第25話 ウサノーヴァ・オジモヴ 【2/3】
女同士だとはいえ、全身を細かに採寸されたカナリアは少しだけ疲れていた。
手際自体は良かったのだが、どうにもカナリアは他人に体を触られることに慣れていなく、シャハボもなぜか気を利かせて離れていた為、余計なストレスも相まって疲労感を増させていた。
採寸が終わった後、ウサノーヴァから数日分の食料と言われて渡されたのは、大袋に入った例の豆と麦と、大瓶のパンジョンだけだった。
いくら小食なカナリアとて、少量でも新鮮な野菜や肉類を欲したのだが、カナリアの住むこの離れへの人の出入りを極力減らしたい、不自然な動きを極力減らしたいという意向を受けて、結局は黙るしかなかった。
意趣返しと言うわけでは無いが、夕刻になって、掘っ立て小屋の風呂場を建てる陣頭指揮を終えたウサノーヴァに対して、カナリアは夕食の誘いを持ちかけていた。
その反応は、即答の了承であった。
ウサノーヴァが調理もすると申し出たのでカナリアは任せたのだが、結局出て来たものはイザックが調理した物と全く同じで、カナリアは黙って麦粥と薄い豆のスープを食べるしかなかった。
「よくこんなものを好んで食べますね」
食後になってから、ウサノーヴァはカナリアに対してそう言った。
【おいしくない。でも、体にいいんでしょう?】
「ええ、それは間違いなく。父の勧めで物心ついた時から毎日一食は食べていますが、体調を崩すようなことは今まで一度としてありませんから」
だが、ウサノーヴァは食事中は無言で、決して美味しいと言った顔をしていなかった事をカナリアは見ていた。
実際の所、カナリアも同じ状態ではあったのだが。
お互いの視線が合わさり、味の感想を視線と表情だけで交換する。
他愛もない話題を共有し、食後の世間話はこれから始まろうかとするところで、ウサノーヴァは立ち上がった。
「さて、食事も頂いた所で今日はお暇させて頂きます。
急用が起こらない限り、私が来るのは明後日になるかと思います。
明日はご自由にされていて構いませんが、この都市ではカナリアさんを良く思わない人間で溢れている状況です。出来る事ならばこちらの離れで大人しくしている事をお勧めします」
こんな状況ならば、イザックならばもう少し雑談をしながら、情報のやり取りを楽しんだだろう。
ウサノーヴァは、仕事が終わったからすぐに退席する事を選んでいた。
両者のやり方は全く違う。
けれど、カナリアは思う。どことなくその口ぶりや手口は、やはりイザックのそれとよく似ていると。
【ありがとう、忠告は受け取っておくね】
カナリアの石板を読んだ後、ウサノーヴァは最後に一通の封筒を手渡してから離れを後にした。
『血が繋がっていないってだけで、あれはイザックと同類だな』
二人きりになった時点でシャハボはすぐにそう言った。
【私もそう思う】
『仕事には忠実な奴だな。
個人的な事もあれだけ飲み込んでいるなら筋は良い。終始何か言いたげな雰囲気は漏れていたがな』
【そうね。まだちょっと若い感じ】
見た目に関してはカナリアの方が確実に若く見えるだろう。
でも、カナリアの言いたい事は、経験に関してだった。とくに、ドロドロとした類のものである。
『経験はいずれ積むだろうさ。
とりあえず、貰ったその手紙、見てしまわないか?』
シャハボが首を回して指したのは、帰りがけに渡された封筒。イザックからの直筆の手紙だった。
【なんだろうね?】
ウサノーヴァに伝言を頼みながら、さらに手紙でも情報を渡してくる。その状況にカナリアは興味を抱いていた。
『ろくでもない話だろうさ』
シャハボの言葉を流しながら、彼女はその中身を読んだ。
中身は多くは無い。手早く読み終わったカナリアは、すぐにその手紙を《
【結構厄介】
『ああ、そうだな』
【イザックってそんなに無能なの?】
『と言うよりは、今回は敵が有能過ぎるんだろうさ。
酷い話だが状況的に仕方ない』
二人の会話の中身は、当然ながらその手紙に書かれていた情報の検討である。
手紙の最初は、任務を受ける事への感謝と、ウサノーヴァを通した無茶ぶりへの謝罪から始まっていた。
だが、その直後に書かれていた言葉は、カナリア達にでさえ頭を悩ませるものだった。
***
フンボルト家、オジモヴ商会、全てにおいて、我々の動向は敵に筒抜けになっております。
程度までは把握できていませんが、どう考えても状況的に筒抜けになっているとしか思えない状況になっています。
恐らくはカナリアさんが護衛に入る事も筒抜けになっている事でしょう。故に、護衛に着いた当日から襲撃が入る可能性も十分にあるかと思います。
問題は無いかと信じておりますが、決してお気を抜かれぬようにお願いします。
***
灰になった手紙を見ながら、カナリアは考える。
ウサノーヴァから直接伝えなかったのはどうしてか、イザックがわざわざ手紙にしたためた理由は何故か。
情報が漏れているのはどこからか。
最後に、襲撃はどの程度なのか。
『ウサノーヴァは白のような気がするがな』
最初に言葉を発したのは、シャハボからだった。
【でも、手紙にしたって事はウサノーヴァはこの事を知らないか、情報の漏れた所になっている可能性があるんじゃない?】
『可能性はあるな。
だが、イザックの事だ。身内の管理はしっかりしていると思うんだがな』
【それはそんな気がする。でも、領主の家では裏切り者も出てるって話をしてたよね?】
『そうだな。身内からの裏切りの可能性も考えて、念のために臭い情報はリアに直接渡したかったって所にしておこうか。
だが、今の状況だと情報があまりにも無さすぎる。
まぁ、こういう時はいつも通りの方法でやればいいさ』
シャハボの言葉にカナリアは頷いた。
わからなければ聞けばいいのだ。
幸いにもアテはある。襲撃が来るのであれば、その時に襲って来た相手から聞けばいいのだ。
それがカナリア達のいつものやり方だった。
生け捕りにするのは排除よりも難度が上がるが、何とかなるだろう。
道が見えたカナリアはもう一度頷き、この話を頭から追いやった。
少しだけ体を動かしてほぐした後で、カナリアは肩に留まったシャハボに改めて触れる。
【ハボン?】
『なんだ?』
【お風呂、入ろ?】
『一人で行ってこい、リア』
【やだ、ハボンも来て】
『俺には必要な……』
シャハボはその言葉を最後まで言わなかった。
『はぁ、俺は長湯はしないぞ』
言うな否や、シャハボはカナリアのリュックの所に飛んでいき、早く用意をするようにカナリアを急かす。
【ありがと、ハボン】
そんなシャハボの姿をカナリアは嬉しそうに見ていた。
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