第60話 マット・オナスとタキーノ自警団 【4/6】

 一方、《電撃の矢フレッシュ・エレクトリ》を『支配の盾ブークリエド・ドミネション』受け止めていたマットは、腕に多少の痺れこそあったもののその程度しか被害は受けておらず、身構えながら状況を注視し続けていた。

 水煙が視界を塞いだのはカナリアの小癪な策だろうとマットは推測する。兵が分断されたならば、その先に何が起こるかも彼には想像がついていた。


 水煙が晴れた後、マットは消えた前衛集団よりも先にカナリアの姿を探す。

 どこか人の隙間から見えはしないか。

 目を凝らして探す彼がようやくカナリアの姿に気付いたのは、前方ではなく、後衛の一つの小集団全員が倒れゆくその時であった。


 後衛の小集団が居た所には、血に濡れた金髪の少女のみが立っている。


 それを目にしたマットは口元を歪めた。


 苦渋ではなく、その表情は笑みに近い。

 自軍の損失を悼むのではなく、ようやく小鳥が餌に食いついた事を喜ぶ気持ちが口から洩れる。


 前衛だけではなく、後衛の小集団までも知らずの間に倒したその手口は恐るべきものだろう。小集団三つを消したというのに、カナリアには未だに怪我らしきものも無い。

 損害だけで見れば大敗とも言える状態である事をマットは認めながら、それを全て必要な犠牲と割り切る。


「やれ!!」


 『支配の盾ブークリエド・ドミネション』が配下に彼の意思を指示した。


 今のカナリアは勢いに乗って攻め込んでいると言えよう。ところが、マットからすると違う見方になる。

 彼は、犠牲を強いた上でのだから。


 《大地の束縛リィアン・デ・テラ

 《空刃クーペア

 《電撃の矢フレッシュ・エレクトリ


 三種の魔法が、残り二つの小集団から発動された。

 カナリアは《魔力防壁バハリァ・マジック》にて《大地の束縛リィアン・デ・テラ》と《空刃クーペア》を打ち消すが、《電撃の矢フレッシュ・エレクトリ》は同じ戦法を警戒した為に身を捩じって回避する。


 避けた所に鋭く撃ち込まれる一本の矢。こちらはナイフで逸らし、続けて飛んで来る二本の手斧は直撃からは外れていたが、《旋風トゥービヨン》を発動させてさらに逸らす。

 こちらも魔法との連携、何の変哲もない投げ斧から《電撃の矢フレッシュ・エレクトリ》の組み合わせを嫌ってのカナリアの行動であった。


 遠距離攻撃は矢継ぎ早に放たれ、いずれも無傷でやり過ごしたものの敵集団から近い距離で連続して受けに回った結果、ついにカナリアはへと巻き込まれる事になる。

 それはカナリアが一番懸念していた戦術であり、マットが犠牲を払ってでも狙っていた事であった。


 カナリアが遠距離攻撃を回避している間に、小集団を構成していた冒険者達は走り寄って散開し、彼女を近距離で半包囲する。


 最初にカナリアに手を出したのは、やや年のいった熟練の冒険者であった。

 カナリアは彼の繰り出した長剣の振り下ろしを華麗に避ける。避けた所には、迎えるように置かれた別の相手からの横薙ぎが待っていた。逆手に持ったナイフを構え、ナイフと横薙ぎの交点を支点にしてカナリアは空中で側転をして回避する。

 避けた所で包囲網からの攻撃の手は止まらない。

 宙に浮いたカナリアを突き殺そうとする槍を『小鳥の宿木ギー・ドワゾゥ』で弾き、着地を固めようと狙う再度の 《大地の束縛リィアン・デ・テラ》は《魔力防壁バハリァ・マジック》で打ち消す。

 着地した所で別の角度からの更なる攻撃がカナリアを襲う。


 普段ならばいずれも攻撃を受け流した後でカナリアは反撃を狙う所であった。だがしかし、マットの率いる集団は連携が上手かった。というよりも上手すぎた。

 カナリアをしても避ける事に必死で、反撃する隙が出来なかったのである。

 両手の『小鳥の宿木ギー・ドワゾゥ』とナイフは共に防御に手いっぱいで、攻撃を捌く事に集中する必要がある以上、魔法とて防御に使いこそすれ攻め手には使いにくい状況であった。


