第87話 縁 【2/5】

 パウルたちが出て行った後、部屋に残るのはカナリアとバティスト、そしてクレデューリの三人であった。

 其々がお互いを見あった後、おもむろにバティストは口を開く。

  

「ああ、ここは冒険者協会の支部であると共に、パウルの経営する酒場でもあるんだ。

 むしろ、この街の大半の建物はパウルの商会の持ち物だな」

「パウルは都市長だろう? 商会なんて持っていて良いのか?」

「良いんだよ。と言うよりも、パウルは元々ノキの商会主だ。都市長は他に適任者が居なかったから、辺境伯から直々にご指名されたんだ。

 責任ばかりで何の実入りも無い仕事だとパウルはいつもこぼす話だがな」


 バティストとクレデューリの話は他愛もない内容であった。

 けれども、ここにいる全員は気付いている。

 これは次の話題への切っ掛けに過ぎない事は。


「何はともあれだ。渡す物は何もないが、俺からも感謝の言葉ぐらい送らせてくれ」


 クレデューリからの反応が無くなった後で、バティストはカナリアに話を振っていた。


【気にしないで。依頼だから、達成したまでの事】


 と素っ気なく返された彼は、頷いた後でさらに切り出す。


「流石だな。だが、一つだけ聞いてもいいか?」


【何?】


「おかしな話を聞くようだが、君は本当にクラス3なのか?」


 尋ねるバティストの目は、真実を知りたいがために真剣そのものであった。

 彼の目前で、カナリアはシャハボの首に掛かったカーナの偽造冒険者証タグを見せつける。

 行動で示せども言葉の無いカナリアを前に、バティストは少し頭を掻きながらこう言った。


「そう……なんだがな。いや、すまない。質問が悪かったかもしれないが、俺の疑問は、君が本当はもっと高いクラスなんじゃないのかって事なんだ」


『どういうことだ?』


 カナリアが石板を向ける前に、静かに声を上げたのはシャハボがである。

 カナリアの周りの空気は不自然なまでに凪いでいた。だが、そんな事には全く気付かぬまま、何かに急かされるかのようにバティストは話を続けていく。


「どういう事もこういう事も、俺はマットさんと一緒に戦った事がある。

 俺の中でのクラス3の基準は彼なんだ。彼は俺よりもはるかに強かった。

 でも、流石に単騎でゴーレムを倒す程では無かった」


『こっちも単騎ではないぞ。あくまでチームでの勝利だった』


「ああ。そうかもしれない。だが、彼とカーナでは全く違うんだ。

 クラス4とクラス3では強さに大きな壁があるのは良く知っているが、それと同じようにクラス3の中でも上下はあるものなのか?

