第26話 ウサノーヴァ・オジモヴ 【3/3】

 その二日後、初日と同じ小綺麗な格好をしたウサノーヴァがカナリアの住む家を訪ねた。


「これより、キーロプ嬢の住む邸宅まで馬車でお送り致します。

 服はこちらに用意いたしました。行く前に、まずはお召し物を着替えて身なりを整えて下さい」


 すました顔のウサノーヴァと対照的に、カナリアの顔は露骨に嫌そうな顔をしていた。

 ウサノーヴァは、一着だけでなく、着替え用なのか数着分もありそうな量の服を差し出す。

 その一番上に乗った服には、明らかに沢山のフリルがついていた。


 手を伸ばしかけたカナリアは、思い立ったように両手で石板を持ち上げて、私の手は塞っていると表示する。動きだけで、受け取りたくない気持ちを暗にも明にも出しながら、石板で追撃した。


【このヒラヒラなの、私が着て仕事するの?】


 ウサノーヴァは表情を変えずにゆっくりそれを読んだ後、少し間をおいてから、ニッコリとした笑顔を張り付けてこう返した。


「安心してください。

一番上の服は、イザック様からの私的な好意だそうです。年頃の女性は一着ぐらい可愛らしいドレスでも持っておきなさい。との事です。

 着て頂く仕事着はその下になります。今の所二着分しか用意できなかったので、後ほどまた何着か、同じデザインですがお渡しする事になります」


 嫌そうだったカナリアの表情はその心持と合わせて色々と変わっていき、最終的には普段のそれに戻る。


【気に入らなかったら返すから】


 それだけをウサノーヴァに見せた後、カナリアは服を受け取った。


 カナリアが着替えるのを待つ少しの間、ウサノーヴァはカナリアについて考えていた。

 その強さを疑う事はしない。信頼が置けるかどうかに関しても、義父が信じるのであれば問題は無いだろう。

 ただ、異質、異様。それと、ウサノーヴァはカナリアに対して二面性のようなものを感じていた。

 仕事一辺倒で育てられたウサノーヴァからすると、カナリアの見た目や仕草は、言ってしまえば子供っぽいのだ。だが、それでも漂う雰囲気からは明らかに熟練した人間だというのが伝わってくる。


 義父であるイザックはその二面性にやられたのだろうか?

 ウサノーヴァは、義父がカナリアに対して過去に見た事の無いぐらいへりくだっているのを不思議に思っていた。

 未知であるクラス1冒険者に対する対応。そう言えば間違いはないのだが、何かが引っかかっている。

 今までに義父は私的な贈り物など好意で送った事などあっただろうか?


 纏まらない疑問が沸々とウサノーヴァの頭に湧き出た所で、着替えたカナリアが家から出て来たのだった。


 その姿は、ウサノーヴァとほとんど同じで、白いドレスシャツと濃い色のパンツの組み合わせだった。

 少しぐらいかわいく仕立てた方がいいんじゃないか? と言い続けていたイザックを、カナリアの好みは違うだろうと見抜いていたウサノーヴァが止めたおかげで、表立っては何の飾り気も無く仕立てられている服は無難にカナリアの姿に合っていた。


【これなら大丈夫。ちゃんと動きやすい】


 ズボンと揃えた生地で出来た上着もあったのだがカナリアはそれを羽織らず、首からは、鎖でいつもの石板をぶら下げている。


【特にこの、袖口の小鳥の刺繍。これはいい。かわいい】


 それははっきりと目立つ可愛らしいデザインの代わりに、ウサノーヴァが提案した小さなかわいらしさを演出するワンポイントだったのだが、カナリアはそれを殊の外気に入っていた。

 可愛いと石板に文字を浮かばせながら袖口を見せつけて来るカナリアの様子は、ウサノーヴァからしてもかわいい少女の様に見えた。


「ええ、気に入ってくれて嬉しいです。これならば仕事にも支障はありませんか?」


【うん、毎日ドレスやメイド服じゃなくて安心した】


 満足げになったカナリアは、荷物を持ってとっとと馬車に乗り込んでいく。

 その姿を見て、ウサノーヴァはカナリアのご機嫌を取れたことに内心で安堵していた。 



* * * * * * * * * *



 フンボルト家の私邸は、タキーノ市の中心近くにある高級そうな住宅の並ぶ区画に建っていた。

 馬車の窓にカーテンを掛けられていた為、カナリアはどこに連れてこられたかの詳細はわかっていない。ただし、それは外からも同じで、一般的な市民からすると、カナリアがフンボルト家に入った事は知らされていないはずだった。


 馬車の中でカナリアは、冒険者協会を通して発行された任務の依頼書にサインをする。

 本来は冒険者協会の建物内部で受理されなければならない任務のやりとりを、簡易的にカナリア達は馬車の中で行っていた。


「ありがとうございます。これで正式に任務開始となります。

 こちらの依頼書は、後ほど私の方で直接ジョン様にお渡ししておきます」


『ジョン? あの爺さんは引退して相談役なんじゃないのか?』


 ウサノーヴァはシャハボの方をチラッとだけ見てから、それに答える。


「本来のギルドマスターであるマット様は、諸事情により現在謹慎中です。その間、業務は前ギルドマスターのジョン様が主導して執り行っています」


『なるほどな』


 謹慎とは優しい処分だが、冒険者協会のゴタゴタに興味がないシャハボはそれ以上何も聞かなかった。


「これからの話ですが、出入りする人間を減らすために、イザック様を含めて、外部との連絡は私が取り次ぐ事になります。

 食料や日用品の搬送など、出入りは頻繁にすることになるので目にする機会は多いかと思います。ですが、此方の魔道具をお渡ししておきますので、必要の際はお鳴らし下さい」


 そう言ったウサノーヴァはカナリアに箱に入った一つの鈴を渡す。


「《対の鐘》です。こちらを鳴らせば、対になる私の持つ鐘が鳴る仕掛けになっている魔道具です。市販品よりも精度の高い特注品ですので、壊さぬよう取り扱いにはお気をつけて下さい」


 無言のままカナリアはそれを受け取り、雑にリュックに放り込む。


『どうせすぐに使うんだろうがな……』


 シャハボの呟きは、沈黙のまま全員が肯定の意を共有していた。


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