 集団からの攻めは苛烈と言うには物足りない。洗練されているとも言い難い。いくつかは雑なものもあり、一撃一撃の攻撃は威力こそあれども終わり際に十分な隙がある。

 ただ、その隙を補うように、常に他の攻撃がカナリアを狙い続ける。

 わずかでも連携に乱れがあればそれを突く事はカナリアにとって難しい事では無かった。しかし、連携は正確でその乱れが一向に現れない。


 カナリアにとってそれは、複数人と同時に戦っているというより、自分と同じ力量かそれ以上の相手と戦っている気分にさせられるような状況であった。

 マットの『支配の盾ブークリエド・ドミネション』によって統率された猛攻は途切れる事無く続く。

 それでもカナリアには手傷の一つさえ負ってはいなかった。なれど、一対多である以上、体力の消費は格段にカナリアの方が多くなる。


 はた目には難なく、しかし、じりじりと押されるように相手の攻撃を捌き続けるカナリアに上空のシャハボから届けられたのは、更なる悪い知らせであった。


『時間を掛け過ぎたなリア』


 それは、迂回していたもう一つの大集団の準備が整った事を意味する。

 シャハボならば確実に舌打ちの一つでもしただろう状況で、カナリアは冷静に問い返す。


【そっちの様子はどう?】


『既に態勢は整っているぞ。射かけられるか詰められるかだな』


【あのギルドマスターの人は?】


『少し離れた所で指揮を執っている。この指揮の上手さは魔道具のせいだな。《支配命令ドミネション・オーダー》で操っているんだろう』


 相手の秘策が割れた所で、防御に手いっぱいなカナリアにはシャハボの言葉に頷く暇さえ無い。


【だとしても、相当用兵が上手。こんなにも隙が無いなんて】


 得意な近、中距離で押され続ける事は、彼女にとってもそう多い経験では無かった。


『手助けしようか?』


 シャハボの言葉にカナリアは即答で否定を返す。


【ハボンがそこから動いたら籠が解ける。鳥に逃げられたくはないからダメ。

 もう少しだけ粘って様子をみるよ。隙さえあれば一気に片付けるから】


『無理はしてもいいが、無茶はするなよ』


 魔法で繋がれた二人の会話は誰にも聞かれることは無い。

 周囲に響くのはカナリアを取り囲むタキーノ自警団の面々の野太い叫び声と、金属が軋む音、空を薙ぐ様々な武器の音のみ。


 らちが明かないまま続けられる一方的な攻撃は止む事は無く、双方の体力のみを削っていく。

 別集団の動向も気にしなければならないカナリアの消耗は、より激しくなっていた。

 動かないという采配は何時動くかと気を配り続ける必要がある為、単純に動かれるよりも神経を使う。


 精緻な猛攻に加えて、心理戦を絡めた持久戦の戦術。

 田舎町の冒険者がおいそれとは使う事の出来る戦術ではないそれを前に、さしものカナリアも焦れ、防御を捨てて攻める事を考えた瞬間であった。

 あれだけ強く攻めて来ていた敵集団からの攻撃が一瞬止まったのだ。

 全員が一旦引き、カナリアを取り囲むように距離を取っている。


『リア、右に走りながら防げ』


 カナリアは考える前にシャハボの指示に従う。

 目の前に待ち構える長方形の大盾に対して、カナリアは攻撃をするのではなく全身に《物理防壁バハリァ・フィジク》を纏わせて体当たりする。

 軽いカナリアが体当たりした所で大盾を何一つ押し返せるわけでは無かったが、密着する事で前面は隠す事が出来、それに少しでも元居た所からの距離も遠くなる。

 直後にドスドスと響く複数の音は、カナリアの居たあたりに集中して降り注いだ別集団からの矢の雨であった。

 シャハボの指示によって一旦はそれを避ける事は出来たものの、追撃とばかりにカナリアの側背面三方から退路を削るように矢が飛ぶ。

 全てを払いのけるのに一手、前の盾からの押し出しは斬り込みが間に合わなかったので前蹴りで受け、押し込む力と蹴り込みの力で自身は後方に宙返りして避ける。