 それとも、本当は君はもっと上位のクラスではないのか?」


 バティストの疑問は、長年の冒険者としての経験と、ギルドマスターとしての勘が働いた事に起因するものであった。

 しかし、それはあくまで勘であり、彼には真偽の判断までは出来ていない。

 それ故に投げた質問だったのだ。


 対するカナリアとシャハボは、バティストの疑問と意図を正確に見抜いていた。

 確証が取れないまでも、見抜く力は十分にあると彼のギルドマスターとしての技量を内心で評した後、カナリアは何事も無い様にシャハボを撫でる。

 無言の意思疎通を行った後で、シャハボはバティストに向けて口を開いた。


『残念ながらカーナはまだクラス3だよ。

 お前の言った通り、クラス3はピンキリだろうがな。

 それに、今回の相手は相性が良かった。どちらかというとそっちの方が理由としては正しいな。

 カーナは怪物モンスター専門だ。その他の相手であれば、そう上手くはいかないさ』


「そうか……」


 シャハボは嘘を付いていない。そして、無表情のまま頷くカナリアの姿を見たバティストは、そこから自らの欲する答えを得ることが出来なかったのだった。

 彼はしばしカナリアの顔をじっと見た後、ふっと肩の力を抜いて頭を下げる。


「なんにせよ、この街と冒険者達を救ってくれて感謝する。

 君はこの街では英雄として扱われることになるだろう。

 名実共にクラス3の英雄として、誇って欲しい。今回の件は俺から冒険者協会の本部に報告させてもらうよ。可能ならばクラス2も検討してくれと言付けてね」


 誠心誠意といった様相のバティストの言葉であったが、名誉などどうでもいいカナリアはそれをほとんど聞き流していた。

 何の気なしに視線を泳がせていたカナリアは、クレデューリからの強い視線に気づく。

 視線が絡み合った所で、言葉を続けたのはクレデューリであった。


「君は、本当に凄いな」


 羨むような、眩しいものをみているような表情をするクレデューリに対して、カナリアは無造作に石板を見せつける。


【大したことはしていない】


「……そう言う所だよ」


 相変わらずのカナリアの素っ気ない返答に、たまらずクレデューリはバティストに目をやり、動じないカナリアを前にして、二人は肩を竦めて笑ったのだった。


 ひとしきりバティストとクレデューリがカナリアを称賛した後、さて、と話を切り出したのはまたバティストからであった。


「今さら言うのもなんだが、疲れたろう? 何か酒場の厨房から取って来るよ。

 今頃はパウルが中で何か作っているだろうからな。

 あいつは都市長や商会運営だけでなく、料理人としても結構いい腕なんだよ」


 すっくと立ちあがったバティストに、クレデューリが疑問を投げかける。


「カーナと一緒に帰って来た冒険者達はもう酒場に居るのだろう?

 私達もすぐにそちらに行けばいいんじゃないのか?」


「ああ、そうなんだがな。君たちは暫しここで待っていてもらうよ。

 君たちは主賓だ。他の連中が全員帰って来てから、今回の主役として出て来て欲しいのさ。

 カーナだけじゃない。クレデューリ、君もだ」


 主役と明言されたクレデューリの顔は、微妙な表情であった。しかし、それを見たバティストはしたり顔で彼女にこう告げた。


「立場で言えば君の方が上だが、歳の功で少し言わせてもらおうか。

 先頭で武を振るうだけが戦いじゃない。

 今回の作戦において、カーナは攻撃役アティカントだったが、君は殿しんがりだ。君は何もしていないと思っているのは良くわかるが、殿しんがりとしては十分に働いたんだよ。

 君が居なかったら、心残りが多すぎて我々は駆逐戦に集中できなかったのだからね」


 クレデューリに対する彼の言葉は、やや大げさな表現であった。

 しかし、バティストは本心からそれを話していたが故に、言葉はクレデューリの心に突き刺さる。

 彼女は、少しだけ驚いてから、安心した表情になって「それならば良かった」と返したのだった。


 クレデューリを優しく諭したバティストは、会釈をした後、もう一言彼女に付け加える。


「主賓なのだから、戦勝会でもその笑顔を保っていてくれよ?」

「……ああ、善処しよう」

「カーナもな。二人とも美人なのだから、いい顔をしていないとその美貌が勿体ないぞ」


 バティストが二人に送った言葉は、紛れもない誉め言葉であった。

 クレデューリは素直にそれを受け取り、カナリアは裏に潜む意味に聡く気付く。

 カナリアは言わんとする事を否定しない。しかし、彼女は言葉のかわりにバティストに視線を向け続ける。


 カナリアからの視線とその意味に気付いたバティストは、どうしようもないとばかりに仕草を返してから、言葉でそれを補完した。


「田舎はそういうものだよ。それも英雄の責務だと思って我慢してくれ」


 バティストの言葉にカナリアは頷かなかった。

 そんなカナリアから目を離したバティストは、強引に話を切る様に、わざとらしく何かを思いついたような仕草を取り、話の矛先を再度クレデューリへと向ける。


「ああ、そう言えば、クレデューリ。君宛に手紙が届いている。

 駆逐戦の準備に忙しくて渡せていなかったのだが、一通は数日前に、もう一つは今朝方届いたものだ。

 両方とも冒険者協会の郵送で来ているから、偽書の可能性はないはずだ。

 お偉い所の封がされた手紙だったんだね、念のためにパウルの金庫に入れて置いてあるよ。

 あとでパウルから貰うようにしてくれ」


 わかったと頷いたクレデューリを後にして、体のいい話題で話を切り上げたバティストは、手早く部屋を出て行った。


 彼がつまみ程度の小料理と飲み物を持ち帰ってからしばしの間、カナリア達は静かに話をする。

 そうして、ほど良く時間が経った後に、彼女達は主賓として戦勝会に出たのであった。

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