第126話 ク■デュ■リ・■■■ 【3/3】
「《
間合いは遠く、クレデューリの突いた切っ先から放たれたそれは、管理者を始末した水弾だった。
無論、カナリアは避ける。
クレデューリの魔法は、有り体に言って低級なものであった。魔法名こそ一般的ではない、おそらくはアプスの知る特別な名前であるのだろうが、現象としてはただ単に水弾を飛ばすだけである。
ただし、低級であるのはあくまで表面上のみ。彼女の魔法は、精度が非常に高く、弾速に関しては異常なまでの速さを持っていたのだ。
カナリアは避ける事が出来た。それは、クレデューリが構えていたからであり、放つ瞬間を事前に教えていたからに過ぎない。
魔法は、言葉にして言わなければ発動しない。
その軛は、カナリア以外は万人等しく同じであり、クレデューリもまた同じであった。
故に、彼女が魔法名を言った事で、カナリアは避ける機会を知れたのである。
実の所、カナリアはクレデューリの水弾を、はっきりと目にする事は出来なかった。
切っ先から魔法を飛ばすであろう事は予測できていた。そして、その魔法が通常の魔法の速度と威力から逸脱している事も、カナリアは経験から感じていたのだ。
回避できたのは、クレデューリの剣線上に居てはいけないという直感に従った結果である。
元々のクレデューリの身体能力の高さのせいか、アプスのせいなのか。
いずれにしろ、クレデューリの魔法は非常に危険だとカナリアは理解する。
【厄介】
彼女の胸の前に下げられたままの石板に浮かんだ文字を読む者は居ない。
カナリアは、思考する時間すら惜しいとばかりに自らの直感を信じ、その後の対応も決めてしまう。
「《
そんなカナリアに降り注ぐのは、クレデューリの高速突きから発射された豪雨のような水の礫であった。
手加減などみじんも感じない、高速の雨粒がカナリアに吹き付けられる。
その一発一発は、間違いなく致命傷を与えるものであった。
前に出る瞬間を狙い澄ましたかのような攻撃に、たまらずカナリアは横に回避していくことを専念させられる。
初撃から優位を握ったのはクレデューリであった。
後の先を得意とするカナリアに対して、クレデューリは反撃の出鼻を確実に砕いていた。
雨粒は帯のように、クレデューリに対して横に動くカナリアを追う。
一度止まれば、針山に落ちた布切れよろしく穴だらけになるであろう止まらない連撃。それを前にして、しばらく横に動き続けていたカナリアであったが、突如として向きを変え、前に出る。
カナリアは、勝機は前にしかないと確信していた。
この機に彼女が前に出たのは、今のクレデューリの底が見いだせたからである。
カナリアは、クレデューリの攻撃を避けながら、十分に情報を集めていたのだ。
今の状態であっても、クレデューリは相当な魔法の使い手になっているとカナリアは評していた。
ただ、それでも、カナリアにとってはまだ子供に過ぎない。
底が見えたという点は、クレデューリが魔法の使い方に慣れていない事であった。
彼女は切っ先から魔法が出る事を理解した。しかし、それ以外の魔法の使い方を未だ知らないでいるのだ。
カナリアは《
無言、多重化、精度、どれをとっても魔法であればカナリアの方が優位であった。しかし、彼女はその優位性を捨て、騎士であったクレデューリの得意な接近戦を挑む。
この戦術は、相手の考慮の外を突くためではなかった。
カナリアが自身の魔法を捨て、近接戦を仕掛けた理由。それは、クレデューリに経験を積ませない為であった。
経験が無いからこそ、クレデューリは今使える魔法に固執する。それはカナリアが望む事に他ならない。
クレデューリは鍛錬と経験を積み、真っ当に剣士として生きてきた元人間である。そんな彼女にカナリアが魔法使いとしての戦い方を見せたならば、すぐに吸収して実践してくるとカナリアは読んだのだ。
アプスと融合した以上、身体能力的にはクレデューリの方が上とカナリアは見ていた。その上で魔法の腕も上回るようになったのであれば、本当に勝ち目が無くなる。
三手四手先を見据えた上での対応であったが、かといってカナリアが挑む接近戦とて、決して容易ではない。
「よもやそう来るか!」
一方的な遠距離戦から、一瞬で距離を詰めたカナリアに対して、クレデューリが叫ぶ。
言葉だけではない。カナリアを待ち受けていたのは、折れて
短くなったクレデューリの剣は、ある意味でカナリアの交戦距離と噛み合っていた。本命を悟られぬように散らしたクレデューリの突きとて、魔法が使える以上脅威になり得る。
