第88話 縁 【3/5】

 祝勝会は思ったよりも早く、そして盛大に行われていた。

 参加しているのは冒険者だけだと思っていたカナリアの予想を裏切り、そこには老若男女、はたまた子供や家族連れまで居る始末。

 広いと思っていた酒場は所狭しと人であふれ、食べ物の乗った皿とジョッキが至る所に散らかっている。


 祝勝会の参加者がカナリア達を見つけたのは、カナリアがその様子を理解したのとほとんど同時であった。

 彼らは待っていましたとばかりにカナリアとクレデューリに寄せてくる。

 シャハボだけは触られまいと宙に舞い、手の届かない梁の上に避難することが出来ていた。だが、残されたカナリアは、寄ってきた人たちによってもみくちゃにされていたのだった。


 本来のカナリアであれば、このような事態になればあっさりと払いのけるのが常である。

 しかし、今回はそう上手くはいかない。


 それは、押し寄せて来たのが女子供ばかりだったからである。

 相手が冒険者達であれば、多少手荒くなれどもカナリアは気にせずにあしらってのけただろう。

 しかし、荒事に慣れた冒険者連中ではなく、住人やここを拠点とする冒険者の家族だろう中年のおばさんや、その子供達が相手ならば、カナリアとて強く手出しは出来なかったのである。

 

 「すごい!」「ありがとう!」「思ったよりも小さいね!」「もっとご飯食べよう!」等々、口々に賞賛の言葉を述べる子供達を前に、カナリアは言葉を返せずに飲み込まれてしまっていた。

 石板を持って見せつけようにも、子供たちの質問攻めと直接攻撃が続いてカナリアは身動きが取れない。

 誰かに助けを求めようと辺りを見回したものの、カナリアが見たのは子供たちの後ろに控える第二陣であろうおばさん達の壁と、別の意味で苦境に喘ぐクレデューリの姿であった。


 カナリアが子供たちに苦戦している間、クレデューリは他の連中に囲まれていた。

 彼女の元に押し寄せたのは、女子供ではなく、冒険者や若い男達である。

 彼らがクレデューリを囲む目的は求婚ではない。クレデューリが正式な騎士であり、手の届かないことを知っている彼らの目的は、仕官であった。


 クレデューリに連れが居ない事は皆に伝わっている。そして、彼女が人手を必要としていることも。故に、冒険者たちの目的は積極的な売り込みであった。

 クレデューリの性格は、カナリアほどキッパリと割り切ってはいない。その結果として、彼女はやんわりとしか彼らを止めることが出来ないでいた。


 カナリアは、他所でだが同じく対応に四苦八苦しているクレデューリを見て、援軍が見込めないことを悟る。

 どうしようもないまま、子供たちの猛攻で早々に疲れたカナリアに対して、押し寄せる第二陣は食べ物と飲み物を持ってきたおばさんたちであった。


「すまないねぇ、子供たちがどうしてもあんたを見たいって言って聞かなかったんだ。

 ノキを救った英雄がどんな姿か見たいって言ってね。

 疲れたろう、さぁさぁたんとおあがりなさいな。あんたが食べている間は静かにしておくよ」


 おばさんたちが子供を散らせたのもつかの間、カナリアは彼女たちによって強制的に近くの椅子に座らされていた。

 目の前にはあれよあれよと食べ物の山が築かれ、彼女の手には木製のマグも手渡される。


「あんた、酒は? 少しかい? 沢山かい? それともその体だ、飲めない方かい?」


【少しだけ貰う】


 少しだけと見せたのにも関わらず、カナリアのマグには良くわからない液体がなみなみと注がれていく。


【多くない?】


 片手でマグを持ち、もう片方で石板を持ってそれを見せるカナリアの姿は、はた目には本人の意思に反してすでに宴に臨む準備ができたかのようであった。

 そんな姿を見て、酒を注いでくれた女性はにっこりと笑いながらこう言い放った。


「良いんだよ! このぐらいほんの少しさ!

