第147話 行先 【4/4】

「ですが、私はカナリアさんのおっしゃったことを信じます。

 きっと、カナリアさんはヒトではないのでしょう」


 言い切った言葉の後に挟まった沈黙は、長かった。

 沈黙に耐えられなかったのはカナリアの方で、【それだけ?】と石板に言葉を映す。


「ええ、それだけですが、別に何か?」


 返答の後に訪れた再度の沈黙は、カナリアの手番の為であった。


【私は人でないの。主人が人でなくて、嫌だったりしない?】


 再三のカナリアの問いかけに、やっとアンは表情を変える。

 ただし、顔をゆがめたのも一瞬のこと。

 すぐに面持ちを整えた彼女は、優しい笑顔でカナリアにこう告げた。


「ああ、いえ、別段それはどうとも思いませんよ?

 むしろ、人でないと言われて納得したぐらいです。

 カナリアさんの強さは度が過ぎていますからね。

 そのような方が人知れず野に存在していたなんて話よりは、実は人でないと言われた方がまだ納得のいくものです」


 すらすらと、本当に気にしていないとばかりに話すアンは、「それにですが」と言葉を続ける。


「カナリアさんから教えていただいたことで、繋がった情報も多いのです。

 私の中で、幾つかの仮説に確信が持てました」


 自身の身の上話をしていたはずだったのだか、突如として方向性の変わった話題に、怪訝な顔をしたのはカナリアの方であった。

 にこやかな笑顔の裏に真剣さを一枚敷いたアンは、口元に人差し指を立てる。


「まず一つ、実はカナリアさんに関して、私は一つ情報を持っています。

 そのことをお伝えしていなかった理由は、今までは伝える意味が無かったからです」


【何?】


「カナリアさんの冒険者証タグの記録が、過去の冒険者台帳にありました。クラス1冒険者のカナリアとね。

 見つけたのは私が今の姿になってから。そして、見つけた台帳は、冒険者協会ができて間もなかった頃の、とても古いものでした」


 立てられたアンの指はカナリアを指し、そのまま下におろされる。


「発見した時は、情報があったこと自体に喜びました。

 そしてすぐに、どうしてそんな古い記録にカナリアさんの名前があったのかという疑問は浮かんだのですが、考えても無駄だと思い、放置していたのです。

 組織の方に関して情報がありませんでしたし、魔法の眠りについていた、カナリアという名前を世襲した、など、理由はいくらでもつくれますからね」


 アンは、その時を思い出したかのように本当に喜んでみせていた。


「ええ、そんな古いところに情報があった本当の理由は、カナリアさんが人でなかったから、ということなのでしょう。

 ちなみに、それの情報があったから、栞の情報を解析していた際に、昔の地図を探すという考えがすぐに出たのです。

 ラガシュの方がアタリなのだろうという目測も、同じくですね。

 ただ……」


 ここで、アンは突如として動きを止め、笑顔さえ消して表情を真顔に変える。


「罠であるかどうかというよりも、これは誰かが糸を引いています。

 そもそも、カナリアさんの冒険者証タグの情報が、過去の台帳に残っていること自体がおかしいのです。

 本来であれば、カナリアさんが本当にヒトでないのであれば、その痕跡は消されているはずです。もし誰か、今のカナリアさんを知る人がそれを見つければ、絶対に身元が疑われますからね。

 私にでさえ何の情報を見つける事のできない[組織]なるところが、そんな辻褄の合わなくなる情報を残しているはずがないのです」


 静かにカナリアが頷く中、アンは少しずつ語調を強める。


「消されていて然るべき情報です。それが残っていた。しかも、注意深く、よほどの根気と、何かのひらめきがないと見つからないところにです。

 冒険者証タグの台帳は、過去の物も合わせると膨大な量になります。普通の人であれば全てを見ようとは思わないでしょう。

 だからこそ、見つけた時は私も喜びましたよ。

 そして、その情報は意図しない形で、地図を読み解く際に使われることになった」


 ここで、アンの表情だけはいつもの微笑に戻っていた。


「ええ。今この状況の裏で動いている方は、私を十二分に買ってくれているのでしょう」


 カナリアの前では取り繕うのもやめたのか、澄ましているはずのアンの顔から悪心が漏れていく。


「その相手は、何らかの意図をもって私たちに行動をさせようとしているに違いありません。

 ラガシュの情報は、間違いなく意図して渡されています。

 私とカナリアさんの繋がりを理解し、私にしか読み解けない、私にしか実行しない手段で情報を渡して来たのです。

 なんとも、小癪なことですがね」


 とうとうと話すアンの顔つきは、カナリアにとって初めて見るものであった。

 綺麗な面持ちのまま、抑えきれない怒りが湧き出ているのだ。

 女性の姿になる前であっても、滅多なことで他人に見せたことは無いだろう感情をはっきりと表しながら、アンは両の口角はしっかりと上にあげた。


「元はカナリアさんの問題ですが、これは私への宣戦布告と見ていいでしょう。

 私を手玉に取ったのです。

 ああ、そうですね。もしかしたら黒幕は、ここで私に火が付くことまで予期しているかもしれません。

 ええ、ええ、だとすれば本当に楽しい話です。

 はかりごとは私の領域です。私に対して喧嘩を売ってきたことを後悔させてやりましょう」


 笑顔とも言えない笑顔を前にして、カナリアとシャハボは黙り込んでいた。


 この場で間違いなく言えることは、アンが本気であるということである。

 けれども、その火元は、カナリアたちにとってもにわかには信じがたい話であった。

 アンは、イザックから変容して間もないのだ。それに、変容も秘密裏に行われており、知る者はいないはずなのだ。

 カナリアたちの繫がりがあることを理解し、人間の変容という荒唐無稽な事態を飲み、その上で、アンを手玉に取る。そんな相手がいるのだろうか?


 カナリアの手はシャハボに触れており、この件に関して互いは同じ意見を持っていた。

 本来であれば、否定、妄執の類と割り切るべき事柄だろう。しかし、他ならぬアンが言うのならば、きっと正しいのだろうと。

 意見がそろった所で、カナリアは少し悩みながら、石板をアンに向けた。


【ラガシュへは行かない方がいい?】


 その質問は、カナリアの本意では無い。しかしながら、アンの様子を見るに、ラガシュ行きは明らかに罠であり、何かが待ち受けていることは明白であった。

 シャハボも、それについては、止めはしないが行って欲しくはないとカナリアに伝えていた。しかし、その理由までは言うことをしない。

 結局の所、シャハボの言わんとすることも変わらない。


 カナリアの質問は、単純に読めば難事を避けるべきかを問うものであった。

 しかし、石板を読んだアンは、それを向けるカナリアの目を見て意図を理解する。

 カナリアの目には、強い意志が宿っていた。

 理解し、見返すアンの目にも、同じだけの力がある。


「行きましょう。行くべきです。カナリアさんの為にも」


 力強く言い切ったアンの言葉に、カナリアは頷く。


「私にとって、カナリアさんはカナリアさんです。中身が何者であろうとも、それは些細なことです。

 私は、最大限の手助けをいたします。行きましょう、貴女のために」


 それは、カナリアの欲しかった、最後の一押し。

 あえて困難を選ぶことで、自らの欲するものを掴みに行くのだと。

 もう一度頷いたカナリアは、アンに石板を見せたのだった。


【ありがとう。じゃあ、ラガシュに行こう】

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