 だが、それは完全に避けたと言えるものではなく、単に押し戻されただけに過ぎない。包囲網からの攻撃は再開し、カナリアはまた防戦一方に陥る事になる。


 防ぎ続けるカナリアに休む間は無い。しかし、合間に弓が入った分だけ、敵集団は休憩を入れることが出来ていた。

 微々たるものではあるが、残りの体力と気力が決め手になるであろう状況下で、この差は大きく響く。

 この一手によって、かろうじて拮抗と言える状態から状況はカナリアにとって不利に転じていた。

 二度三度同じ事をされたならば、カナリアとて確実に体力は尽きるだろう。

 そんな敵の手ではあったが、状況の不利と引き換えにそこから彼女は自らの欲するものを見出す。


 願わくば、相手がそこまで狡猾でない事を。と、カナリアは心中に刻む。


【ごめん、ハボン。このまままともにやったら勝てない。だからちょっと無理する】


 常に衝撃を受け流す様にカナリアは攻撃を受けて捌いていたが、その両腕は度重なる攻撃によって大分ガタが来ていた。

 腕だけではない。飛び回る事で使い込んだ足も、捩じって躱し続けた胴体も、カナリアの体に疲労の溜まっていない箇所は無い。


 それでもカナリアはしっかりと攻撃を捌き切る。明らかに疲れで体が揺れて来ているのに、敵からの攻撃は当たらずに避けているのだ。

 されど、限界は来る。

 

 不意に攻撃が止まった。

 押し寄せる波が引くように敵の全員が引いてカナリアを囲む。

 そしてカナリアに再度降り注ぐ矢の雨。


 疲れていたのは敵も同じであった。

 この一瞬はカナリアを仕留める為でもあり、彼らの回復時間でもあるのだ。


 降り注ぐ矢を前にカナリアは前回と同じように避けはしなかった。

 《物理防壁バハリァ・フィジク》さえ薄く、かわりに集中して射かけられた矢を『小鳥の宿木ギー・ドワゾゥ』とナイフで払いのける。

 《空刃・纏クーペア・ポーティエ》を纏わせた二つの武器は、カナリアに致命傷を与える事だけは防いでいた。

 けれども、溜まりに溜まった疲れのせいか、最後の一矢を適切な角度で受ける事が出来なかった彼女は、その衝撃でナイフを落してしまう。


 数々の矢と一緒に地面にナイフが突き刺さる。


 何が起こったかはカナリアを囲む誰の目にも明らかであった。

 ついにその時が来たのかと周囲に期待が走り、直後にカナリアは両ひざを大地に付く。


 カナリアを囲む自警団の面々は、粘りに粘ったカナリアがついに勝負を諦めたと確信した。

 その証拠とばかりに、彼女は持っていた杖を胸の前で両手で持ち、頭を下げる。


 跪いて首を差し出し、慈悲を乞うような姿勢。

 あまりにも綺麗な仕草故に、すぐには誰もが手を出さなかった。


 されど、その心中は等しく同じ。


 慈悲など与えるものか。


 カナリアを囲む集団と、別部隊の全員の気持ちが

 全員が同じ事を思う事など、この場では珍しくはない。

 皆が同じ気持ちを持っていたのだから。皆がカナリアの死を願っていたはずなのだから。



 そして、離れていたマットを除いて、自警団の残り全員は操り人形の糸が切れたように地に倒れていた。



 全てはカナリアの策であった。

 矢に弾かれたように見せかけたナイフは、誰にも気づかれないように《範囲指定プラージ・ダロケーション》を発動させていた。

 命乞いの様に見せたカナリアの仕草とて、魔法を使う為の時間を稼いだに過ぎない。

 《範囲指定プラージ・ダロケーション》がカナリアの周囲と別動隊の全員を囲ったのを確認した後で、カナリアは禁呪である《生命吸収アブソープション・ドレヴィ》にて範囲に含めた全員の命を吸い取ったのだった。


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