 さ、飲んで食べて! お腹一杯になるんだよ!」


 カナリアは、どちらかと言うと食事はゆっくり静かに食べる方が好みであった。

 しかし、あれもこれもと立て続けに食べ物が出され、少しでもいいから食え食えと勧められていくうちに、カナリアの胃袋の空きと気力はどんどんと減っていく。

 ノキの風習を知らないカナリアは、断ってもいいのかと聞こうとしたのだが、その機会さえ容易に見つけることが出来ない。

 食べ物の味は確かに美味しいものであったが、せわしなく出される飲食物を前にして、途中から何を食べているのかさえわからなくなってくるぐらいであった。


 一旦休憩とばかりに見回したところで、クレデューリは相変わらず囲まれたままであり、天井の梁に隠れるように止まっていたシャハボの足元には、珍しいものを見たとばかりに子供たちが群がっている。

 その様子を見たカナリアは孤立無援を悟り、巨大岩巨人ギガントロックゴーレムよりもよっぽど辛い相手を前に、白旗を上げる寸前であった。


「ご婦人方。ちょっとその方をお借りしてもいいかな?」


 救いの手は、カナリアの後ろから差し出される。

 振り向いた彼女が見たのは、ギルドマスターのバティストであった。

 彼はわざとらしく女性陣を見回し、何か大事があらんとばかりの雰囲気を強く漂わせる。

 おばさんたちは訳あってカナリアを接待攻めしていたのではあるが、さすがの彼女たちとて、何故かピリピリと張り詰めた空気を保つバティストには敵わず、あっさりとカナリアを解放したのだった。


 バティストの手によって、カナリアは単身、引っ張られるように一旦奥へと連れていかれる。

 人の目が届かない場所についたところで、彼は緊張を解き、にんまりとした顔をカナリアに向けてこう言った。


「ここのご婦人方は押しが強いだろう? もう縁談話ぐらいは出されたか?」


 カナリアは最初の質問に強く首を縦に振り、二つ目の質問には同じ強さで横に振る。


「ああ、まだだったか。じゃあ助けを出すのは早すぎたかな」


 からかうようなバティストに対し、カナリアは再度、首を横に強く振って返す。


「冗談だよ。でも、なんだ、いずれ切り出されるだろうから覚悟しておいて欲しい。

 どうせ君のことだ。気付いているとは思っているけれどね」


 カナリアの三度目の反応は、小さく首を動かす肯定であった。


 カナリアは最初から何が起こるか理解している。ただし、それは予想よりも大げさであったのは誤算であるが。

 バティストもカナリアが理解している事に気付いている。だからこその助け舟を出しに来たのだ。

 お互いの共通認識は、控えに居た時に、カナリアがバティストに対して視線で語っていた事柄であった。


 カナリアのような実力があって根無し草のような旅をしている冒険者は、今回のように理由をつけて大きくもてなされる事がある。

 それは強き者に対しての敬意からだけではない。もっと打算的な理由があるのだ。


 その理由は、冒険者を移り歩く英雄ではなく、地元の英雄に仕立てたいという事である。

 強い冒険者をもてなし、縁を繋げることでその地に結びつけて捕まえてしまうのだ。


 冒険者にはその地の英雄として名誉と賞賛が送られる。代わりに、そこには強い力と、英雄が居るという箔がつくことになるのだ。

 考えようによっては、どちらにも利が出る話であった。

 特に、強い目的のない冒険者や、そろそろ引退を考えている年ごろの冒険者であれば悪い話ではない。

 だからこそこういった大々的な祝勝会が行われるわけで、手引きに乗る冒険者もままいる話ではあるのだが、正直なところ、目的のあるカナリアにとっては余計なお節介であった。


「俺は引退時が近かったから話に乗ったクチだがね。

 君は適当にあしらって貰って構わないよ。

 でも今日だけは我慢してくれ。一応パウルやここの民の手前もあって、ノキの皆にも宜しくしておきたいのさ」


 カナリアの気持ちとノキの住人の気持ちの両方を知っているバティストは、やや済まなさそうな表情で彼女に返す。

 カナリアとて、事情はわかっているからこそ強く文句は言わない。かわりにではあるが、カナリアは石板を彼に向けていた。


【少しはわかっているから大丈夫。

 でも、ちょうどいい機会だし、次出ていったらみんなの前でお金くれない?】


 対するバティストもカナリアのやろうとしている事を知っている。

 考える仕草は一応したものの、頷き返すまでに時間はかからなかった。


「……頃合いか。

 いいさ、でも、少しここで待っていてほしい。パウルに話をしてくるから」


【わかった】


 バティストは手早くパウルと話をつけて戻ってくる。

 そして、彼に連れられて、カナリアは皆が待つ祝勝会へと再度足を踏み入れたのであった。

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