第72話 遭遇 【2/3】
「これは……どういう状況だ?」
木々の間から姿を見せたのは、カナリアが《
カナリアほどではないが、闖入して来た者もややこの場にそぐわない。
頭を守る物は無く、体には薄めな金属の胸当てに、同じく金属の板を重ねた手甲のみと動きやすさを重視した軽装備。冒険者によくある様相ではあるが、胸当てには目に付くように紋章が刻まれており、身に着けている人間が正式に叙勲を受けた騎士である事を示している。
こんな辺境に騎士が一人で居るという状況は、あまり自然ではない。通常であれば、騎士は任務を帯びて行動する為、三人組等集団でいる筈なのだ。
尤も、真にこの場で違和感を覚える事実は、その騎士が女性である事であった。
背丈はカナリアよりは高いが、長身のウサノーヴァよりは低く、キーロプと比べればいい勝負だろう。
髪の毛は三つ編みで纏めており、この二つの点は女性らしさを残している。
しかし、目鼻立ちの整った顔つきからは、意思の強さと精悍さがにじみ出ており、動きの所作からも彼女が建前だけの騎士でない力強さが漏れていた。
帯剣はすれども剣を手に持たず、開けた場所まで歩いて来てから彼女は止まる。
誰かが口を開くのを待っていたその女性の騎士に対して、最初に口を開いたのはシャハボであった。
『見ればわかるだろう? 物取りに襲われている最中だよ。
ついでに言えば、半分撃退している所だがな』
その言葉に女騎士は怪訝な顔を見せる。
シャハボはカナリアの肩に留まっている為、彼の男性の様な口調と声色でカナリアが話したのだと思ったのだろう。
すぐに察したシャハボは返答を続けていく。
『あー、その成りならばどこぞの騎士様だな。
ならば名乗った方が手っ取り早いか。
こっちの子はクラス3冒険者で魔道具使いのカーナだ。カーナは声が出ないもんで俺が声変わりになって話をしている。
で、そこのお前さんは何処のどちら様だ?』
シャハボが察したのは一つだけではなかった。
彼は、その女騎士が性根からしっかりと仕込まれた、真っ当な騎士ではないかと察したのだ。
礼には礼を尽くす手合いであると読んだシャハボの思惑通り、名乗られた以上は正しく返すとばかりに、女騎士は自らの細身の剣を抜き正面に掲げて名を名乗る。
「我が名はクレデューリ。ルイン王国にて騎士の叙勲を受けている。
名付きの騎士ではないので、冒険者としてはクラス4相当になるな。
なので、カーナ。もし君のランクが正しいならば君の方が上役と言う事になる。
状況が状況故に、可憐な玉肌を見てしまった事は許して欲しい」
名乗りをあげた後でクレデューリは剣を仕舞い、綺麗に頭を下げた。
その堂に入った所作は、彼女の言葉が真実であり、騎士を名乗るにふさわしい人間である事を裏付ける。
頭を上げた後、カナリアと会釈を交わしたクレデューリは、今度は男の方に向き直った。
今にも逃げ出しそうなぐらいに腰が引けている男に向かって、彼女はこう尋ねる。
「それで、女の水浴び中に居合わせる君は何者だ?」
クレデューリの鋭い視線は、男の心胆を射抜き動きを止めさせていた。
「お、俺はなんもしてねぇ! 裸を見たのは謝るが、音がしたからここに来てみたらそいつがいて、俺のダチがいきなり吹っ飛ばされたんだ!
わ、悪いのはそいつだ!」
しどろもどろになりながら彼はそう答えたが、何に対して怖がっているのか、手にした長剣を両手で持ち直し威嚇しようとする。
クレデューリはそんな彼に対して首を横に振ってから再度問いかけた。
「……ああ、事情の説明は有難いが、それは質問の答えになっていないな。
私は君は、何者だ? と聞いたのだが」
凛とした彼女の声は、はっきりとその場に響く。
「あ、ああ。すまねぇ。俺は冒険者だ。クラス5で……」
男は、懐をまさぐってから
「ほ、ほら、クラス5のジーマってんだ!」
「ジーマ、ジーマか。なるほど。
では、ジーマ、君がランク5で、騎士の私が4相当。カーナは3だそうだ。
クラスなんてただの数字に過ぎないが、この場で一番力を持っているのは誰だろうな?」
にこりと微笑みかけるクレデューリの顔は、その性格が出ているのか、非常に明るい物であった。
対照的に、男は青ざめ、彼女の言葉に返す事すら出来なくなる。
言葉が無くなった所で、クレデューリは男とカナリアを一度見渡してからこう言った。
「答えないか。まぁいいさ。であれば、公明正大を規範とするルインの騎士として公正な捌きを下そうと思う。
勝手だとは言わないで欲しい。
なんて事は無い。単に神に誓って嘘偽りがないかを答えてもらうだけだ。
君たち二人の言い分は相反している。故に、正しい側に私は立ちたいのでね」
話を聞きながら、カナリアはシャハボを軽く撫でる。
言葉を交わさずとも二人の意見は既に一致していた。
乱入して来たこの女性は本物だという事。それともう一つ。信じる道を頑なに守る、本物のカタブツだという事も。
裸のカナリアは早く服が欲しい所ではあったが、茶番に付き合った方が事は早いだろうと解釈し、それに付き合う事にする。
「では、カーナ。まずは君からだ。
太陽神シャマシュに誓って、君の……その小鳥の言った事に嘘偽りはないな?」
質問を向けられたカナリアは、クレデューリの言葉にしっかりと頷いた。
「ああ。わかった。
次はジーマ。君の番だ。
君も太陽神シャマシュの神に誓って嘘は無いと言えるか? 神に偽りを吐くようであれば、その身は神の炎によって焼かれると覚えるが良い」
クレデューリの質問はカナリアに尋ねた時よりも少し長い。
疑いの目はどちらに向けられているのかはっきりしている質問をよそに、青い顔をしたジーマは抜け道を探す。
「……お前は騎士だろう? そんな……、神官じみた真似が出来るのか?
