのですね?」


 ササの悲し気な微笑みと共に返された辛辣な言葉は、ジョンを一瞬凍り付かせる。


「……はっ! ああ、そうだ。そうするさ」


 答えながらジョンはササから目を外し、首を横に振っていた。


 良い悪いは別にして、これが今のササなのだろうとカナリアは理解する。

 甘さは消えた分、確かに今の彼女ならば良いマスターになれるかもしれないという予感と共に。


 カナリアはササに対してこちらを見るように合図を送った後で、しっかりと石板を向けた。

 そこに書かれているのは、【頑張って】と、それだけの文字。


 読んだササは深く頭を下げてからこう言った。


「ええ、ありがとうございます。

 最後に一言だけ言わせてください。

 今の私はカナリアさんを恨んではいません。そもそも恨む資格さえない話ではありますが、それよりも、人生の高みに気付かせてくれて感謝しています。

 カナリアさんに手が届く事は無いでしょうが、私も優しさを人にわけてあげれるだけの強さと力を持てるように、頑張ります」


 言い終えた後で見せるササの微笑みは、暗く深かった。

 カナリアは表に表さずとも、その顔に光が指す事を心の中で願う。


 カナリアとササが会釈を交わし終えてから、話を締めたのはジョンであった。


「余計な事を挟んでしまったが、俺からは言いたい事はこれだけだ。

 ササはまだ何かあるか?」


「いえ、大丈夫です」


「お前は?」


【大丈夫】


 確認を取った後、彼は一度だけ大きく息を吐いた。

 体の方は相当に悪くなっているのだろう、改めてカナリアに向き合ったジョンの顔からは、この短時間の間に何か大切な力が抜けていた。


 それでも、彼は自らの職責を果たそうとばかりにカナリアにこう告げる。


「お前たちは早々に裏から出ていくといい。

 どうせイザックが全て手配しているんだろうが、今日は出ていくのにいい日だろう。

 とっととタキーノを出てどこかの地に行くと良いさ」


『ああ、世話になったな』


 世辞なのか、辞世の返答なのか、シャハボはあしらうように言葉を返していた。

 席を立ち、先導するササの後をついてカナリアが部屋を出た所で、ジョンは座ったまま、再度カナリアに声を掛ける。


「ああ、俺ももう一つ言い忘れだ。どうせ裏路地から出ていくなら、ここの近くにある飯屋に寄っていけ。

 タキーノにある殆どの店はお前たちを歓迎しないだろうが、そこだけは別だ。

 俺とイザックの昔なじみの店だ。古くから裏路地に店を構えていて小汚い所かもしれんが、俺の名前を出せば食わせてもらえるはずだ。

 お前たちにここのいい思い出は無いだろうが、精々でも食ってから出ていくと良いさ」


【ありがとう】


 顔は出さずに、空いたドアから一言だけ書いた石板を見せたカナリアは、そのままタキーノの冒険者協会を去ったのであった。

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