しかし、カナリアとて攻め入った勢いを無駄にしようとはしない。
虚実全ての攻撃を的確に躱し、ようやくではあったがカナリアはクレデューリの懐に潜り込めそうなところまで来たのである。
だが、その先に待ち構えるのは、クレデューリの蹴り足であった。
攻めようとした瞬間を見据えたその蹴り上げに、カナリアは再度避ける事を余儀なくされるが、避けた所でカナリアは失策を理解する。
あまりの鋭さに蹴り上げが来ると思って避けた攻撃は、実は膝打ちのみであった。
ふくらはぎ以下は上がっておらず、カナリアが避けたとみるや、振り上げた足はすぐに下に戻り、地を踏み込む。
寄らば蹴り上げ、避けられるようならば膝上げで止めて、連続攻撃の起点にする。言うは易く行うは難しのクレデューリの戦術に、カナリアは絡め取られたのだ。
《
咄嗟に発動させなければ、直後に襲い掛かったクレデューリの猛攻をさばき切る事は出来なかっただろう。
いや、発動したものの、止まらないクレデューリの連撃を前に、カナリアは少なからず手傷を負わされていた。
《
力量差がクレデューリに傾いている今、彼女は、カナリアにとって相性の悪い相手であった。
クレデューリは先の先、カナリアは後の先を得意とする。互いにやや極端な戦法になるこの組み合わせは、露骨に力量差が出てしまうのだ。
先の先の攻撃は、相手が攻撃を行う兆しを読み、出鼻を先に打つことを良しとする。
後の先は、相手に先に手を出させて、それを受け流してから攻撃に移る。
どちらも攻撃の起点が相手であるという点では同じであり、それ故に、力量が高い方が相手の攻撃を読んで自らの攻撃を通せるからである。
よって、カナリアが近寄れども、一方的に攻撃を続けるのはクレデューリの方であった。
カナリアもクレデューリの攻撃に合わせようと何度も試みるが、反撃の兆しはクレデューリに読まれ、それを封じられる。
この場において、魔法使いと人間を辞めたモノとの戦いは、奇妙にも戦士同士の戦いへと変わっていた。
いや、動き自体は並の人間とはかけ離れていたものではあったが、兎にも角にも、剣術と体術のみでお互いはしのぎを削る。
その間中、カナリアは《
いや、《
《
攻めに回ろうとするが、ジリ貧である。
どう手を出そうとも攻めに回り切れない。
いずれは均衡が崩れ、カナリアに刃が突き刺さる。
それが、
実際押されているのは間違いない。
ただし、今のカナリアは手を隠している。まだ魔法を十全に使っていないのだ。
手を見せれば、盗まれる可能性がある。だから魔法を使わない。
これ自体は間違ってはいない。しかし、魔法を使ったとて、経験として盗まれる前に始末すればよい話でもあるのだ。
魔法使いであるカナリアの本命は、剣ではなくやはり魔法であった。
もとより、カナリアはクレデューリに剣と体術で勝てるとは思っていない。ただ、クレデューリが元の性格を保っているとしたならば、真っ当に戦えば真っ当に応えるだろうと予測をつけたのだ。
それの証拠に、今カナリアとクレデューリは、至極真っ当な斬り合いとど突き合いを繰り広げている。
余裕の無さを無表情で包むカナリアと、カナリアと戦えることへの喜びが口の端に漏れそうになるのを押しとどめるクレデューリ。
二人は戦士としての戦いに没頭する。
没頭していると思っているのはクレデューリのみ、そんな状況を作り上げるために、カナリアは薄皮一枚で攻撃を避け続ける。
熟練の剣士であるクレデューリを真にだまし切るのは、カナリアにとっても至難の業であった。
クレデューリは突きからしか魔法を使っていない。カナリアも、両手の魔道具から魔法を発動させようと試み続ける。
だがしかし、クレデューリの動きはカナリアを完全に抑え、
そんな不文律が互いに共有された瞬間に、そして、互いの攻撃が、いやほぼ一方的なクレデューリの攻撃が、ほんの一瞬止まった瞬間を見切って、カナリアは《
攻め時の決断。
なれど、明らかに速く動いてクレデューリに逆襲を掛けるぞと意気込んだカナリアは、一瞬だけクレデューリと目が合ったのである。
目を合わせたというよりは、目が合った。そう思わせるこの一瞬は、クレデューリに戦士としての直感を抱かせる。
君が攻めに来るならば、私はそれよりも先に動く!
クレデューリがカナリアの先の先を攻めようと手を伸ばした瞬間だった。
今まで何もなかった背後から、気配無く不意に飛来した《
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