神官でもないお前に神の名の元に俺を罰せる事が出来るのか?」
彼もクレデューリの高潔さに気付いたのか、土壇場で返したジーマの言葉は、クレデューリを一時的にであれ止める事に成功していた。
一瞬だけ考える素振りを見せたクレデューリは、両手を胸の高さで広げて言い分を受け入れるとばかりの仕草を見せた後にこう言った。
「ああ、聡いな。確かに神官ではない私には神の力を利用する事は出来ない。
精々が、明確な罪を持った人間をこの手で捌く事ぐらいしか出来ないのは間違い無いな。
であるならばこうしようか」
そこで言葉を切ったクレデューリは、静かな所作で男を指さす。
「君は剣を持っているな。
神の名を軽々しく使った私に、君の剣で一太刀でもいいから傷をつけてくれ。
そうすれば君の言う事が正しかったと認めよう。
無論私はこの剣を抜かないと約束する。これは私への罰なのだからな」
騎士の約束。クレデューリが言い切った以上、彼女は本当に約束を守るのだろう。
だがしかし、結局のところ茶番である事には変わらない。
カナリアは様子を見続けているが、茶番を見抜けないジーマは惑ったまま返答をしなかった。
清い笑みを浮かべながら返答を待っていたクレデューリは、ふとある事に気付いて再度問いかける。
「ああ、この剣が気になるのだな? ならば下ろすとしよう」
彼女は鞘ごと剣を地面に置き、丸腰である事を見せつけてから話を続けていく。
「それと言い忘れたが、もし己が罪を認めるのならその様に懺悔すると良い。その場合は苦しまずに罪を裁く事を約……」
クレデューリが最後まで言い切る前に、動いたのはジーマであった。
持っていた剣を腰の位置で水平に構え、刺突せんとばかりにクレデューリに向かって駆け出したのだ。
年のせいか運動不足のせいか、如何せんその走り方に精彩は無い。
大した距離もない間合いを、ドスドスとのんびりとした音が聞こえてきそうな速度でゆっくりと詰めた彼は、剣を持たずに棒立ちのままのクレデューリと交差した。
タン
静かな音が響いたと同時に、ジーマは動きを止めた。
カナリアの位置から見ると、ジーマの剣はクレデューリの背中から突き出ているように見えたが、それは彼女の側面を通り胴体にかすってさえいない。
ジーマの邪な剣が刺さる直前に、クレデューリは右足を横に開き、全身の重心を右にずらすことで剣を避けていた。
しかし、それは避けるためだけの動作ではない。右足を踏み込んでから膝を沈め、盤石なまでに下半身を固めた上で、避け様に腰から上半身を回転させる事で速度と力を発生させていたのだ。
そこからジーマに向けて放たれた掌底は、女の出せる力にあるまじき威力であった。
腰はしっかりと入っており、機も万全で肘はしっかりと伸びきっている。
拳を痛めないが為の掌だというのか、それもしっかりとジーマの胴に密着していた。
吹き飛ぶでもなく、止まったままの彼の口からは、嘔吐する間際の音が漏れる。
それは嘔吐ではなく、臓腑からこみ上げる血の塊であったのだが、彼がそれをすんなりと吐く事は出来なかった。
クレデューリの左足が静かに前に出た。
突いた右手を引くや否や、重心をブレさせる事無く彼女は右に回転する。
回る力は凶器となり、クレデューリは身に着けた手甲を存分に使った右裏拳で、ジーマの側頭部を叩き潰したのであった。
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